)” の例文
旧字:
ただ内蔵助が茶屋酒に酔いれながら、片時へんじも仇討のことを忘れなかったように、自分も女のために一大事を忘れようとは思わない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
彼女は、二つの世界の境界を、はっきりとまたぎ越えて、やがて訪れるであろう恋愛の世界に、身も世もなく酔いれるのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
万一射ちころされたとしても散々さんざん甘味うまみな酒にれたあとの僕にとって『死』はなんの苦痛でもなければ、制裁とも感じない。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
星あかりの道に酔いれて、館へ帰る戦人もののふの、まぼろしの憂ひをたれぞ知る、行けルージャの女子達……私はホメロス調の緩急韻で歌ったが
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
酔ひれて、廊下をふらり、ふらりよろめき歩き、面白がつて眺めてゐる軍治に、卑猥な指の作り方をして見せる男もあつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
それはちょうど、この甘い夢見心地、このれごこちを、一刻も早く断ち切ってやろうと、みんなでわざわざ申し合わせたかのようだった。
まどわすれ者め。誓って、その首を刎ね落さずんば、何を以て、軍律を正し得ようか。——これっ、なぜその老いぼれに物をいわしておくか
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鉛小弾えんしょうだんと鉄釘を充填じゅうてんした一発の榴霰弾が、一挙に三十人以上の人間を炮殺するすさまじい光景に接して、酔いれたるがごとくに陶然とした。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私は鏡の中の自分の姿を、まぶしいシャンデリヤ越しに振り返ってみた。真白く酔いれた顔が大口をいて笑っていた。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
茶の湯の方式など全然知らない代りには、みだりに酔いれることをのみ知り、孤独の家居にいて、床の間などというものに一顧を与えたこともない。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
が、一つ不思議なことは、その人気のない堂宇に、れいの赤星重右がいつも供米や神酒に酔いれて寝ころんでいた。
天狗 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
徳市が金比羅の帰りの汽車の中で酔いれて、一糸まとわずに演じた醜態を叩きつけるような早口でいって、畳に顔を伏せ、子供のように号泣ごうきゅうした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
この毒薬のような犬に酔いれて人間性の麻痺している婦人たちは、何としても再びこれと同種の犬を手に入れずにはいられなくなってくるのです。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
神は、こんどはあなたに遠い旅をさせて、さまざまの楽しみを与え、あなたがその快楽に酔いれて全く人間の世界を忘却するかどうか、試みたのです。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は昼間っから酒に酔いれては、ボオドレエルの「アシツシユの詩」などを翻訳口述してマドモワゼル ウメに書き取らせ、「スバル」なんかに出した。
ヒウザン会とパンの会 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
酔いれて店をよろけ出ていった仲間の一人は川っ縁に倒れているし、もう一人は何人なんぴとの存在にも無関心で犬の真似まねをしてテーブルの下をい回っていた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
陽はほとん椰子やし林に没して、酔いれた昼の灼熱しゃくねつからめ際の冷水のような澄みかかるものをたたえた南洋特有の明媚めいび黄昏たそがれの気配いが、あたりをめて来た。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わしも寂しい身の上だ。不足のない身分ながら、いつも寂しく日を送って来た。だがこれからは慰められよう。私は事業を恋と換えた。恋の美酒うまざけに酔いれよう。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アパリでダンスと酒に酔いれた副官もあったし、また花田のように女を連れて逃亡したのもいる。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
おどろおどろとして何ごとかを陳弁ちんべんする老女のごとき声が、酔いれた左膳の耳へ虫の羽音のようにひびいてくる。かれは、隻眼をり開けて膝元の乾雲を凝視した。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
明治二十五年二月五日、ふと老が身のおぼつかなさを思ひつめてれがましく打咽び、世をも子等をも恨みなどしつつ、昼つ方より夕までに二百首ばかり詠みける中に。
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
が、酒に醉ひれると一時全く狂氣してあらゆる暴力がふるはれ、それを取鎭めるにはやはり暴力をもつてするかあるひは放任して時を待つかするのほかはないのだつた。
第一義の道 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
「黙れ、このれ者、江戸の御殿へはいれば侍女腰元が付く、それまで辛抱しろというのだ」
