雑鬧ざっとう)” の例文
まちは人出で賑やかに雑鬧ざっとうしていた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、深い眠りのような影をいてた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
何しろ今日のこの雑鬧ざっとうである。掻ッさらい、変態者の悪戯など、悪の跳梁ちょうりょうはもちろん迷い子も二、三にはとどまらなかったであろう。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戎橋河畔の新京阪電車の広告塔のヘッド・ライトが、東道頓堀の雑鬧ざっとうが奏でる都会のかすれ声に交錯して花合戦の幕が切っておとされた。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
やがて公園の門をぬけて、明るい雑鬧ざっとうの中へ出ると、やっと倦怠をふり落したように思えたが、孤独の感じだけはどうすることも出来なかった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
(いや、その途中で、一度か二度位は、雑鬧ざっとうの中で立止って思索する男のように、ひょいと自己の真の位置に気付くこともあるかも知れない。)
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼女を乗せた自動車が雑鬧ざっとうのうちを無事に疾走り去ってしまうのを見届けると、私はホッとして元の道路へ引返した。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
その時老人は無意味な雑鬧ざっとうの中で、孫にあたる、尋常三年の清造と七つになる勉に絵本を買ってっていた。彼女も老人も顔を合そうとはしなかった。
不幸 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
わたしは雑鬧ざっとうの公園で、さまざまな色彩を混ぜくり返した小屋がけの中で、しかも代赭たいしゃ色になった塔のわきに、雪の日の曇天のような天幕張りの
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
エライコッチャエライコッチャと雑鬧ざっとうを踊りの群が入り乱れているうちに、頭を眼鏡という髪にゆって、えりに豆絞りの手拭を掛けた手古舞てこまいの女が一人
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
今を去ることおよそ二千三百有余年の昔、彼が単衣跣足たんいせんそくの姿で、当時世界の文化の中心と称せられておったギリシアのアテネの市中、群衆雑鬧ざっとうの各処に現れて
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
お杉は雑鬧ざっとうした街の中で車を降りた。彼女は露路の入口へ立つと、通りかかった支那人の肩を叩いていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
杉の大木の下に床几しょうぎを積み上げたるに落葉やゝ積りて鳥の糞の白き下には小笹おざさ生い茂りて土すべりがちなるなど雑鬧ざっとうの中に幽趣なるはこの公園の特徴なるべし。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
花盛りの休日、向島の雑鬧ざっとうは思いやられるので、母の上は考えて見ると心配にならんでもなかったが、夕刻にはつつがなく帰られたので、予は嬉しくて堪らなかった。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
この雑鬧ざっとうな往来の中でも障碍しょうがいになるものは一つもなかった。広い秋の野を行くように彼女は歩いた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
H街はひどく雑鬧ざっとうしていた。はげしい人波をかきわけ、或いは押戻されつして、私は何回となく求むる人を探し廻った。しかしその結果は、何の得るところもなかった。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
吾々は皆雑鬧ざっとうの中へと入った。どこの市でも魚を売る。鼻をくのはうれかかった赤鱏あかえいの猛臭である。つぼの中にはその切り身の塩漬けが唐辛とうがらしに色を染めて、人々を集めている。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
雑鬧ざっとうする町々を人力車で行ったら、一寸東京へ帰ったような気がした。随行者の二人を採集するために松島へ残し、矢田部と私とは、東京へ向けての長い人力車の旅に登った。
が、町も村も大変な雑鬧ざっとうですから、その山の方へ行ってみます。——貴女は、(おなじく眠れるがごとき目のまま)つい、お見それ申しましたが、おなじ宿にでもおいでなのですか。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先生の生活はそっと煤煙ばいえんちまたてられた希臘ギリシャの彫刻に血が通い出したようなものである。雑鬧ざっとうの中におのれを動かしていかにも静かである。先生の踏む靴の底には敷石をびょうの響がない。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昼の雑鬧ざっとうと黄色い灰のようなほこりはよう/\おさまった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
若い連中の雑鬧ざっとうに眺め入っている。
軒先のおりに生きた熊を飼っているくま胆屋いやだの、獣皮を懸け並べた百獣屋ももんじやだの、木曾櫛きそぐしの店だの、ここの宿場もなかなかの雑鬧ざっとう
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
犬は首をあげ、耳をしゃんとてて、雑鬧ざっとうの中を進んで行った。交通の頻繁うるさい街を横ぎるときなどは、鎖をピンと張るようにして、機敏に主人を導くのであった。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
雑鬧ざっとうを押しわけてやってきた——その姿はよれよれの国民服で、風呂敷包を持っていました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
まもなく素晴らしく賑かな雑鬧ざっとうの中に吾々を入れた。ここの市は大きい。鉄路が交り物資が集散する所と見える。ここで金具、さじくし、小形のパカチなどを銘々の網袋につめた。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
人はよく、博士が南京路ナンキンろ雑鬧ざっとうの中を、れ切った紫紺色しこんしょく繍子しゅうしの服に身体を包み、ひどい猫脊ねこぜを一層丸くして歩いているのを見かけるが、博士の住居を知っている者は、殆んどない。
