胡散うさん)” の例文
女の人数を聞いたりする客を胡散うさん臭いと見るのは当り前だ。け出しの刑事みたいだが、気のきいた風紀係はそんな科白せりふは吐かない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
見ず識らずの女が夜ちゅうに人の店へあがり込もうというのは、なんだか胡散うさんらしいとも思ったが、お徳はもう三十を越している。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
渠は唸る樣な聲を出して、ズキリと立止つて、胡散うさん臭く對手を見たが、それは渠がよく遊びに行く郵便局の小役人の若い細君であつた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「ぼくはただ桝本をつけてきただけだ。あいつ、胡散うさんな人物だと思って目を離さなかったんだ。ここに舟木がいようとは思わなかったよ」
国枝氏は胡散うさんらしく、相手の顔をジロジロ眺めながら、暫く思案していたが、やがてヒョイと気がついた様に元気な声を出した。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
平次は克明こくめいに二度目の調べを始めたのです。その後から胡散うさんの鼻をふくらませて、弁慶の小助がついて来たことは言うまでもありません。
男「わっちは斯んな胡散うさん形姿なりをしてえるから、怪しい奴だと思おうが、私は伊皿子台町にいる船頭で、荷足の仙太郎という者です」
胡散うさんな捨て子が三人もあっちゃ、どうやらいわくがありそうだから、とち狂っていねえで、はええところしたくをしろといってるんだよ」
多分、そんなような、胡散うさんな者を、たった今眼前に於て、感得したればこそ、彼はかくも一目散いちもくさんに走り過ぎたものと思われる。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「まあ、さうなの。」女房かないは皿をとりあげて、ちらと中をあらためて見てゐたが、すぐ目をあげて胡散うさんさうに良人をつとの顔を見た。
往来の人々が、何か胡散うさん臭い目つきでこちらを眺める気がして私は、いつまでも窓から顔を出していることも出来なかった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「へへへ、でもお寂しそうに見えますもの……」と胡散うさんくさい目をしながら、「何は、金之助さんは四五日見えませんね?」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
そうして改めて土耳古トルコ美人を胡散うさんくさそうに眺めた後、レザールにそっと囁いた。しかしレザールにはその美人が怪しい曲者とは見えなかった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし、返事をする代りに、道路の方を見遣って、そこに孔子の車を見つけると、もう一度胡散うさん臭そうに子路の顔を見た。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
こないだうちから胡散うさんな奴が、この祝家荘しゅくかそうにうろついているから用心しろと、山荘からもおれが出ていたところだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瑠璃光は、いやしい奴僕ぬぼくの風俗をした、二十はたちあまりの薄髯のある男の顔を、胡散うさんらしく見守って居たが、何心なく受け取った文の面に眼を落すと
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「私、わたしです」というと、潜戸をそっと半分ほど開けながら母親が胡散うさんそうに外をのぞくようにして顔を出した。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「そうもいかないさ。お国だって、さしあたり行くところがないんだからね。」と新吉は胡散うさんくさい目容めつきをして
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おとなしく立っている女ばかり数人の私たちでさえ、いやな気がしてじっと一つところにはいられなかったほど、胡散うさんくさい背広の男たちにつきまとわれた。
メーデーに歌う (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ごくまれにそんな山径で行きいますと、なんだかみ上がりの僕の方を胡散うさんくさそうに見て通り過ぎましたが、それは僕に人なつかしい思いをさせるよりも
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
厭に胡散うさんな暗闇が奥の方から蠢いてきて耳の辺りへ絡まりつくが、駄夫はフウフウそれを吹いたり深く吸ひ込むやうにしたり、それからジンと耳を澄まして
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「その晩橋場の交番の前を怪しい風体のやつが通ったので、巡査がとがめるとこそこそげ出したから、こいつ胡散うさんだと引っとらえて見ると、着ている浴衣ゆかた片袖かたそでがない」
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胡散うさんの者では御座らぬ。三面村へ参る者。米沢藩の御典医の一行が、薬草採りに参ったのじゃ」
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
例えばそんな話をもちかけると、その相手でさえじろりと横眼でさも胡散うさんくさそうに彼を眺めて
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この目準があるものだから、いくら老僧たちが嘲笑的な態度を執ろうとも最後には彼等の胡散うさんの誘惑からまぬがれて初一念が求むる方向へと一人とぼとぼ思念を探り入れて行った。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
