罪業ざいごう)” の例文
まさに、人間界にとって、幕府とは、人間苦、人間悪を、限りなく作り出してゆく罪業ざいごうの根源地——罪の府というも過言ではない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
和煦わくの作用ではない粛殺しゅくさつの運行である。げんたる天命に制せられて、無条件に生をけたる罪業ざいごうつぐなわんがために働らくのである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるに最も多く人世を観じ、最も多く人世の秘奥ひおうきわむるという詩人なる怪物の最も多く恋愛に罪業ざいごうを作るはそもそ如何いかなる理ぞ
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の劫初ごうしょ以来の罪業ざいごうを幾分なりとも軽くしてやろうと思召おぼしめして、かりに私の身から一切の持物を取っておしまいになりました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
甚吉の罪業ざいごうについては、秋山も実はまだ半信半疑であったが、今夜の幽霊に出逢ってから、その疑いがいよいよ深くなった。
真鬼偽鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
文「大伴氏、最早逃げようとて逃すものでない、積る罪業ざいごうの報いと諦めて尋常に勝負せい、お町、其方そち少しさがって居れよ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
罪業ざいごうの深い彼などはみだりに咫尺しせきすることを避けなければならぬ。しかし今は幸いにも無事に如来の目をくらませ、——尼提ははっとして立ちどまった。
尼提 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは出離得道のためには一切無用だと思う。むしろ自分の求法の志を妨げたために罪業ざいごう因縁いんねんとなるかも知れない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
仏陀に対して自分の罪業ざいごう懺悔ざんげし自分の善業を積むという熱心は実に驚くべきほどで、その山を一足一礼いちらいで巡るというひどぎょうをやって居る者もあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それを解説した物語はほぼ一様で、いずれもかつて人間であった頃の誤りを悔い悲しみ、我とその罪業ざいごうを名乗って子供等の前に来て啼くというのであった。
「その方は、自分一人の渡世のために、数知れぬ鳥や獣の命を奪っておるが、それでは罪業ざいごうを増すばかりである。渡世は猟師に限るまい、何か他の事をするがよい」
女仙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
どんな罪業ざいごうの深い女でも、うまで恐ろしい死に樣をするといふのは、容易のことではありません。
「菜摘川のほとりにて、いずくともなく女のきたそうらいて、———」と、謡曲ではそこへ静の亡霊ぼうれいが現じて、「あまりに罪業ざいごうのほど悲しく候えば、一日経書いてたまわれ」
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
戦慄せんりつすべき大規模な邪悪、いまかつ何人なんぴとも想像しなかった罪業ざいごうに関する、私の経験談なのである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
身にんだ罪業ざいごうから、又梟に生れるじゃ。かくごとくにして百しゃう、二百生、乃至ないしこうをもわたるまで、この梟身をまぬかれぬのじゃ。つまびらかに諸の患難をこうむりて又尽くることなし。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして誰やら旅人が、おのが胸板を突き刺して、ただ一突で死んでいるのを見出みいだしました。その旅人の顔は、一眼見ただけでも前世の罪業ざいごうの思い遣られるほど、物凄ものすごい醜さでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「またそれか、スリの女を手飼いに致す五万石の寺格がどこにあろうぞ。秘密はみな挙ったわッ。どうじゃ売僧まいす! そちの罪業ざいごう、これなる恋尼に、いちいち言わして見しょうか!」
前世の因縁いんねんというものがおそろしいまではっきりとその身につきまとって、その罪業ざいごうをのがれることがおできにならなかったことよと思うと、人の世のはかなさにまで思いがおよんで
自分にはこの寂しい海辺で命を落とさねばならぬ罪業ざいごうはないわけであると自信するのであるが、ともかくも異常である天候のためにはいろいろの幣帛へいはくを神にささげて祈るほかがなかった。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかも、その時ほど、自分の宿命と、罪業ざいごうの恐ろしさを、しみじみ感じたことはなかったのである。彼女は、もやの中に隠されている、ある一つの、不思議な執拗しつような手に捕らえられているのだ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
という口調くちょうを放つときは、かみならぬわれわれは肉も血もあり、多くの弱点を備うるものなれば、時にこれしきの罪業ざいごうをするのはまぬかれぬと、半獣性はんじゅうせいの欠点に富めることをいいあらわすにもちいられる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と、すべてをその罪業ざいごうのむくいとして、ある事かない事かの判断もなく、入道の病について、たちまち、奇々怪々な浮説が云い囃された。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかに罪業ざいごうのふかい女子の身とて、尊い阿闍梨の教化を受けましたら、現世げんせはともあれ、せめて来世らいせは心安かろうにと、唯そればかりを念じておりまする