近きベンチへ腰をかけて観音様を祈り奉る俄信心にわかしんじんを起すも霊験れいげんのある筈なしと顔をしかめながら雷門かみなりもんづれば仁王の顔いつもよりはにがし。仲見世なかみせ雑鬧ざっとうは云わずもあるべし。東橋あずまばしづ。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
雑鬧ざっとうしていた市街が急に森のように変化したことは、彼には市街が一層新しく雑鬧し始めたかのように感じるのであった。義勇隊は出没する暴徒の爆弾を乗せたトラックを追っ駈け廻した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
思いのほかに人の雑鬧ざっとうもなく、時おり、同じ花かんざしを、女は髪に男はえりにさして先達せんだつらしいのが紫の小旗こばたを持った、遠い所から春をってめぐって来たらしい田舎いなかの人たちの群れが
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
から風に鳴る幾すじもの小屋のぼりの音が耳につき出した。曲がり角まで出るに手間どるほど、そこらからもう雑鬧ざっとうの雑音につつまれ初める。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は元来饒舌おしゃべりや騒々しいことの嫌いな性分なのに、こうして雑鬧ざっとうの中へ入ってゆくのは、そこではひとから勘づかれないで男達の合図に答えることが出来るからであった。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
荷役の目まぐるしい騒ぎが二日続いたあとの絵島丸は、泣きわめく遺族に取り囲まれたうつろな死骸しがいのように、がらんと静まり返って、騒々しい桟橋の雑鬧ざっとうの間にさびしく横たわっている。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ところが、そのあくる年の七月二十四日の陶器祭、この日は瀬戸物町に陶器作りの人形が出て、年に一度のにぎわいで、私の心も浮々としていたが、その雑鬧ざっとうの中で私はぱったり文子に出くわしました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
よいの新宿街の雑鬧ざっとうの中にさまよい出たのであった。
第四次元の男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やがて、囚人車めしゅうどぐるまに乗せられて、都から遠国へ差し立てられてゆく流人るにんが毎日あった。京の辻は、日ごとに、それを見物する者で雑鬧ざっとうした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おれは釈放されて、自分の住室へやへ帰って来たのだ。そしてもう一度市街の雑鬧ざっとうや、店屋の明るい電飾が見られるからだになったのである。今夜は久しぶりにゆっくりと晩餐を使おう。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
三人は、雑鬧ざっとうの浪を横に抜けて、嵐粂吉あらしくめきちの小屋やのぼりを横に見ながら、じめじめした蓮田はすだのへりを悠々とならんで歩み出しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恋をささやく男女の群にまじって、歓楽と華やかな雑鬧ざっとうの中に数時間を送った後、こんな真暗なへやへ帰って独りぽっちになってみると、自分というものが可哀そうで、しみじみ悲しくなって来た。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
二刻ふたとき程もたったろう、花は散っても、まだ春の気分は去らないこのあたりに、宵めく絃歌と共に、ぼつぼつ人が雑鬧ざっとうして来た。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着かざッた男女は遊山気分で矢来にむらがり、飲んだり唄ったり、また大びらに銭や賭け物を賭け、競馬のような声援や雑鬧ざっとうをみせるのだった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「でも、あいにくではないか。こう雑鬧ざっとうな人出では、先も探すに困るであろうし、そちが見付けるにも容易ではあるまい」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
車寄くるまよせには、誰彼の参内の諸卿しょけい牛輦くるまが、雑鬧ざっとうしていた。舎人とねりや、牛飼たちが、口ぎたなく、あたりの下に争っている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何分、家中かちゅうの家族ばかりでなく、九条家の諸太夫しょだいぶや、親戚の諸大名や、老中たちの二、三へも案内を出してあり、未曾有の雑鬧ざっとうが予想されるので
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてどれにも、「観ル者、ノ如シ」という雑鬧ざっとうの状を描いているから京中たいへんな人出と騒ぎであったらしい。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、ここへ来ると自然、雑鬧ざっとうの人波もみな自発的にひそまり返って、きざはしの下、廊の陰など、思い思いにぬかずき合った。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ここは町の雑鬧ざっとう下人げにんたちの目がござります故、ならば御帰邸の上お屋敷にて、お好みのすしを調理いたさせます」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軍の行動をさまたげない範囲に一劃いっかくを区ぎって、市を許可してあるらしい。そこに見られる掛小屋だの露店ほしみせの数は社寺の賽日さいにちを思わせるほど雑鬧ざっとうしている。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの雑鬧ざっとうのうちで、一瞬、母を見失った幼い少年が泣き叫んでいたのは、まさに藤夜叉が、彼らの魔手に会って、もう姿を消していた時だったものである。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
外の雑鬧ざっとうにひきかえ、庁の閣内は、しいんとしていた。高い橋廊下を大股に行く高氏の影はややあわてていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三筋の往来は、けるほど雑鬧ざっとうしてきたが、裏は、真っ暗な横町だの、田だの原だのが、しいんとしていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)