かた)” の例文
あの公事に敗れた私は、あの子の母親だと人々に信じられなかったのみか、お上をかたる大嘘つきという事に極められてしまいました。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
病みあがりの蟷螂かまきりのやうなあの痩せこけた老耄おいぼれ親父にうまうまかたられてしまつたぞと、親友を侮辱したのも偽りのない事実であつた。
「その時、貴公は、小次郎殿の名をかたり、にせ小次郎となって、所々、徘徊はいかいしておられたのを、拙者はまことの佐々木小次郎殿と信じ……」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それですよ、親分。子さらひ野郎に何んの因縁いんねんがあるか知らないが、なにもあつしの名なんかかたらなくたつて宜いぢやありませんか」
天皇の名をかたって脅迫した。私は天皇を好きである。大好きである。しかし、一夜ひそかにその天皇を、おうらみ申した事さえあった。
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なまじいに商売気を出したのと、かの武士の愁嘆に同情したのとで、自分は二十五両という金をやみやみかたり取られたのである。
半七捕物帳:42 仮面 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
青年は愕然がくぜんとして、うそではないか、かたりではないかと疑い、ほとんどわれを忘れて、まるで気でも違ったようになってしまった。
善三郎 (怪しみながら)そんなかたりは腕か脛の一本も叩き折り、二度と夜迷い言をいってこねえようにすると云ってましたが。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
だまして同じ丁字屋へ賣渡し身の代金をかすめとり其上に母のお安を三次にたのみて殺させ加之しかのみならず千太郎をあざむきて五十兩の大金をかたり取猶又同人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
着て居た羽織をかたり取られた上、黄昏たそがれの場末の街上に置き去りにされた苦い経験があつたので、尚更不安に感じたのであつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「これはかたりですな、詐偽ですな」こういきまく、「どの店にも品物はありません、倉という倉はがらがらです、私は断言しますが、——」
田地田畑、山、林、それらの怨みでございます。私はそれらの家屋敷田地田畑山林を、藪原長者にうまうまとかたり取られたのでございます。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長蔵さんは教育のある男ではあるまいが、自分の風体ふうていを見て一目いちもくかたるべからずと看破するには教育も何もったものではない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっとも個人的としてであろうが店の名をかたってであろうが、どっちへ転んだって大体大した野郎でもない私のような人間が
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
かたられ、濡衣をきせられて嫌な思いをしたそのしかえし。むしろ、願ってもお役に立たせていただきたいところでございます
顎十郎捕物帳:22 小鰭の鮨 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もとよりこの儀造り事ならば、御殿様の御心に御覚えのあろう筈がないで、直ぐ様かたり者と召捕られて、はりつけにもなるは必定。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
それぎり今日けふまでなんとも云つて来ない。二度目の手紙は飯坂温泉いひざかをんせんから出したものだが、誰か僕の名前をかたつて、金を借りたやつがあるに違ひない。
偽者二題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それのみではない。ゆすりかたりとあらゆる悪事を重ねて、かれら仲間においても、なんと申すか、ま、大姐御おおあねごである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
官員さまのお姓名なめえかたってふてえ野郎だ……これ此処にござる布卷吉さんと云うのは、年イ未だ十五だが、えれえお人だ、忘れたか、両人ふたり共によく見ろ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これは悪い奴でございます、甲府の御勤番衆ごきんばんしゅうの名をかたって、ここの望月様という旧家へ強請ゆすりに来たのでございます。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
皆さん、どうぞよく御覧下さい。メリー嬢は詐欺さぎでもかたりでもありません。此の通り、此処ここに居る子供たちは、すっかり魔術にかゝって居ります。睾丸きんたま
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「なに、このかたが」と五百は叫んで、懐剣を抜いてった。男ははじめの勢にも似ず、身をひるがえして逃げ去った。この年五百はもう四十七歳になっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だつてねえ婆やさん——それはあなたが私をめてくれなかつたり、かたりだと思つたりしたせゐではないの。
それが道徳の名をかたることによつて、我々の良心にまでくい入つてしまつているから始末が悪いのである。
政治に関する随想 (新字新仮名) / 伊丹万作(著)
「言えない商売ならどろぼうか、かたりの類だろう、だが、どろぼうが石塀の中に住むことは、ねえからな。ひょっとすると図面引きかな。なんとか言ってくれよ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
