ちっ)” の例文
「ほんとうに、この汽車は何て長いんでしょうね。わたしちっとも眠れないのよ。せめて新聞でも買っておいて下さればよかったのに」
この久能谷くのやの方は、ちっ足場あしばが遠くなりますから、すべて、見得装飾みえかざりを向うへ持って参って、小松橋こまつばしが本宅のようになっております。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亥「わっち親父おやじですか、ちっとも知らねえ……お芽出たい処へ来て、こんな事を云ってはなんですが、親父は此の二月お芽出度めでたくなりました」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
というのは、この人が芸事に凝り始めたのです。芸事も色々ありますが、清元の浄瑠璃に凝り固まってしまったのだからちっと困ります。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
馬鹿は最初から承知しているんだ。向うはホンのちっとばかりの金を出してくれただけだ。それに対してこちらは、お金で買えない天才を
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あなただってちっとも過去に煩らわされているようには見えませんよ。やっぱりおれの世界はこれからだという所があるようですね」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうかい、そう思っていれば間違はない。他人のなかに揉まれて、ちっとは直ったかと思っていれば、段々不可いけなくなるばかりだ」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「あなたの顔こそ面白い。何んですね、何うしたんです、あなたの片方かたっぽの眼はちっとも動かないじゃありませんか。硝子ですか」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「お前、何遍言ってきかせてもそんな腕の鈍いことでは駄目だよ。ボーイの腕が鈍い為めに店の収益はちっともあがらねえ。」
女給 (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
「オイ好男子、そう苦虫を喰潰くいつぶしていずと、ちっ此方こっちを向いてのろけたまえ。コレサ丹治君。これはしたり、御返答が無い」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
楠緒さんはちっとも顔をあからめず、不愉快な表情も見せず、先生のお言葉をただそのままにうけとられたらしかったと、なつかしいお話しがありました。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「それに阿父さんはあの児を可愛がっておいでだったので、肩車に乗せるのがちっとも苦にならなかったのだよ、些とも。ああ阿父さんのお帰りだ!」
可笑しくなくったってちったあ笑わなくちゃ可かん。はは。(間)しかし何だね。君は自分で飽きっぽい男だと言ってるが、案外そうでもないようだね。
あたい、おじさまに釣られてみんな言って了ったけど、まだ、おじさまはの人のことはちっとも話さないわね、一たい、どういうお話をしていらっしったの。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。で、一体君は、そうしていてちっともこわいと思うことはないかね?」
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
斯う云うむずヶしい事件を引受けねば昇等しょうとうは出来ないぜ(大鞆)りゃわかッて居る盤根錯節ばんこんさくせつきらんければ以て利器を知る無しだからむずかしいはちっともいとヤせんサ
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「そんな事は御座いませんよ。一件でも非人でも、そんな気はちっともありませんから、その方は請合うけあいます」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
此辺の田舎でも、ちっとまとまった買物を頼めば、売主は頼まれた人に、受取うけとり幾何金いくらと書きましょうか、ときく。コムミッションの天引てんびきほとんど不文律になって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「でも、あなたはちっとも嬉しそうじゃありませんよ」青年が意味ありげに云った。「それ所かひどく屈託そうに見えますよ。あなたお酒でごまかそうとしていらっしゃるのでしょう」
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今だってちっともこうしていたくはないけれど、こう草臥くたびれては退くにも退かれぬ。少し休息したらまた旧処もとへ戻ろう。幸いと風をうしろにしているから、臭気は前方むこうへ持って行こうというもの。
私は突然だしぬけに好い夢を破られた失望の感と共に、少しでも勘定が不足になるのが気になって、そうしていながらも、ちっとも面白くなかった。私にはまだ自分で待合で勘定を借りた経験はなかった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
R区は、いつもと、ちっとも変らぬ雑沓ざっとうだった。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昼席には定連が多いので、ちっとつゞけて通っていると、自然と懇意の人が殖えて来ます。その懇意のなかに一人のお武家がありました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
婆「そうさ、此の先の山をちっと登ると、小滝の落ちてる処があるだ、其処そこあしッ株の中へ棄てられていたのだ、背中の疵が証拠だアシ」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
媛神 わたしちっとも頼みはしません。こころざしは受けますが、三宝さんぽうにのったものは、あとで、食べるのは、あなたがたではありませんか。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そいつぁちっと早いな。怪しいもんだぜ」などと、鶴さんは節の暢々のびのびした白い手をのばして、莨盆たばこぼんを引寄せながら、お島の顔を見あげた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
