張合はりあい)” の例文
そんな張合はりあいの無い心中などをするより、どうせ死ぬなら憎いかたきに引っ掻きでも宜いからこしらえて、万に一つのうらみでも晴らしてやり度い
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
大原張合はりあいなく「困りましたね、そうおっしゃっては。僕のような者のところへ嫁に来てくれる人がありません」とひそかに先方の気を引いてみる。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
坊や、お前でも生きてるならいけれど、目ばッかりぱちぱちしていて、何にも言わないんだもの、張合はりあいも何にもありやしない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その相手が今死んで了ったと聞くと、彼はホッと安心のため息をつくと同時に、何んだか張合はりあいが抜けた様な、淋しい気持もするのであった。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もちろん何かの張合はりあいだれかがおぼれそうになったとき間違まちがいなくそれをすくえるというくらいのものは一人もありませんでした。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
『相手を換えて、春作さんと打ってごらんなさい。どうも、玄庵さんとやれば、金はただ貰うようなもんだが、嬰児あかごの手をひねるようで、張合はりあいがない』
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿「じゃアうしましょう、張合はりあいになりませんから負けたら大きいもので一杯グーッと飲んではどうでしょう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かわりめ毎に覗き覗きした芝居も、成田屋なりたやや五代目がなくなってからは、行く張合はりあいがなくなったのであろう。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いまのうちに、どうかして方法を立てなければならないと考えた。……このことを何を言っても張合はりあいのない亭主に向って相談しても、何の役に立たないと思った。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それとは無しに探りを入れたが、相手は更に張合はりあいのない調子で、「別に何とも思いません、うして数年すねん住馴すみなれて居りますと、別に寂しい事も怖い事もありません」
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だから商売をやめたとなると競争する張合はりあいがない。一月ひとつき二月とたつうち三味線の稽古はわたしへの義理一方という事になった。初めはわたしもいろいろ小言をいった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
授業の内では語学は珍しいのですが、国語漢文などは抜萃ばっすいのものばかりで、張合はりあいのないことでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
見物人が煙草をのまぬがゆえに、ものを食べないが故に、火鉢を持ち込まない故に、芝居が終るころになっても空気はからりとえているので、どうもも一つ、張合はりあいがなくて
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
下僚の者たちは意地悪をしないが、それはする張合はりあいがなくなったものらしい。重臣れんちゅうももう呼びもしないし、話しかけもしない、遊びにまいれなどとは誰もいわない。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
新吉には、いかにも晩の食卓が楽みらしく、勤に出て行くにも張合はりあいのある姿だった。おときはそれが嬉しかった。格子の外に出て、鋪石しきいしの上に靴の音が聞えたが、新吉は又戻って来た。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
んないたこゝろでは何時いつ引取ひきとつてれるだらう、かんがへるとつく/″\奉公ほうこうやになつておきやくぶに張合はりあいもない、あゝくさ/\するとてつねひとをもだまくちひとらきをうらみの言葉ことば
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ああああ張合はりあいがないのね、それじゃ。せっかく私が丹精たんせいしてこしらえて来て上げたのに、肝心かんじんのあなたがそれじゃ、まるで無駄骨むだぼねを折ったと同然ね。いっそ何にも話さずに帰ろうか知ら」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから二十分もたった頃、第二の男は張合はりあいのぬけたような顔をして木戸から出てきました。すると今度は第三の男が不意に物陰から現れつかつかと第二の男のそばへ寄ってゆきました。
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そういう張合はりあいはあってもなくても、侯爵の思いようも一通りではなかった。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……筆勢ひっせいあまっておどし文句をつらねてはみたが、ここで金博士が、間髪かんぱつれず、顔にあたった大蜘蛛おおぐもを払いのけ、きゃあとかすうとかいってくれれば、作者も張合はりあいがあるのであるが、当の博士は
恐らく父親はこれを聞いたら、それは大変だ、早く船を揚げねばならぬと言って、浜へ飛び出して来るだろうと思っていましたが、父親は、一向平気でいるので、為吉はひどく張合はりあいが抜けたのでした。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
もう何のつもりになる張合はりあいもありませんでした。
「二人とも腰掛じゃ張合はりあいがない」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
怪我けが過失あやまちは所を定めないといふし、それぢやちっとも張合はりあいがありやしない、何か珍しいことを話してくれませんか、私はね。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
... 御馳走しても張合はりあいのある人に食べさせたいが、エート、もしや私の不在中るすちゅうに大原みつるという人は年始に来なかったかえ」妹「イイエまだお見えになりません」兄
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
多感の才人、折悪おりあしく健康の衰え切っていたメンデルスゾーンにとって、それは想像以上の打撃であったらしい。彼はもはや作曲する力も指揮する張合はりあいもなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
あんまり黙っていたので張合はりあいが抜けたせいか、わいわい冷かすのが少し静まった。その時一人の坑夫——これは尋常な顔である。世間へ出しても普通に通用するくらいに眼鼻立が調ととのっていた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
涙のかわいたのちには、なんだか張合はりあいない疲労ばかりが残った。会葬者の名刺を束にする。弔電や宿所書きを一つにする。それから、葬儀式場の外の往来で、柩車の火葬場へ行くのを見送った。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
或る場合は、被害者の方であきらめて警察へ届けなかったり、仮令警察沙汰になっても、指紋の発見まで行かぬ内に有耶無耶うやむやに葬られて了ったり、張合はりあいのない程楽々と泥棒が成功するのでした。
張合はりあいがないよ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ああって、田圃たんぼにちらほら見えます人も、秋のだと、しっかりして、てんでんが景色の寂しさに負けないように、張合はりあいを持っているんでしょう。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裏庭に紛れ込んでこれけの恥を受けたのですから、性根のある侍なら、何とか自尊心を満足させる方法を採るべきですが、村松金之助はそんな張合はりあいのある人間ではなく
小野さん、真面目まじめだよ。いいかね。人間はねんに一度ぐらい真面目にならなくっちゃならない場合がある。上皮うわかわばかりで生きていちゃ、相手にする張合はりあいがない。また相手にされてもつまるまい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大原は張合はりあいなさそうに嬢の顔を眺めている。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
盲目めくら滅法にパクついたのでは、タスカローラの深海魚のスチューも、裏の溝川どぶがわどじょうの柳川鍋もあまり変りがなく、喰う方も喰わせる方も、まことに張合はりあいの無いことであります。
そうすりゃ素人目にもくおなんなすったわかりが早くッて、結句張合はりあいがあると思ったんですが、もうお医者様へいらっしゃることが出来たのはその日ッきり。新さん、やっぱりいけなかったの。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから「来ないんで張合はりあいが抜けやしませんか」といった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)