博徒三 宵でもあることかもう夜明け近いぞ、胡散うさん臭い爺め。——八丁方の斥候いぬだろう。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
飛白かすりの筒袖羽織、禿びた薩摩下駄さつまげた鬚髯ひげもじゃ/\の彼が風采ふうさいと、煤竹すすたけ色の被布を着て痛そうにくつ穿いて居る白粉気も何もない女の容子ようすを、胡散うさんくさそうにじろじろ見て居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
胡散うさんくさい人が通る——という風に、注意し、後をもつけるでございましょうから。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
久美子はベッドの端に腰をかけ、手の中のと夜卓の上にある二つの容器をジロジロと見くらべているうちに、隆という青年のいったことに、胡散うさんくさいところがあるのに気がついた。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
このプログラムを貰って演技場に這入はいって行くと、入口に突立っている巡査は古い顔馴染なじみであったが、一寸ちょっと胡散うさん臭そうな眼付きをして私を見送っただけで、横の方を向いてしまった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
殻を払った香袋においぶくろを懐中にして、また桔梗屋へはいって行き、事納ことおさめに竿の代りに青竹を立てた仔細を胡散うさんくさ白眼にらんだらしく、それとなく訊き質してみたが、ただこの家の吉例だとのこと。
まだ時々、胡散うさん臭そうにうなっている犬を制止しているようでしたが、どんなに美しくても、珍しい混血児あいのこでも、こんなに落胆した気持の時では、もう何の興味でも好奇心でもありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
一匹の犬が豊吉の立っているすぐそばの、寒竹かんちくの生垣の間から突然現われて豊吉を見て胡散うさんそうに耳を立てたが、たちまち垣の内で口笛が一声二声高く響くや犬はまた駆け込んでしまった。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
鹿はじっと耳をかしげて、胡散うさん臭そうに私の言葉を聴いていた。私が口をつぐむと、彼はもう躊躇ちゅうちょしなかった。一陣の風に、樹々のこずえが互いに交差してはまた離れるように、彼の脚は動いた。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あの夫に限つて、とは思ふものの、なぜか、「松の木の根」が胡散うさんである。
荒天吉日 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
住民の中には、僕の方を胡散うさんくさそうに、ふりかえる者もあった。しかし僕は逸早いちはやく病院の寝衣を脱ぎすて、学生服に向う鉢巻という扮装になっていたので、そんなに深くとがめられずにすんだ。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
胡散うさん臭くへんに邊に氣を配るやうにして小忙しくタオルを使つてゐた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
車掌と、馭者と、他の二人の旅客とは、胡散うさんそうに彼をじろじろ見た。
「そちこそ何用あって庭わたりをしているのだ、胡散うさん臭い奴だ。」
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
膝小僧ひざこぞうをかくす事が出来ないくらいの短い古外套ふるがいとうを着て、いつも寒そうにぶるぶる震えて、いつか汽車に乗られた時、車掌は先生を胡散うさんくさい者と見てとったらしく、だしぬけに車内の全乗客に向い
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
番甲 いか胡散うさんな。そのぼうずをもめておかっしゃい。
英也は胡散うさんらしく云つた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
有島氏がかう言つて一寸言葉を切ると、胡散うさんさうに眼を光らせてゐた西洋婦人達は、またしても鷦鷯みそさゞへのやうに鋭い音を立てた。
山「大丈夫です、私は胡散うさんな者じゃアございませんよ、私はお前さんと後先あとさきに成って洗馬から流して来た巡礼でございますよ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「若僧やるな! 鳥刺しといい貴様といい、愈々胡散うさん奴原やつばらじゃ。どこのどいつかッ。名を名乗らッしゃい? どこから迷って来たのじゃ!」
仮住居かりずまい門口かどぐちに立ったガラッ八の八五郎は、あわてて弥蔵やぞうを抜くと、胡散うさんな鼻のあたりを、ブルンとで廻すのでした。
彼等は互に何かコソコソささやき合って、こう云う所でなければ見られない、一種異様な、半ば敵意を含んだような、半ば軽蔑けいべつしたような胡散うさんな眼つきで
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
下宿へ入って行くと、下の方には誰もいなかったが、見馴れぬ女中が、台所の方から顔を出して胡散うさんそうにお庄を眺めた。そこらはもう薄暗くなっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そんな所に二挺の駕籠が、ぼんやり客待ちをしていたということ、そのことがもう胡散うさんであって、萩丸が普通の市井人だったら、早速疑がいを起こしただろう。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その間に、ふと、ぬれ鼠になって倒れているお粂に目をつけた同心は、胡散うさんくさそうに顔をのぞき込んで
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)