瓦斯ガス)” の例文
三層四層五層とも瓦斯ガスを点じたのである。余は桜の杖をついて下宿の方へ帰る。帰る時必ずカーライルと演説使いの話しを思いだす。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その日は春と言っても、少し薄寒かったので、コーヒーを入れた後の瓦斯ガスストーブを、そのままけっ放しにして居たことは事実だ。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
北海道の炭坑でメタン瓦斯ガスの爆発が頻々とあって、それを防止する意味をかねて、メタンの爆発の研究をしたいという人が出て来た。
実験室の思い出 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼は、掘りだされた醜態しゅうたいの地下戦車の中から瓦斯ガスにふかれたまっくろな顔を外へ出したとき、その両眼は、無念の涙で一ぱいだった。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこには直径一寸以上もある瓦斯ガス管のような太い鉛の管が、穴蔵の天井を伝って、床の近くまで、鼠色ねずみいろの蛇のようにい降りていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
弾丸をつめた瓦斯ガス管があって、箱の蓋を開くなり、電流が通じて火花を発し、火薬に燃え移るという仕掛けであることがわかった。
恐ろしき贈物 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
空気の代りに他の瓦斯ガスを入れることもあるが、要するに稀薄な瓦斯中を電気が通る際に、その瓦斯が光を放つというだけのことである。
ムーア灯 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところが——此の残酷な顛末を、瓦斯ガス燈の柱に攀ぢ登りプラタナの繁みに隠れて逐一窓越しに見届けてしまつた胡散な男があつたのだ。
霓博士の廃頽 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
目の前には忽然こつぜんと巨大な瓦斯ガスタンクが立ちはだかっていた。細い雑木林は、悄々と鳴っていた。月はボロボロと光りのしずくを落していた。
蝕眠譜 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そのころ、まだ燈火の種類がさまざまだったので、花瓦斯ガスが店の屋根にチカチカ燃ているかと思うと家の中は行燈あんどんであったりする。
峯吉の安全燈ランプを発見した係長は、検屍も瓦斯ガス検査もひとまず投げ出して事務所へとじこもり、不安気な様子で頭痛あたまを抱えていた。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
長い点火器の棒を持って飛ぶ瓦斯ガス燈夫や、石油罐せきゆかんとキャタツを腕にかけた軒燈屋が、縦横に町を駈けて、町の夜を華やかせてゆく。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのはずみに、機関室からは有毒のクローリン瓦斯ガスが発生して、艇長を除く以外の乗組員は、ことごとくその場でたおれてしまいました。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
正面にずらりと瓦斯ガスタンクのような大樽バリイルが並んでる。その金具の輪が暗い電灯に光って、工場地帯行きの朝電車みたいな混み方だ。
「いえ、もう、お恥しいほどつぽけな工場をやつとります。まあおかげ様で瓦斯ガスエンヂンだけは評判を取つとりますやうなわけで。」
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
勝平が、さう答へ了らない裡に、瑠璃子の華奢な白い手の中に燐寸マッチは燃えて、迸り始めた瓦斯ガスに、軽い爆音を立てゝ、移つてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
ロンドンの市中は、非常な霧のために、街筋まちすじには街燈が点り、商店の飾窓かざりまど瓦斯ガスの光に輝いて、まるで夜が来たかと思われるようでした。
そこでは吐き出された炭酸瓦斯ガスが気圧を造り、塵埃を吹き込む東風とチブスと工廠こうしょうの煙ばかりが自由であった。そこには植物がなかった。
街の底 (新字新仮名) / 横光利一(著)
町の高みには皇族や華族の邸に並んで、立派な門構えの家が、夜になると古風な瓦斯ガス燈のく静かな道をはさんで立ち並んでいた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
紳士は手ずから瓦斯ガスストーブに火をつけて電気をひねった。その前の椅子に徳市を坐らせて差し向いになった。机の上のりんを押した。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
せんをねぢって瓦斯ガスを吹き出させ火をつけたら室の中はにはかに明るくなった。署長はまるで突貫する兵隊のやうな勢でその奥の室へ入った。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
無筆のお妾は瓦斯ガスストーヴも、エプロンも、西洋綴せいようとじの料理案内という書物も、すべ下手へた道具立どうぐだてなくして、巧にうまいものを作る。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
みのえの前の瓦斯ガスコンロだけが、暗闇の中で勢よく青い広い焔をあげている。その薄明りでみのえは自分の鼻の先と手を見ることが出来る。
未開な風景 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
いいえ、夏でしたから、炬燵こたつじゃないんです。瓦斯ガスなんです。身体からだじゅう火ぶくれになってかわいそうな死にかたをしました。
夏の夜の冒険 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
箪笥だんすと化粧台と円卓子と本柵、ちょっと寝室と居間とを一緒にしたような便利な部屋で、角の方には瓦斯ガスストーブの設備さえ出来ている。
凍るアラベスク (新字新仮名) / 妹尾アキ夫(著)
