近隣きんりん)” の例文
余此蝶を見ざりしゆゑ、近隣きんりん老婦らうふわかきころ渋海川のほとりよりせし人ありしゆゑたづひしに、その老婦らうふかたりしまゝをこゝにしるせり。
音曲指南おんぎょくしなんの看板にも鵙屋春琴の名の傍へ小さく温井ぬくい琴台の名を掲げていたが佐助の忠義と温順とはつとに近隣きんりんの同情を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
松川彼処かしこすまひてより、別にかはりしこともなく、二月ふたつき余も落着おちつけるは、いと珍しきことなりと、近隣きんりんの人はうはさせり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わら粟幹あはがら近所きんじよからあたへられた。かれ住居すまゐうしなつただい日目かめはじめて近隣きんりん交誼かうぎつた。みなみ女房にようばうふる藥鑵やくわん茶碗ちやわんとをつててくれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
まよしけるうち近隣きんりんの社人玉井大學たまゐだいがくの若黨に源八と云者いふものありしが常々つね/″\通仙つうせんの見世へ來てははなしなどして出入りしに此者このものいたつ好色かうしよくなれば娘お高を見初みそめ兩親の見ぬ時などは折々をり/\
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
竹渓は晩年下谷御徒町おかちまちに住した。その子枕山はなか御徒町に詩社を開き、鷲津毅堂もまたその近隣きんりんを下して生徒を教えた。わたくしがこの草稿そうこうを下谷叢話と名づけた所以ゆえんである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はぱっちりとして、かみくろながく、いろしろくて、この近隣きんりんに、これほどうつくしいむすめはないといわれるほどでありましたから、両親りょうしんよろこびは、たとえようがなかったのであります。
笑わない娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たすきがけのまゝ人に聞き/\近在きんざい買物かいものに駈け歩いて、今日きょう斯様こんな処を歩きました、みょうな処にみせは出してない呉服屋ごふくやがありましたと一々報告した。彼女は忽ち近隣きんりんの人々と懇意こんいになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
家畜衛生会かちくえいせいかいのほうもそうとうに収入しゅうにゅうがある。ただ近隣きんりんから
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
主人にはかに籠を作らせ心をつくしてやしなひ、やゝ長じて鳴音なくこゑからすことならず、我が近隣きんりんなれば朝夕これをたり。
彼等かれら當日たうじつ前夜ぜんや口見くちみだといつて近隣きんりん者等ものらつてたかつて、なべ幾杯いくはいとなくわかしてはむのでしたゝらしてしまつて、それへ一ぱいみづしてくのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
致し居るくらゐの事にて一向世帶にはかまはぬ人なり又酒は元より大酒故日毎ひごとに一二升づつ飮ぬ日とてはなく然れども今は何一ツ不自由ふじいうなくくらし居けるが兎角とかくひと世話好せわずきにて丸龜の城下は勿論近隣きんりんの村々まで困窮こんきうの者へは米錢を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
主人にはかに籠を作らせ心をつくしてやしなひ、やゝ長じて鳴音なくこゑからすことならず、我が近隣きんりんなれば朝夕これをたり。
此事近隣きんりんきこえて人々あつま種々さま/″\評議ひやうぎしてたるをりしも一老夫いちらうふきたりていふやう、あるじの見え給はぬとや、われこゝろあたりの事あるゆゑしらせ申さんとてきたれりといふ。
しか/″\のよし母にかたりければ、不思議ふしぎたからたりとて親子よろこび近隣きんりんよりも来りみるもありしが、ものしらぬ者どもなれば趙壁随珠てうへきずゐしゆともおもはずうちすぎけり。
井中よりにはかに火をいだし火勢くわせいさかんにもえあがりければ近隣きんりんのものども火事くわじなりとしてはせつけ、井中より火のもゆるを見て此井を掘しゆゑ此火ありとて村のものども口々に主人をのゝしうらみければ