かなし)” の例文
淙々そうそう、風蕭々しょうしょう、夕闇とともにひどく冷気も迫って、謙信の胸は、なお帰らぬ麾下きかの将士のうえに、いたかなしまずにはいられなかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声のないかなしみをたたえた君のこの頃に心を引かれないものが有ろうか。君の周囲にあるものは何事なんにも知らないものばかりだと君は思うか。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
井沢香央の人々、七四かれにくこれかなしみて、もは七五しるしをもとむれども、七六ものさへ日々にすたりて、よろづにたのみなくぞ見えにけり。
あるいはそれが原因と成ッて……貴嬢にはどうかはしらんが……私のめにはもっとむべき尤もかなしき結果が生じはしないかと危ぶまれるから
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今秋マサニ鎌倉移住ノ命アラントス。都ニ出デゝ三日奄然えんぜんトシテ寂セリ。(中略)かなしイカナ。戊午晩秋十三夜月明ノ窓下そうかニ涙ヲぬぐつつしンデ書ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「貧しき者はさいわいなり」「かなしむ者は福なり」「柔和なる者は福なり」「矜恤あわれみする者は福なり」「平和やわらぎを求むる者は福なり」
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
五年には瑞仙の家にかなしむべき出来事があつた。過去帖に拠るに、瑞仙の長女千代は此年七月二十一日に歿したのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かなしむ者はさいわいなり、其故如何? さに現われんとする天国に於て其人は安慰なぐさめを得べければ也とのことである。
憎さも憎しと得三が、地蹈韛じだんだふんで縦横にやいば打掉うちふる滅多打。声はようようはるかになり、北の台にてかなしげに
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ながめて居ると少年心こどもごころにもかなしいようなたのしいような、所謂いわゆ春愁しゅんしゅうでしょう、そんな心持こころもちになりました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
嬉くも御赦おんゆるしを得、御心解けて、唯二人熱海に遊び、昔の浜辺に昔の月をながめ、昔のかなしき御物語を致し候はば、其の心の内は如何に御座候やらん思ふさへ胸轟むねとどろき、書く手も震ひ申候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
永眠する数日前までも頭脳は明晰めいせきで、息の通う間は一行でも余計に書残したいというほど元気旺勃おうぼつとしていた精力家の易簀えきさくは希望に輝く青年の死をかなしむと同様な限りない恨事である。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いはンヤ吾トなんぢ江渚こうしよノホトリニ漁樵ぎよしようシ、魚鰕ぎよかつれトシ、麋鹿びろくヲ友トシ、一葉ノ扁舟へんしゆうニ駕シ、匏樽ほうそんヲ挙ゲテ以テ相属あひしよくス、蜉蝣ふゆうヲ天地ニ寄ス、びようタル滄海そうかい一粟いちぞく、吾ガ生ノ須臾しゆゆナルヲかなし
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おくあきなむきも追々都合よきむね便たより有に付やがて金銀をたくはへ歸り來らんとたのしみ待居たる折柄をりから店請たなうけの方より今度彦兵衞の一件を委細くはしくらせ來りしかば妻子は大いになげかなしみしが如何にも其知らせを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かの田舎源氏いなかげんじ自来也じらいや物語、膝栗毛ひざくりげ八笑人はっしょうじん、義太夫本、浄瑠ママ本のごとき、婦女童子もこれを読んでよく感動し、あるいは笑い、あるいはかなしむもの、まことに言語・文章の相同あいおなじきゆえんなり。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
嗚呼、これこそは我がために、善惡二途の知識の木になりたる、禁斷のこのみなれ。われはメタスタジオの集をなげうちて、ダンテの書を握りつ。さるにかなしきかな、この果は我手の屆かぬ枝になりたり。
父よ、こいねがわくは我をたすけわれを導いて、進んで世と戦うの勇者たらしめよ、かなしんでやぶらざるの孝子たらしめよ。ひそかにかく念じて、われは漸く墓門を出でたり。出ずるに臨みてまたおのずから涙あり。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と先亡諸靈をかなしむにつけて、つく/″\と心中に思つた。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
薔薇色ばらいろ裸形らぎやう——かなしいかな——あるなやみとこ
(旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
青木は鎌倉の方で得て来た詩想から、すべての秋のかなしみを思って、何かそれを適当な形に盛って見たいと言っていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
汝生レテ予ノ面ヲ記セズ。死シテ予ノ夢ニ接セズ。王事もろキコトキヲ以テナリトイヘドモ、ソモソモマタ情ノあつまル所骨肉睽離けいりノ感ニ堪ヘザル也。書シテ以テ予ノかなしミヲ記ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もウすこしの辛抱、と、かなしし、文三は眠らでとも知らず夢を見ていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ねたむ、憎む、怨む、羨む、呪う、慕う、かなしむ、喜ぶ、恐れる。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
有力者のうちなぞに、よろこびもありかなしみもあれば、人と同じやうに言ひ入れて、振舞の座には神主坊主と同席にゑられ、すこしは地酒の飲みやうも覚え、土地の言葉も可笑をかしくなく使用つかへる頃には
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)