たのし)” の例文
美術骨董は多くの場合、富豪かねもちの眼をたのしませる外に、財産として子や孫に残す事が出来るからである。次ぎにはそろ/\音楽を始める。
ある者は湖面に花を咲かせていたし、ある者は根となって人眼に触れぬ水底に隠れていた。魚は平和をたのしみ、鳥は波上に歓びをうたった。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
若い武家の無条件でたのしめるのは、幸若舞であつた。舞役者の若衆の外出の服装や姿態が、変生男子風の優美を標準とした男色の傾向を一変した。
倹約をむねとして一〇家のおきてをせしほどに、年をみて富みさかえけり。かつ一一いくさ調練たならいとまには、一二茶味さみ翫香ぐわんかうたのしまず。
足利将軍家が亡んだので、ろくはもう清十郎の代になってからはなかったが、身にたのしみをしなかった拳法の一代に、財産は知らないまにできていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼ら二人が始めたる俳諧は、彼らの自ら作りて自らたのしみしに過ぎずして、一人の弟子もなく、かつ彼らの死後しばしは彼の遺志を継ぐべき人も世に出でざりき。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
抽斎は大名の行列をることを喜んだ。そして家々の鹵簿ろぼを記憶して忘れなかった。「新武鑑」を買って、その図に着色して自らたのしんだのも、これがためである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
第二十一条 文芸のたしなみは、人の品性を高くし精神をたのしましめ、之を大にすれば、社会の平和を助け人生の幸福を増すものなれば、亦れ人間要務の一なりと知る可し。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
両岸の岩壁はかえって高くなる程であるが、何等の危険も困難もなく、或は滝を賞し或は淵を眺め、行く行く壮麗な景色に眼をたのしませながら、河の中を右に左に徒渉して
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
其処が『浮雲』の作者の真面目と違つてゐる処で、かれは『芸術は人をたのしましめざるべからず』
尾崎紅葉とその作品 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「きっと焼物でございましょう。——殿方はおたのしみも多くてお仕合わせでございますことねえ」
伊太利亜の古陶 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今でも時々やっているが、若い時にはことに好んで腰折れをんでみずからたのしんでいた。
私の父と母 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
娘は自分の家に使っている黄銅の湯沸ゆわかしや、青い錆の出た昔の鏡や、その他、すべて古くから伝わっていた器物以外に眼をたのしましたような、鮮かな緑、活々いきいきとした紅、冴え冴えしい青
(新字新仮名) / 小川未明(著)
今日その人はなお矍鑠かくしゃくとしておられるが、その人の日夜見てたのしみとなした風景は既に亡びて存在していない。先生の名著『讕言らんげん長語』の二巻は明治三十二、三年の頃に公刊せられた。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今もジャワで虎や犀を闘わす由(ラッツェル『人類史』二)、『管子』に桀王の時女楽三万人虎を市に放ってその驚駭を見てたのしんだとあるから、支那にも古くから帝王が畜ったのだろう。
だから乗客はえる。キセル乗りをよして、たのしみだからちゃんと全線の切符を
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
たのしみと云ってひきずり出しておやりなさい、貴方は人がいからいけません
むろん彼も自分の妻子がどこにいるかは知っていた。しかし彼の気持はそういう私情をたのしんでいる暇がなかった。一しょに喜ぶことだ。気がつくと、そこには阿賀妻の姿も見えなくなっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
冷し人の心をさむからしむる等実に奇々怪々として読者の心裡をたのしましむ此書や涙香君事情ありて予に賜う予印刷して以て発布せしむ世評尤も涙香君の奇筆を喜び之を慕いて其著書訳述やくじゅつに係る小説とを
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
確乎しつかりしなはらんかいな。……今夜のおたのしみで、心こゝにあらずや。」
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
手提蓄音器ポータブルを奏でてたのしんだとしても、何の不思議があろうとね。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
すべて此樣な調子で自らたのしんでゐたのが、氏の面目で有つた。
淡島寒月氏 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「來さして頂戴。とても面白いたのしみになるでせう。」
彼はその日も映画でたのしんだ。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
郊外生活の地続き、猫の額ほどな空地あきちに十歩の春をたのしまうとする花いぢりも、かういふてあひつてはなにも滅茶苦茶に荒されてしまふ。
