鳩尾みぞおち)” の例文
このふっくりした白いものは、南無三宝なむさんぼう仰向あおむけに倒れた女の胸、膨らむ乳房の真中まんなかあたり、鳩尾みぞおちを、土足でんでいようでないか。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兄の岩太郎は、顔や胸を泥に穢したまま鳩尾みぞおちをフイゴのようにふくらしたりへこめたりしながら、係長がはいって行くから睨みつづけていた。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
頭上に高くざしていた久田の姥の右の手が、この時にわかに脇へ垂れた。一髪の間に突き出した槍! したたか鳩尾みぞおちを貫いた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
思いだすたんびに鳩尾みぞおちのへんがドキリとせずにはいられないような——そんな人物に、われわれの地方では時たまお目にかかることがある。
事実、彼女自身さえ、「甘味」を思うと、鳩尾みぞおちのあたりが痛むほど、それが口に欲しくなる。糖分に飢えている事がわかる。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
………あ、リヽーかな、やれ嬉しや! さう思つた途端に動悸がち出して、鳩尾みぞおちの辺がヒヤリとして、次の瞬間に直ぐ又がつかりさせられる。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
五尺そこそこの身体に土佐犬のような剽悍ひょうかんさが溢れて、鳩尾みぞおちの釘抜の刺青があわせの襟下から松葉のようにちらと見える。
唇の不隨意筋が自らをののき出すやうな、眼の血管にかつと血が押し寄せてくるやうな、鳩尾みぞおちが引き締められるやうな、さうした感情の興奮が私の全身に働いた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
宇津谷峠の雨宿りに、癪で苦しむ旅人の鳩尾みぞおち水月すいげつへ鍼を打ち、五十両という金を奪って逃げるという筋。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
また泣入なきいって倒れてしまう様に愁傷しゅうしょう致すのも養生に害があると申しますが、入湯にゅうとう致しましても鳩尾みぞおちまで這入って肩はぬらしてならぬ、物を喰ってから入湯してはならぬ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
鳩尾みぞおちに、ひざを押しつけたためにできたらしい大きな打撲傷が発見された。デュマ氏の鑑定によれば、レスパネエ嬢は誰か一人あるいは数人によって絞殺されたのである。
谷川は此の場所だけはかなり広さもあり、深さも場所によつては鳩尾みぞおちまではあるのだつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
胸に感激のこの火花ひらめき出でしときわが鼓動の鳩尾みぞおちに君の脣はこれを感じたまうたか。
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
咽頭いんとうの処をブスリと一突き……乳の間から鳩尾みぞおち腹部へと截り進んで、へその処を左へ半廻転……恥骨ちこつの処まで一息に截り下げて参りますと、まず胸の軟骨を離して胸骨を取除とりの
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
或時の彼は細君の鳩尾みぞおち茶碗ちゃわんの糸底をあてがって、力任せに押し付けた。それでも踏んり返ろうとする彼女の魔力をこの一点でい留めなければならない彼は冷たい油汗を流した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二時間も前から鳩尾みぞおちの所に重ねて、懷に入れておいた手で、襯衣シヤツの上からズウと下腹まで摩つて見たが、米一粒入つて居ぬ程凹んで居る。彼はモウ一刻も耐らぬ程食慾を催して來た。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
急に覚醒した人がおぼえるように、胸には動悸が打って鳩尾みぞおちのところがやりとする。これだけの心理の衝動を、身近にいる老刀自は感づいていないように見える。かれは妙だなと思う。
彼は自分の鳩尾みぞおちの当りにぐぐぐと気味悪い音がするのをきいたように思えた。
過渡人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
懐手をして掌を宛てている胃拡張の胃が、鳩尾みぞおちのあたりでぐうぐうと鳴った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ほとんど同時に、無鉄砲に振り下ろして来たが、いつ、雪之丞の手の鉄扇が働いたか、二人の敵、一人は眉間を、一人は鳩尾みぞおちを、グッとかれて、う、うんと、あおのけざまに、弓反ゆみぞりになって
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
尤も彼等の方も相手方から、脇腹わきばらだの鳩尾みぞおちだの、顎だのに手痛い打撲を蒙ったものだが、それでみると、なかなかどうして、死んだ相手方も素晴らしく大きな拳骨の持主であったことが立証された。
紀久子は敬二郎の肩に手をかけてがした。瞬間、正勝は自分の身体からだから離れていく敬二郎の鳩尾みぞおちに突きの一撃を当てた。急所を突かれて、敬二郎は顔をしかめながら、まったく闘争力を失った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
私は鳩尾みぞおちの辺りが、キューっと締って来るのを感じた。そして
思わず鳩尾みぞおちがドキドキッとしてきた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
寝苦しいか、白やかな胸を出して、鳩尾みぞおちへ踏落しているのを、せた胸にさわらないように、っと引掛ひっかけたが何にも知らず、まずかった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
グイと胸を開けて鳩尾みぞおちを探る。その手にさわった革財布。そのままズルズルと引き出すと、まず手探りで金額たかを数え、じっとなって立ちすくむ。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
