伏目ふしめ)” の例文
流眄、すなわち流し目とは、ひとみの運動によって、こびを異性にむかって流しることである。その様態化としては、横目、上目うわめ伏目ふしめがある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
「御縁談ですか。それとも大体にお身の上の吉凶きっきょうを見ましょうか。」とわざとらしく笑顔をつくる。君江は伏目ふしめになって
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし伏目ふしめ勝ちな牧野の妻が、しずかに述べ始めた言葉を聞くと、彼女の予想は根本から、間違っていた事が明かになった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「それはどういうことだったのですか」と、ジョヴァンニは教授の眼を避けるように、伏目ふしめがちに訊いた。
くだんの武士は縁台に腰を下ろしていたが、頭にいただいた竹皮笠たけかわがさは取らず、細く胴金どうがねを入れた大刀を取ってわきに置き、伏目ふしめになったかおを笠の下からのぞくと、沈みきった色。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
といったが小さな声、男の腕に肩をもたせて伏目ふしめに胸に差俯向さしうつむく、お鶴はこの時立っていた。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「イイえどう致しまして」とお政は言ったぎり、伏目ふしめになってたすくの頭をでている。母はちょっと助を見たが、お世辞にも孫の気嫌を取ってみる母では無さそうで、実はそうで無い。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
田沼先生は椅子いすに深く身をうずめ、両手を前にくみ、伏目ふしめがちになって話しだした。言葉の調子には、すこしも興奮したところがなかった。むしろ重々しい、考えぶかい調子だった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「ええ、わたしはこの通り臆病おくびょうな小娘ですのよ」——すなほに伏目ふしめを作りながら、千恵は思ふぞんぶんHさんに凱歌がいかを奏させてあげたのです。それがせめてものお礼ごころなのでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
勘次かんじ始終しよつちう手拭てぬぐひもついた右手めてひぢかゝへるやうにして伏目ふしめあるいた。みちうてせまほりあさみづかれはなたれた。がら/\にすさんだ狼把草たうこぎやゑぐがぽつ/\とみづひたつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
玄関の板間いたのまに晨は伏目ふしめに首を振りながら微笑ほゝゑんで立つて居た。榮子は青味の多い白眼がちの眼で母をじろと見て、口をゆがめた儘障子に身を隠した。格別大きくなつて居るやうではなかつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
映画であったら、まず予告篇とでもいったところか、見え透いていますよ、いかに伏目ふしめになって謙譲の美徳とやらをよそおって見せても、田舎いなかっぺいの図々ずうずうしさ、何を言い出すのかと思ったら
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
杜氏は、恭々うや/\しく頭を下げて、伏目ふしめ勝ちに主人の話をきいた。
砂糖泥棒 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
伏目ふしめにたたすあえかさに
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
伏目ふしめになって、いろいろの下駄げたや靴の先が並んだ乗客の足元を見ているものもある。何万円とか書いた福引の広告ももう一向いっこうに人の視線を引かぬらしい。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
伏目ふしめがふつくりとする……して、緋無地ひむぢ背負上しよひあげをとほして、めりんすの打合うちあはせのおびあひだに、これはまたよそゆきな、紫鹽瀬むらさきしほぜ紙入かみいれなかから、よこつて、して、おきなあたへた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みんな神妙に、伏目ふしめになって、廊下の壁に寄りかかり、立ったりしゃがんだりして、時々、ひそひそ話を交わしたりしている。暗い気がした。ここは、敗残者の来るところではないかと思った。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蒼白いかおの色、例の切れの長い眼のふちには、十津川で受けた煙硝のあとがこころもち残っているけれども、伏目ふしめになっている時には、それが盲目とは思われないほどに昔の面影おもかげを伝えていました。
小野をのや、——伏目ふしめ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
向うも、伏目ふしめ俯向うつむいたと思うと、リンリンと貴下あなた、高く響いたのは電話の報知しらせじゃ。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かえって法廷を進退する公事くじ訴訟人の風采ふうさいおもかげ伏目ふしめに我を仰ぎ見る囚人の顔、弁護士の額、原告の鼻、検事のひげ押丁おうてい等の服装、傍聴席の光線の工合ぐあいなどが、目を遮り、胸をおおうて
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とフト思出おもひだしたやうに花籠はなかごを、ト伏目ふしめた、ほゝ菖蒲あやめかげさすばかり。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夫人はこれを聞くうちに、差俯向さしうつむいて、両方引合せた袖口そでくちの、襦袢じゅばんの花に見惚みとれるがごとく、打傾いて伏目ふしめでいた。しばらくして、さも身に染みたように、肩を震わすと、後毛おくれげがまたはらはら。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女房は何となく、手拭てぬぐいうち伏目ふしめになって、声の調子も沈みながら
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横にかすめて後毛おくれげをさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……きれの長い、まつげの濃いのを伏目ふしめになって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手で持添えた雪のようなひじから
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つた手巾ハンケチ裏透うらすくばかり、くちびるかるおさへて伏目ふしめつたが
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)