寿詞が次第に壊れて、外の要素をとり込み、段々叙事詩化して行つて、人の目や耳をたのしませる真意義の工夫が、自然の間に変化を急にしたであらう。
国文学の発生(第二稿) (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
梅田屋は胴巻を納めて、「盗人をするたのしみはなあ三次、仕事をした後味をじっくり噛締めるところにあるんだぜ」
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうした牢人たちのために、木辻あたりには、いかがわしい飲食店や白粉おしろいの女が急激にふえているが、不逞ふていな牢人たちは、そんなところではほんとにたのしまない。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病人を見て疲れると、このひげの長いおきなは、目を棚の上の盆栽に移して、ひそかに自らたのしむのであった。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
飄然トシテ都下ニ入リ、ヲ本街ニ下シ講経ノ余マタ唯書画ヲ以テ自ラたのしム。当時ノ名士蒋塘鼎斎しょうとうていさい見テおおいニコレヲ異トス。人〻マタここヲ以テますますソノ蹟ヲ珍トス矣。都ニ居ルコト四年。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
講道館の嘉納治五郎氏は、書画をたのしいが、正真物しやうしんものの書画は値段が張つてとても買へないからといつて、書画代用の妙案を実行してゐる。
(——わしが老後をたのしんだ後で、おまえが又、一生住めるやしきだ。思いきって、金をかけて置こうよ)
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平野氏は平常へいぜいから馬が好きで、アラブ種の駿馬しゅんめを三頭持っている。交通が不便な場所だし、軽馬車を一台造らせて、この馬をつけては折々のドライブをたのしみにしていた。
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鉢の土は袂屑のような塵におおわれているが、その青々とした色を見れば、無情な主人も折々水位遣らずにはいられない。これは目をたのしましめようとする Egoismus であろうか。
サフラン (新字新仮名) / 森鴎外(著)
されば守るにその人なき家の内何となく物淋しく先生独り令息俊郎としお和郎かずおの両君と静に小鳥を飼ひてたのしみとせられしさまいかにも文学者らしく見えて一際ひときわわれをして景仰けいこうの念を深からしめしなり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
良人をつとは三高の語学教授で京都に住み、細君かないは音楽学校のヴイオロニストで東京に居るのでは、まるで七夕様のやうに夏休みをたのしむ他には、いい機会もあるまい。
月は濁池だくちにやどるとも汚れず、心きよければ、身にちりなしじゃ、そして、たのしみなきところにも、娯み得るのが、風流の徳というもの、そしるものには、誹らせておけばよい
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中年より禅に参し、また幸若こうわかうたいたのしみとなした。明治以後幸若の謡を知るものは川辺御楯、西田春耕の二人のみであったという。明治二十年春耕は『嗜口しこう小史』を著して名士聞人の嗜口しこうを列挙した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どうやら今まで独り指しをたのしんでいたらしい。
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『いや、不沙汰はお互い。……何か、折角、おたのしみのところをお邪魔したようだが』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といふのが何よりもたのしみなものなのだ。もしかそれ以上の娯みがあるとしたら、それは日当りのいゝ縁先で、禿げ上つた前額ひたひ一面に生え残りの髪を几帳面に一本一本ならべる位のものだらう。
放課の後毅堂はひとり茶を煑て閑坐読書することをたのしんだ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
(水戸どのには、よいおたのしみがあってよい。なかなかご財力はかかろうが)
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父親てゝおやこはれかけた目覚し時計を扱ふやうにらけた頭に矢鱈やたら螺旋ねぢをかけてみたが、その一刹那花は酒や音楽と同じやうに神様が人間をたのしませるために拵へられたものだといふ事に気がいた。
毎朝目をたのしませてくれた門口の紅梅を見あげながら、たもとしぼって呟く。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「案じるな、わしは、身の在るところにたのしみ得る人間じゃよ、風流の余徳というもの。——いや、風流の罪か、ははは」玄関のほうには、しきりと、訪客の声や、取次の跫音あしおとが客殿との間をかよう。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞くだけでも耳がたのしむように、お杉は眼をほそめて
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)