倉田工業は戦争が始まってからは、今迄の電線を作るのをやめて、毒瓦斯ガスのマスクとパラシュートと飛行船のがわを作り始めた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
西洋にも電気や瓦斯ガスや石油のなかった時代があったのであろうが、寡聞な私は、彼等に蔭を喜ぶ性癖があることを知らない。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まだ電燈のない時代で、瓦斯ガスも寺島村には引いてなかったが、わざわざランプをめて蝋燭にしたのは、今宵こよいの特別な趣向であったのだろう。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
木山は珍らしく家にゐて、火鉢の傍で茹小豆ゆであづきを食べてゐた。小豆の好きな木山は、よく自分で瓦斯ガスにかけて煮て食べてゐた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
雷鳴をとどろかせて、なおも吹き荒れる暴風雨が、ときどき、アセチリン瓦斯ガスのように、稲妻の中に、まっ青に浮きあがる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
仄かな瓦斯ガス灯からぬけだしてきたような、あの明治一代の女芸人。だが惜しいとまこと思う頃にはこれまた東京の人でない
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
芯の先には大きな丁子ちょうじができて、もぐさのように燃えていた。気がついてみると、小さな部屋の中はむせるような瓦斯ガスでいっぱいになっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
基督降誕祭ノエルにはあと四五日の土曜の夜だ。高いオペラの空気窓から「タイスの」唄が炭酸瓦斯ガスにまみれて浮き出ている。
街頭:(巴里のある夕) (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「君もやられたのか、僕もやられたよ。ありゃあの女の手でね、君の足音が廊下に聞えた時、瓦斯ガスの栓をひねったのさ」
世界の裏 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「圧搾空気は瓦斯ガスのようなわけにはいかぬから、やがて風船の浮揚力は失うが、それまでにこの魔の海を脱れ出るがよい。運命の風よ。強く吹け」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
蝙蝠かうもりだと教へますと、子供等はめづらしさうに眼を見張りました、瓦斯ガスや電燈の點いた町の空に不恰好な翼をひろげたものの方を眺めて居りました。
中村屋は幸運にもこの災難を免れたが、電気も瓦斯ガスも水道も止ったのだから、パンも菓子も製造することが出来ない。
食事は路すがら麺麭パンと冷し肉ぐらいを買って来るのですから、唯だ瓦斯ガス珈琲コーヒーを煮るだけで簡単に済まされるのです。
髪を洗はせて瓦斯ガスの火力であふられて乾かし、そしてぐ髪を結はせる人もある。自分は此頃このごろマガザンで毛網を買つて来て独りで結ふ事が多くなつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それがいかにも、瓦斯ガスのすさまじい爆音を感じさせる。僕の或る友人は、ラムネを食つて腹が張つたと言つた。あれはたしかに瓦斯ガスで腹を充滿させる。
ラムネ・他四編 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
お君さんは思わずその八百屋の前へ足を止めた。それから呆気あっけにとられている田中君を一人後に残して、あざやか瓦斯ガスの光を浴びた青物の中へ足を入れた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おくみは下へ行つて瓦斯ガスをつけて鉄瓶をかけて置いて、裏の茣蓙ござを片づけて、張り物なぞをこちらへ持つて帰つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
叡山で、斬られたというのは、八郎太であるか、ないか——そうした苦しいことが、小さい女の胸の中へ、いっぱいの毒瓦斯ガスとなって、いぶり立った。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いや、取止とりとめて何も考えてなんかいなかったようです。唯、悠々と躊躇ためらわずに、玄関の呼鈴ベルを鳴らすと、やがて門が開きました。瓦斯ガスは消えていました。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
遠く幡谷はたがやの方より来るといへども、その漕運の功をなすは瓦斯ガス会社と芝新浜町との間の落口より溯つて金杉橋将監橋芝園橋赤羽根橋中の橋辺までにして
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
博士は其処そこ気球バルーン瓦斯ガスを詰め、怪鳥の仮装をしたうえ、強い東風を待って灯台へやって来たのです。——さっき僕が猟銃で射ったのはその気球バルーンでした。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上野公園の会場は博物館構内の広場、紅白の幕を張って市中音楽隊の奏楽、風船は瓦斯ガスを含んで中央に繋留され、すべて、その頃としては文化的新風景。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
折からの曇った空の下に千住の瓦斯ガスタンクのはるばるうち霞んでみえるむなしさをわたしたちは何とみたらいいだろう?——眼を遮るものといってはただ
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「笑わせるぜ。それだから来て見給えと言うんだ。水道と瓦斯ガスがないばかりさ。しかしタンクを拵えれば水道も同じことだ。石油厨炉ちゅうろは瓦斯の代用になる」
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「毒瓦斯ガスだ。」わあっと白ヘルメットの近眼鏡ちかめがねが、その背後うしろから転げ転げ逃げ降りたものだ。一種異様の悪臭が私の鼻をもいた。うむ、むむむむである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)