“頤(あぎと)” の例文
日蔭の身に離されぬ面隠(つらがく)しの笠を眉深(まぶか)にして、頤(あぎと)の紐を結びながら、今、神田濠の茶屋をスタスタ出て行ったのは大月玄蕃だった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小獅子は路(みち)へ橋に反(そ)った、のけ様(ざま)の頤(あぎと)ふっくりと、二(ふた)かわ目(め)に紅(こう)を潮(ちょう)して、口許(くちもと)の可愛(かわい)らしい、色の白い児(こ)であった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頬へかけて、円い頤(あぎと)一面に胡麻(ごま)のよう、これで頬がこけていれば、正に卒業試験中、燈下に書を読む風采であった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒革に白革の横筋を入れ、兜形(かぶとがた)の八幡座に、眉庇(まびさし)は猩々緋(しょうじょうひ)、吹き返しは白羅紗(しろらしゃ)、縮緬(ちりめん)の忍び緒を頤(あぎと)深(ふか)く結んでいた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぱッたり閉めて引込(ひっこ)ました、何条堪(たま)るべき、雫はその額から、耳から、頤(あぎと)の辺から、まるで氷柱(つらら)を植えたよう。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浅黄の脚絆(きゃはん)に、新しいわらじを穿(は)いて、市女笠(いちめがさ)の紅い緒(お)を頤(あぎと)に結んでいる。それがお通の顔によく似あう。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其時(そのとき)、頤(あぎと)の下(した)へ手(て)をかけて、片手(かたて)で持(も)つて居(ゐ)た単衣(ひとへ)をふわりと投(な)げて馬(うま)の目(め)を蔽(おほ)ふが否(いな)や
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
数万の群集を足許(あしもと)に低き波のごとく見下(みおろ)しつつ、昨日(きのう)通った坂にさえ蟻の伝うに似て押覆(おしかえ)す人数(にんず)を望みつつ、徐(おもむろ)に雪の頤(あぎと)に結んだ紫の纓(ひも)を解いて、結目(むすびめ)を胸に、烏帽子を背に掛けた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
加茂川は鬼神(おにがみ)の心をも和(やわら)ぐるという歌人(うたびと)であるのみならず、その気立が優しく、その容貌も優しいので、鼻下、頤(あぎと)に髯(ひげ)は貯(たくわ)えているが、それさえ人柄に依って威厳的に可恐(こわら)しゅうはなく
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……あの大漢(おおおとこ)のまる顔に、口許(くちもと)のちょぼんとしたのを思え。卯(う)の毛で胡粉(ごふん)を刷(は)いたような女の膚(はだ)の、どこか、頤(あぎと)の下あたりに、黒いあざはなかったか、うつむいた島田髷(しまだ)の影のように——
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔面(がんめん)黒(くろ)く漆(うるし)して、目(め)の隈(くま)、鼻頭(はなづら)、透通(すきとほ)る紫陽花(あぢさゐ)に藍(あゐ)を流(なが)し、額(ひたひ)から頤(あぎと)に掛(か)けて、長(なが)さ三尺(さんじやく)、口(くち)から口(くち)へ其(そ)の巾(はゞ)五尺(ごしやく)、仁王(にわう)の顔(かほ)を上(うへ)に二(ふた)つ下(した)に三(み)つ合(あ)はせたばかり、目(め)に余(あま)る大(おほき)さと成(な)つて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
一杯に頬を膨らし、呻(うな)って啼(なく)真似をすると、ごく低声(こごえ)、膳の上へ頤(あぎと)を出して
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
程(ほど)を計つて、紫玉は始め、実は法壇に立つて、数万の群集を足許(あしもと)に低き波の如く見下(みおろ)しつゝ、昨日(きのう)通つた坂にさへ蟻(あり)の伝ふに似て押覆(おしかえ)す人数(にんず)を望みつゝ、徐(おもむろ)に雪の頤(あぎと)に結んだ紫(むらさき)の纓(ひも)を解(と)いて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
頤(あぎと)の下へ手をかけて、片手で持っていた単衣をふわりと投げて馬の目を蔽(おお)うが否や、兎(うさぎ)は躍(おど)って、仰向(あおむ)けざまに身を翻(ひるがえ)し、妖気(ようき)を籠(こ)めて朦朧(もうろう)とした月あかりに、前足の間に膚(はだ)が挟(はさま)ったと思うと
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酒の汚点(しみ)で痣(あざ)かと見ゆる、皮の焼けた頬を伝うて、こけた頤(あぎと)へ落涙したのを、先刻(さっき)から堪(たま)りかねて、上框(あがりがまち)へもう出て来て、身体(からだ)を橋に釣るばかり、沓脱(くつぬぎ)の上へ乗り出しながら、格子戸越に瞻(みまも)った
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長槍(ながやり)の刃、鋭くその頤(あぎと)に臨む。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うつむき加減の頤(あぎと)の雪。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)