獰猛どうもう)” の例文
そして、底知れぬ獰猛どうもうさを雪白の毛並みにうねらせた。だのに又太郎は、われから革足袋かわたびの片方を上げて、彼の鼻ヅラへ見せている。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにかくそれは、今まで見たこともなく、想像もしたこともないような、この上もなく獰猛どうもうな、何ともいえないおそろしい顔でした。
仮面をはずした目に見える悪魔どもであり、赤裸になった獰猛どうもうな魂らであった。光に照らされながら、その一群はなおやみの中にいた。
獰猛どうもうな愚かな生命のあらゆる蛮行に飽きはてた後、勝利者になって何になろうぞ。作品全部が生命にたいする恐るべき迫害である。
或いは鬼よりも獰猛どうもうな人類がいることが、空想的な頭にあるものですから、兇暴なる土人の襲撃の怖るべきことは猛獣以上である。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼が蛇を恐れる如く、彼が郎党ろうとうの犬のデカも獰猛どうもうな武者振をしながら頗る蛇を恐れる。蛇を見ると無闇むやみえるが、中々傍へは寄らぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あちらには、獰猛どうもうけものの、おおきいのごとく、こうこうとした黄色きいろ燈火ともしびが、無気味ぶきみ一筋ひとすじせんよる奥深おくふかえがいているのです。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
犯罪学の書物の挿絵さしえにある様な、獰猛どうもうな壮年の男子に限るものの如く、迷信している為に、幼い子供などの存在には全く不注意であった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
新之助が殺した「蝮一まむしいち」は、関門北九州では、もっとも獰猛どうもうな親分であったので、新之助は奇妙な名声さえ持っているといってよかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
花のあかみには、ごまのような、跳ねた粒子形のかたまりのような逞しい蝶が、花に打突かる獰猛どうもうさで飛んで来ては、また何処かへ行った。
真夏の幻覚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ひげだらけの獰猛どうもう赤面あかづらを仰ぎながら、厳格、森儼を極めた新任の訓示を聞いているうちにも、そのブルブルが一層烈しくなって
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
野を通ると、まだ、黒く日にやけた獰猛どうもうな獣を見ることは見る。祖先と同じように、彼は終日執念深く、耕された畑の上に腰を屈めている。
同地の新聞紙は一斉に筆を整えて獰猛どうもうに彼の攻撃を開始し「自称国賊セルフコンフェッスド・ヱネミーきたらんとす」「売国奴トレーターロイド・ジョージ侵入せんとす」
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
男の顔がはなはだ獰猛どうもうにできている。まったく西洋の絵にある悪魔デビルを模したもので、念のため、わきにちゃんとデビルと仮名かなが振ってある。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
習性 気質はげしく愛撫すれば温順なるも、怒れば獰猛どうもうなり、死闘す、未知の人に絶対に馴染まず愛玩用なれども、番犬に適す
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
ところでその耳は鋭く立って居りましてその顔付の獰猛どうもうにして残忍酷薄なる様子を示して居ることは一見恐るべきもので
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
白亜紀の肉食性の獰猛どうもうな種類、……禽竜プテラノドンとか恐竜チランノサウルスとかがいるはずなのです。……向うの湿原でうろついているのは、たしかにそいつらだと思います
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そのおおかみの群れの王と見られるのは、土地の人々からロボとばれる、まことに悪がしこく獰猛どうもうなやつであった。
そのうちに近づいて来たのは、三十五六の獰猛どうもうな武家、私慾と争気をねり固めたような男ですが、その代りお国侍らしい単純さも、どこかに匂います。
彼は非常に獰猛どうもうな性質であり、また彼の権限を犯すようなことに対しては、すこぶる敏感をもっているからである。
幕はまるで円頂閣ドオムのような、ただ一つの窓を残して、この獰猛どうもうな灰色の蜘蛛を真昼の青空から遮断しゃだんしてしまった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そいつの手に負えない獰猛どうもうさのために、帰りの航海のあいだじゅう彼はずいぶん困ったが、とうとうパリの自分の家に無事に入れてしまうことができた。
ことにミウーソフはこのうえなく優しい気分から、たちまちにしてこのうえなく獰猛どうもうな気分に変わってしまった。
シムソンはそう云いながら、机の上の呼鈴よびりんを押しました。やがて、ドアをノックして入って来たのは、背の高い、見るから獰猛どうもう面構つらがまえをした外国人でした。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ソクラテスは、偉かったでしょうが、或はこの急所をきっといくらか揶揄やゆしたのよ。女房というものは獰猛どうもうなものだということを余りえらすぎて忘れたのよ。
彼は人畜に重傷を負わせる程獰猛どうもうではないが、奇妙な狙いをもって、その身近くの空気を打って、逃げまどう標的の狼狽する有様を見物するのが道楽である。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