代助は、それで結構だ、しっかりりたまえと奨励した。すると寺尾は、いやちっとも結構じゃない。どうかして、真面目になりたいと思っている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
森川さんはちっとも笑わない。顔が突張って笑えないんだろう。何かお父さんと談話はなしをしてぷりぷりして帰って行った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
無礼者奴ぶれいものめがズカズカ部屋へ入って来た、そうして雪江さんの笑いが止らないで、ちっとも要領を得ない癖に、訳も分らずに、一緒になってゲラゲラ笑う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「着物をきてよろしい。貴方はえらい神経家ですね。だが保証します、何処も何ともない。ちっとも悪いところはない……どうだね、これで満足しましたか」
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「娘の髪が余りキチンとしていますぜ。ちっとも乱れていませんが、能く蘆の間で引懸ひっかからなかッたもので」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
あの人が僕達を嫌って、僕達と一緒に愉快に遊ばない結果はね、僕が考えるところでは、ちっともあの人の不利益にはならない快適な時間を失ったことになると云うのですよ。
ちっとも、ご存じがないのよ、お夕方っていうのは、誰でもだまっていたい時間なのよ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
新「私の心持はお前さんちっとも分らぬのだね、お園どん、本当に私は間が悪いけれどもね、お前さんに私は本当に惚れて居ますよ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
老人の歿後、わたしは滅多にこの辺へ足を向けたことがないので、こゝらの土地がいつの間にどう変ったのかちっともわからない。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ちっとでも涼しい心持に成りたくッて、其処等の木の葉の青いのをじっと視ていて、その目で海を見ると、やっと何うやら水らしい色に成ります。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちっとも卑猥ひわいな心持を起させずに、ただ精緻せいちな観察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、うしてもうまいと云わなければなりません。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「フム学問々々とお言いだけれども、立身出世すればこそ学問だ。居所いど立所たちど迷惑まごつくようじゃア、ちっとばかし書物ほんが読めたッてねっから難有味ありがたみがない」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
僕はピックウィック・ペーパーズ見たいなものを書きたいと以前から思っているが、それには書斎にばかり引っ込んでいちゃ駄目だ。世間がちっとも分らないからね。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「ええ。ちっとばかりの地面や木なんぞもらったって、何になるもんですか。水島の物にだって目をくれてやしませんよ」お島は跣足はだしで、井戸から如露じょろに水を汲込みながら言った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あなた方、前以てお断りして置きますが、あれで色気と云ったらちっともありません。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ちっともそんな気振りを見せない。
誰? (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ちっとも、知らなかったでしょう。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
なく答えはいたしまするものゝ、その慌てゝ居ります様子は直ぐ知れます、そわ/\と致してちっとも落著おちついては居ません。
「土地の繁昌は結構だが、銀山の鉱夫などが大勢入込いりこんで来たので、怪しげな料理屋などが追々おいおい殖えて来るのはちっと困る。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雪の上じゃ、ちっとも怪我はありませんけれども、あなた、礼坊は、二階の欄干をかけて、もんどりを打って落ちたに違わぬ。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでもKの身体からだちっとも動きません。私はすぐ起き上って、敷居際しきいぎわまで行きました。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈ランプの光で見廻みまわしてみました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その内で、こう言やア可笑おかしい様だけれども、若手でサ、原書もちったアかじっていてサ、そうして事務を取らせてはかく者と言ったら、マア我輩二三人だ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
財産なんか無くてもい。乃公おれちっとも困らない。お父さんは金持だ。皆が左様そういっている。乃公は毎日好きな事をして遊んでいれば、それで何も不足はいわない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
又金を一つ処へ仕舞って置いて知れると悪いと思いましたから、彼方此方あっちこっちへお金を片附けて仕舞って置きまして、ちっとずつ出して使い
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)