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老婆はに焚き木を加えると共に、幾つも油火あぶらびの燈台をともした。その昼のような光の中に、彼は泥のようにれながら、前後左右に周旋する女たちの自由になっていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
酔ひれて、母君の知り給はぬ女の胸にあるとき、「ここにわが働かざりし双手あり」
警戒:C・Mに (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
いったん自分の狂憤に出口を与えると、わたしは貪るようにその感情に酔いれました。わたしはこの狂憤の最高度を示すような、何か非凡なことをやりたくて、たまらなくなりました。
そういう惨めったらしい奴を、無法だろうとなんだろうと、あくまでいじめさいなむ快感に酔いれながら、私はそやつをなおも踏んだり蹴ったりしてやろうといきり立っているのだった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
そしていつの頃からか、のッぺりした三十がらみの若い男が、いり込んで、遠慮深げに近所の人びとと交際つきあうようになっていた。けれども、酔いれたようなその静けさは、永くは続かなかった。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
かにかくに舞台の如く酔ひれし河合に似たるうつくしきひと
酔狂録 (新字旧仮名) / 吉井勇(著)
こころれたるふところ手、半ば禿げたるわが叔父の
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ゆゑだもなくて、徒にれたる思、去りもあへず
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あるはまたれてこそめくるめけ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その香にれて倒れるほど
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
は酔ひれて うちをどる
隅田川 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「憎ッくいものめ。領土へ帰った後、小兵衛一族を、火あぶりにしても、なお、あきたらぬわ。……おのれ、覚えておれ」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父ステツレルの怪異が——、あの妖怪ようかい的な夢幻的な出現が、時を同じゅうして、いつも、れ果てたときの些中さなかに起こるのは、なぜであろうか。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
此間こそ酔ひれて不覚をも取りたれ、今日は吾が刀のさびまでもあるまじ。かゝれや物共、相手は一人ぞ。女のほかは斬り棄つるとも苦しからず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼等は酒に酔いれていた。すでに宴も終りと思われ、あたりは狼藉をきわめて、ある者はののしり、ある者は唄い、また、ある者は踊り浮かれていた。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
水溜りに取られまいと千鳥脚ちどりあしを踏み締めながら、ただひとり住吉町を玄冶店げんやだなへ切れて長谷川町へ出るころには、通行人が振り返って見るほどへべれけに酔いれていた。
それが一体誰の罪だろうか? 自分の欲望にれ果てて、おそらく彼がみてくれのいい背の高い男だったばかりに、見も知らぬ男に微笑みかけ、二度の逢曳でうんざりして棄てた。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
匆々そうそうに天幕へ引きとって早寝してしまったのは、探検隊の一同が酔いれているすきに、火口壁の暗道の中へ、手動鑿岩機ドリルと博士の観測機械類をひそかに運び入れておくためだった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼も始は彼等と一しょに、さらの魚やけものの肉を投げてやる事を嫌わなかった。あるいはまた酒後のたわむれに、相撲すもうをとる事も度々あった。犬は時々前足を飛ばせて、れた彼を投げ倒した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ゆゑだもなくて、いたづられたる思、去りもあへず
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
れし遊蕩児たはれを縦覧みまはりのとりとめもなく。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ゑひごこち、れのまどひか
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「あのれ者を逃がすな」
驚くべきことに、深夜、伊沢の手が女にふれるというだけで、眠りれた肉体が同一の反応を起し、肉体のみは常に生き、ただ待ちもうけているのである。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
父としての、姿ではなく『——往来人に心をつけ、怪しと見るはただし、洛内より出づるはあらため、こよいのものを、いっするな。いかに、姿、おもてを変えたればとて、見誤るべき下手人ではない』
乾児こぶんたちは、筆屋のふるまい酒に酔いれたあげく、例によって吉原へでも繰りこんだのであろう。まだ一人も帰って来ていなかった。茶の間の長火鉢をへだてて、壁辰と喬之助がすわっていた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そは愚かしきあだ心、はたや卑しきれごゝち。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)