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もろもろの罪業ざいごうが、みんな自分を中に置いてめぐるように思い出す。この罪業のためには、持てる何物をも放捨して、答えなければならないという心に責められる。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その方どもの罪業ざいごうは無知蒙昧もうまいの然らしめた所じゃによって、天上皇帝も格別の御宥免ごゆうめんを賜わせらるるに相違あるまい。さればわしもこの上なお、叱りこらそうとは思うて居ぬ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぜならばおよそ懺悔というものは自分のこれまでした罪業ざいごうの悪い事を知って其罪それを悔いどうかこれをゆるしてくれろ、これから後は悪い事しないというのが一体の主義である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あの男の重ねた罪業ざいごうが目に見えるような気になり、この世の女人にょにんのために、——多勢の親と夫のために、——私は思わず、見覚えの小屋の道具箱から、手馴れた鑿を取り、着物のままで
この身とて、今は法師にて、鳥も魚もおそわねど、むかしおもえば身も世もあらぬ。ああ罪業ざいごうのこのからだ、夜毎よごと夜毎の夢とては、同じく夜叉の業をなす。宿業しゅくごうの恐ろしさ、ただただあきるるばかりなのじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なろうなら目をふさいで過ぎてしまいたかったものを——その罪業ざいごうの形見みたいな者たちへ——にがい想いを余儀なくされていたからだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを話した人は、彼の死はその罪業ざいごうの天罰であるかのように解釈しているらしい口ぶりであった。天はそれほどにむごいものであろうか——わたしは暗い心持でこの話を聴いていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
容易ならぬ罪業ざいごうの人である。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「助けられて不足をいうんじゃあないけれど、あの時死んでしまわなかったお蔭に、まだ罪業ざいごうがつきないで、こんな姿をうろつかせておりますよ」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「委細は左少弁殿からお願い申し上げた通りで、あまりに罪業ざいごうの深い女子の身、未来がおそろしゅうてなりませぬ。自他平等のみ仏の教えにいつわりなくば、何とぞお救いくださりませ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『なんの、おそらくは、死んでおるまい。そう、やすやすと死ねるほど、浅い罪業ざいごうではないからな。……いや、時に平太、そちならではの用がある』
はらみ女の腹をく。鬼女とも悪魔とも譬えようもない極悪ごくあく非道の罪業ざいごうをかさねて、それを日々の快楽けらくとしている。このままに捨て置いたら、万民は野に悲しんで世は暗黒の底に沈むばかりじゃ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この身の諸悪罪業ざいごうのむくい、この身ほろぶまで、責苦あらせたまうとも、あわれこの子に、とがあらせ給うな。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これもみな父上のおそろしい罪業ざいごうじゃ。」
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
。はははは、おかしな奴じゃ、なるほど、岩公もふびんだがした罪業ざいごう、悪因悪果じゃ。あのお武家の熱い根気にも、わしは感じた。もう今夜で、三日三晩、ああしてござる
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その因果いんがで、代々片輪が生れ、山中猿山中猿と呼ばれておりますが、あの衆自身は、先祖の罪業ざいごうを、生涯につぐなうのじゃと、みな生れながらわきまえておりますので、土地も去らず
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうやって、横手を打っていられるが、それらの罪業ざいごうはみな、自分にかえってくるものなのだ。おのれの天禄てんろくをおのれで奪い、おのれの肉身をおのれで苦患くげんへ追いやっているのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『盛遠が捕われるのは、いつの日やらわからぬし、そういう気にもなるかもしれぬな。おもえば、盛遠も、どこまで罪業ざいごうのふかい男よ。なお、生き心地もあらず、生きつつおろうか』
何かに吐け口を見なければやまない物騒な青春の火——その火が運命の燎原りょうげんをみずから焼いているのだ。最初の小さい一つの過失が、次第に、罪から罪を生み、果てなく罪業ざいごうをつんでゆく。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまあるひとのかきの、あだし妻花つまばな寝盗ねぬすむのとが、その罪業ざいごうあくえ、無間地獄むげんじごくの火坑に落ちんもよし。何かは、この想いの苦しみにまさるべきかは。——盛遠は、夢に、うなされぬくのである。
と、清盛の罪業ざいごうに数えたてられてしまうといった風潮であった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これも、自分のなせる罪業ざいごうのむくいかとしみじみと思う。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)