と、蛇はおとなしく、びくの中で眠ってしまう、蝮であろうとやまかがしであろうと、一度お仙の手にかかったら、その獰猛どうもうな性質がにわかに穏しくなるのであった。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たった独りになると獰猛どうもうなる強迫観念に襲われて、居ても立っても堪らなくなるのだが、不思議と今夜は神経が下駄の方へ使われて、一向恐ろしがる気が出ない。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
獰猛どうもうな、とどろくような思いが胸のなかに渦巻く。今夜の雪のように。雪よ降れッ。降りつもって、この街をうめつくして、ちっそくするほど降りつもるがいい。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼は随分これまで狂暴な殺人犯人にも出会ったが、いくら狂暴でも獰猛どうもうでも、この怪奇なる組立て人間「蠅男」に較べると作り物の大入道ほども恐ろしくはなかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今度こそは大丈夫とは思つたが、それでも十分ばかりは様子を窺つてゐたね。相手が頗る獰猛どうもうな奴かも知れんからな。しかし今度は参つたと見えて一向頭は現はれない。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
苛刻かこくな現実精神をかの獰猛どうもうな妖怪から、身をもって学んだわけだ、と、悟浄はふるえながら考えた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ひとびとはそこで、獰猛どうもうな野蛮人と、火の出るようなはげしい戦いをした。猛獣や、毒蛇や、ジャングルの危険をおかして、奥地を探険し、思いがけない大発見をした。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
頬には一束の毛がふさのようにむらがっている。ひげは白く太い。——しかしその獰猛どうもうさを一番に語っていそうなのは、しなやかな丸太棒とでもいいたいようなその四肢だった。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
そのたまけむりの消えやらぬうちに、われは野獣のゆるがごとき獰猛どうもうなる叫び声を高く聞けり。モルガンはその銃を地上に投げ捨てて、おどり上がって現場より走り退きぬ。
いったん道がひらかれた時、そのかみの彼自身がにわかに天下をめざす獰猛どうもうな野心鬼に変じた如く、家康も亦いのちを張って天下か死かテコでも動かぬ野心鬼となる怖れがある。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
彼女はそこらにさまよっている野良犬のなかで、性質の獰猛どうもうらしいのを二匹も拾いあげた。
半七捕物帳:23 鬼娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのつぎに指揮台の上にあらわれたのは、見るからに獰猛どうもうな山犬のような顔の生徒だった。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
一緒に目を射た八人の者の姿! いずれも五分月代ごぶさかやきの伸び切った獰猛どうもうなる浪人者です。
犬はもう憤怒ふんぬに熱狂した、いましも赤はその扁平へんぺいな鼻を地上にたれておおかみのごとき両耳をきっと立てた、かれの醜悪しゅうあくなる面はますます獰猛どうもうを加えてその前肢まえあしを低くしりを高く
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
これがあるので、奥さんの顔には今にも雷雨がようかという夏の空の、電気に飽いた重くるしさがある。鷙鳥しちょうや猛獣の物をねらう目だと云いたいが、そんなに獰猛どうもうなのではない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その他吉備津の塵輪じんりん三穂さんぼ太郎も、鬼とはいいながらじつは人間の最も獰猛どうもうなるものに近く、護符や修験者しゅげんじゃ呪文じゅもんだけでは、煙のごとく消えてしまいそうにもない鬼でありました。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
鼠といっても、大きさはマスティフ種の犬ぐらいあって、それに、とても、すばしこくて、獰猛どうもうな奴でした。もし私が裸で寝ていたら、きっと八つ裂きにされて食べられたでしょう。
これはわたくしの性の獰猛どうもうなのによるか。痴愚ちぐなるによるか。自分にはわからぬが、しかし、今のわたくしは、人間の死生、ことに死刑については、ほぼ左のような考えをもっている。
死刑の前 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
被告席に着いた彼の姿は一言で云えば、獰猛どうもうわしのような印象を人々に与えた。
岩魚の姿態は、山女魚によく似ているが、山女魚に比べるとつら構えが獰猛どうもうである。そして気性がはげしい。なぎさに水を求めにくる蛇をも襲わんとし、熊蜂、蜥蜴とかげをも、ひと呑みにする。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
見るからに哀れっぽい痩せた小さな犬が、見るからに獰猛どうもうな大きな肥った犬におどかされて、キャンキャンと悲鳴をあげて逃げて行くのだ。可哀そうにと、私はちっぽけな犬に同情した。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
折合いの悪い継母を斬りつけたという自分の前の亭主のことが、それに繋がって始終お銀の頭に亡霊のようにこびり着いていた。新聞に出ていた兇徒の獰猛どうもうな面相も、目先を離れなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
獰猛どうもうな顔をした人とも鬼とも判らない者が二人入ってきたところであった。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この附近の狼は非常に獰猛どうもうで、冬になるとよく被害があるそうである。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)