A嬢といえば先刻さっき海浜旅館で見かけた婦人であると思っていたが、今この部屋に監禁されている令嬢を見れば、旅館でA嬢の名をかたっているのはグヰンに相違ない。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
まこと大名ならば素通すどおまかりならぬものを、知らぬ顔をして挨拶も致さず通りぬけるは即ちもぐりの大名じゃッ。その方共は島津の太守の名をかた東下あずまくだりの河原者かわらものかッ
「又来てやがる! 行かねえか、かた! 愚図々々してるとふんづかまえて、つき出してやるぞ!」
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
今になってそんなことをいっては、何のことはない、まるで私をかたっていたようなものじゃないか
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
正義の為に富豪を罰する我が団体の名を断りなくかたりて、私欲の為に肉身をあざむく、その罪大なり。すみやかなんじの得たる金を差出せ、然らずんば我等は暴力をって汝に臨まん。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
私より技量うでのある、丈夫なエーゴルにかたりとられて黙っていられるでしょうか、ね、ダーシェンカ
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
従ってこの自然の勢いはついに米国をかたって、その各州に女子参政権を与えしむることとなった。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかもそれを大急ぎでやったので、小さい娘の児たちはよく乳を前掛けの上や胸の中にたらした。もし彼らの母がそのかたりを知ったら、罪人らをきびしく罰したであろう。
人の名をかたって脅迫状をしたため、それを自分の妻に送るという犯罪めいた興味と、妻がそれを読んで震え戦く様を天井裏から胸をとどろかせながら隙見するという悪魔の喜びとを
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その前にかたりし金を「維盛様御夫婦の路用にせんと盗んだ金」といふは、はなはだ矛盾せり。
癒えずと知りつつ癒えたりと申し立てて、礼金をかたらんとするは、仁術を事とする輩にあるまじき事なり、重ねて訴え出で苦情申し立つるにおいては、そのままには差置き難い。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
盗んじまうまでだ。大きな人間ばかりはかたり取っても盗み取っても罪にならないからなあ
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
がです……あの晩の人間は名をかたった者に相違無い、とどうしても疑われてならんもんで。好奇心にも駆らるるですわ。非常に思切って、医科大学に刺を通じて面会を求めたです。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かたりと疑っていらっしゃるだろうと思って、あなたと別れた後で輿の便があったから、その時旦那も旅住居で、仕度ができなかろうと、女を送って、あなたの舟までいったのですよ。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
かたったというのですの。その子供も、別段わるい心でではなかったが、ふと欣々の子だといったら案外大切にされたので、一度口にした効果がわすれられなかったからだと言う訳なの。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
何でも身共の姓名をかたって飲食をしておったどこかのナグレ浪人共が、別席で一杯傾けておった友川なにがしという旗本に云い掛りを附けて討ち果いた上に、料理を踏倒おして逃げ失せおった。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
用人はこの売僧奴まいすめ、その邸から来た者が眼の前にいるに好くもそんな出まかせが云えたものだ、しかし待てよ、此奴はなにかためにするところがあって、主家の名をかたっているかも判らない
貧乏神物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「へんなことができた、お前の名をかたって、宙と夫婦になった奴があるぞ」
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
拔取りかたり掻拂ひ樽ころがしまでやつてきた
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
「野郎。——よくもおれの名をかたって、しかもおれの故郷で、追剥おいはぎなどしていやがったな。さあ、偽名代かたりだいを支払え、真物ほんもののおれ様へ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たふし我が子を夫婦となせし上自分も共にたのしまんとくしぬすませ金をかたり取らせしならんと云ふに與惣次打點頭うちうなづき成程お專が言ふ如く毒ある花は人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あんな生若なまわかい癖に駕籠賃を踏み倒したりなんかして、あれがだんだん増長するとかたりや美人局つつもたせでもやり兼ねないと……
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あのきりやうでも、子さらひをするやうぢや鬼だ。お前の名をかたつたのは氣紛きまぐれだらう。變な氣を起すなよ。八」
... そしてまだ初枕ういまくらを交わしたこともないがおせんは八百助の女房だ」「かたりめ、詐欺師め、大ぼら吹きの盗っ人め」
「のみならず、栄三郎め、その女にみつぐ金に窮して、いたし方もあろうに蔵宿からかたった! 用人白木重兵衛がそのあとへ行って調べて参りました」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)