………あ、リヽーかな、やれ嬉しや! さう思つた途端に動悸がち出して、鳩尾みぞおちの辺がヒヤリとして、次の瞬間に直ぐ又がつかりさせられる。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
六部は、そうしておいてから、又八の背を膝がしらで抑え、鳩尾みぞおちのあたりへ、気合いをかけて押していた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼を釘抜と呼ばしめた真個ほんとうの原因であったかもしれないが、本人の藤吉は、その名をひそかに誇りにしているらしく、身内の者どもは、藤吉の鳩尾みぞおちに松葉のような
鳩尾みぞおちあたりをどんと突きまする。突かれて仰向あおむきに倒れる処を乗掛のッかゝってとゞめを刺しました処が、側に居りましたお梅は驚いて、ぺた/\と腰の抜けたように草原くさはらへ坐りまして
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
腹の上で筋斗とんぼを切る、鳩尾みぞおちを蹴っ飛ばす、寝巻のすそ雉猫きじねこを押し込むという乱暴狼籍ろうぜき
二時間も前から鳩尾みぞおちの所に重ねて、懐に入れておいた手で、襯衣の上からズウと下腹までさすつて見たが、米一粒入つて居ぬ程凹んで居る。渠はモウ一刻も耐らぬ程食慾を催して来た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その笑ひは徒らにげたげたいふ地響に似た空虚な音だけで、伊豆はその一々の響毎に鳩尾みぞおちを圧しつけられる痛みを覚えたが、併しなほ恰も已に復讐し終へたやうな愉悦に陶酔したのである。
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
武術のかつ——それを、そのままソッと、指さきが、絶気している子どもの、鳩尾みぞおちに当てられる。かすかに、その先きに力がはいると、ピリピリと、小さい、和らかいからだが、神経的にうごめいた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
懴悔ざんげ鳩尾みぞおちに涙をとかして
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
………あ、リリーかな、やれうれしや! そう思った途端に動悸どうきち出して、鳩尾みぞおちの辺がヒヤリとして、次の瞬間にぐ又がっかりさせられる。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
亭主は鳩尾みぞおちのところを突きとおされる、女房は頭部あたまに三箇所、肩に一箇所、左の乳の下をえぐられて、たおれていたその手に、男の片袖をつかんでいたのだ
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、漁師たちは、権叔父と朱実と、両方のからだに分れて鳩尾みぞおちを押したり、背をたたいたりした。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真先に切り込んで来た武士をかわし、横から切り込んで来た武士の鳩尾みぞおちへ、拳で一つあてみをくれ、この勢いに驚いて、三人の武士が後へ退いた隙に、はじめて刀を引っこ抜き
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
真正ほんとうの原因であったかもしれないが、本人の藤吉はその名をひそかに誇りにしているらしく、身内の者どもは藤吉の鳩尾みぞおちに松葉のような小さな釘抜の刺青のあることを知っていた。
その笑いはいたずらにげたげた言う地響じひびきに似た空虚な音だけで、伊豆はその一々の響毎に鳩尾みぞおちを圧しつけられる痛みを覚えたが、しかしなおあたかすでに復讐し終えたような愉悦に陶酔したのである。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
と、自分にいいきかせているように、何度かためらったが、やっとのことで、抱き上げて、膝の上に、ぐたりともたれかかる、仰向きの美女の、鳩尾みぞおちに、荒くれた太い指を、ソッと当てたようだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
まっこうに鳩尾みぞおちのあたりをやられて
膝をいたので、乳母があわて確乎しっかりくと、すぐ天鵝絨びろうど括枕くくりまくら鳩尾みぞおちおさえて、その上へ胸を伏せたですよ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
武松は片膝折りに、すぐ彼女の鳩尾みぞおちの辺を踏まえてしまった。そして右手に、床の短剣を取って持ち直し、こんどは、王婆の土気色つちけいろになった顔をその白刃の先で指して言った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お勘、何んだ、ビクビクするな。……そう懐中が恐ろしくば、遠慮はいらぬ、探ってみい。……いや気味の悪い変性男に、鳩尾みぞおちの辺探られぬ先に、俺よりよいもの見せてやろう」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鳩尾みぞおちの釘抜の文身ほりものをちらちらさせて、上りがまちにしゃがんでいたのだった。
敏子ガ「大阪ヨ」ト素ッ破抜イタ時、僕ハ鳩尾みぞおちノ辺ガピクントへこンダヨウナ気ガシタガ、イツマデモソノ感ジガ続イテイタ。トイッテ、僕ハ全然ソウイウヿヲ想像シテモイナカッタワケデハナイ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのくせ殆んど失心して身体全体を痙攣けいれんさせ、今にも死ぬ人のようにただ縋りついていたのであるが、それでも時々こぶしでもって麻油の鳩尾みぞおちのあたりを夢心でこづいた。麻油は振り離して起き上った。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
女の鳩尾みぞおちから膝を離して、引きずり起し、その眼さきには、依然、短剣を突きつけていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)