真綿まわた)” の例文
旧字:眞綿
「これ、なあ、」老妻は、顔をあからめて、嘉七に紙包を差し出し、「真綿まわただよ。うちでつむいで、こしらえた。何もないのでな。」
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この大きな魚漁家の娘の秀江は、疳高かんだかでトリックのわずらわしい一面と、関西式の真綿まわたのようにねばる女性の強みを持っていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その峯々から蒸発する湯気が、薄い真綿まわたのような雲になって青い青い空へ消え込んで行くのが、神々こうごうしい位、美しかった。
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)
奥のほうから、ムーッとぬるが流れてきて、うろたえ廻るすそたもとに、渦になった黒煙が真綿まわたのようにまつわりだす。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど真綿まわたをちぎっていたように壜の中へ沢山見えます。これが蛋白質たんぱくしつ凝結かたまりで上等の醤油ほど多く出来るのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
真綿まわたのようにやわらかい雪の上をまわると、雪のが、しぶきのように飛び散って小さいにじがすっと映るのでした。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
せきへ、うす真綿まわた羽二重はぶたへすべつたやうに、さゝ……とたゞきぬおとがして、ひざむだあしのやうに、友染いうぜんはしが、せきをなぞへに、たらりと片褄かたづまつてちた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
賦役令によると、絹、つむぎ、糸、綿、布などが物産のまっ先に掲げられている。この糸が絹糸、綿が真綿まわたであるとすれば、それも養蚕の仕事に属するのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
この綿は、真綿まわた(絹綿)という説とわた木綿もめん・もめん綿)という説とあるが、これは真綿の方であろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
蓮様れんさまの寮で柳生源三郎が剣豪峰丹波みねたんば一党にとりかこまれ、くらやみの中にいのちと頼む白刃はくじん真綿まわたでからめられた「源三郎の危機きき」から稿こうをつづけるべきですが
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
土蔵くらの縁の下にコロコロしていて、長持ながもちの中は、合紙あいがみがわりに、信州から来る真綿まわたがまるめて、ギッシリ押込んであり、おなじような柄の大島がすりが、巻いたままで
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
残りなく聞いてくれぬ上に、呑気のんき慰藉いしゃをかぶせられるのはなおさら残念だ。うみを出してくれと頼んだ腫物しゅもつを、いい加減の真綿まわたで、で廻わされたってむずがゆいばかりである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と言いながらお松は、持って来た風呂敷包を解くと、真綿まわたでこしらえた胴着でありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
或いは支那シナ閔子騫びんしけんが、継母ままははに憎まれて着せられたというような、あし穂綿ほわたなども使われていたろうかと思うが、少なくとも木綿の綿はまるで無く、筑紫綿つくしわたとも言わるる絹の真綿まわた
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
下諏訪しもすわの宿へ行って日が暮れた時は、私は連れのために真綿まわたを取り寄せて着せ、またあくる日の旅を続けようと思うほど寒かった。——それをあによめにも着せ、姪にも着せ、末子にも着せて。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その鶏声堂に、中年の女の人が、冬はいつも真綿まわた背負子しょいこていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そして、脊中せなかには、真綿まわたしろゆきがかかっていました。なんでもおじいさんは、灰色はいいろのはてしない野原のはらほうから、宝物たからものってやってきて、このまち子供こどもらをよろこばせようとするのでありました。
酔っぱらい星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しょっちゅう風邪かぜをひいたとか、熱を出したとか言っては学校を休んだ。冬の間はいつも首に白い真綿まわたいて学校に通った。で、私は時々、学校の行きか帰りにはたみちゃんを見舞ってやった。
真綿まわたで首と、おでなすったね」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
真綿まわたのやうでありました
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
つばさったらんのように、飛びしさった龍耳りゅうじ老人の手には、黒檀柄こくたんえ銀鋲ぎんびょうを打ったスペイン型の短銃たんじゅう! 真綿まわたのようなけむりをいて持たれている……。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日は正反対に真綿まわたずくめの椅子やクションの上でフワフワフワフワと下にも置かず歓待される訳だからね。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一首の意は、〔白縫〕(枕詞)筑紫の真綿まわたは名産とはきいていたが、今見るとなるほど上品だ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
気候は、と言うと、ほかほかが通り越した、これでかっと日が当ると、日中ははやじりじりと来そうな頃が、近山曇ちかやまぐもりにうっすりと雲が懸って、真綿まわたを日光にすような、ふっくりと軽い暖かさ。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
冬はやわらかな絹織物きぬおりもの真綿まわたをもちいる人たちが多くなって、麻布が主として夏のものとなると、もちろん糸の細いかるい布がよろこばれ、ついにこのごろ見るせみの羽のようなものばかりが
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
... もらうのだから僕は幸福者しあわせものさ」雇婆「お仕合せですとも。あのお嬢さんがいらしったら大事にしておげなさいまし。粗末にするとばちが当ります」主人「大事にするとも真綿まわたへくるんで桐の箱へしまっておこう」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
だが、黒い真綿まわたのような薄煙のまくが所々の視野をさえぎり、やや西へ傾きかけた日輪も、それをとおして、あかがねのような、ふしぎな赤さを呈していた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
コンナ豪華な応接間の緞子どんす真綿まわたで固めた安楽椅子の中に坐らせるのは勿体ないみたいなもんだが、しかし、その贅沢品の豪華版の中から生まれ出たような断髪の振袖令嬢が
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
真綿まわたを入れた絹の小袖こそでも着たことであろうが、この絹もまた古くから我邦にあったとはいいながら、その生産高は今日の輸出時代にくらべると知れたもので、多分は百分の一にも届かなかったと思う。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すると、その時に、お合羽さんの女の児が、つながり合った手を無邪気に引離しながらチョコチョコ走りに廊下を伝わって、真綿まわたの白靴をひるがえしひるがえし石の段々を一つ一つに登って行った。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)