須臾しゅゆ)” の例文
舳先へさきがこちらに向くかと思ったが、それは眼のあやまりで、須臾しゅゆのうちに白い一点になり、間もなく、それも見えなくなってしまった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
趣味から道楽から百姓をする彼は、自己の天職が見ることと感ずる事と而して其れを報告するにあることを須臾しゅゆも忘れ得なかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ただし電の如くならず、その幅何十丈ともはかりがたきが、一面に火気たちて須臾しゅゆに消ゆる。これ地中の火気発したる光ならんかと言う。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
一時官吏となって岩手県に赴任したが須臾しゅゆにして致仕ちしした。以後今日にいたるまで幾十年、文豹は世の交を避け閑適かんてきの生涯を送っている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
玄石、子珍に語るよう、汝眼を閉じよ、汝を伴れ去って父を見せようと。珍目を閉づるに須臾しゅゆにして閻羅えんら王所の門に至り北に向って置かる。
清行はそれを聞いて恐れかしこみ、浄蔵に命じて直ちに祈祷を中止せしめたが、浄蔵が病室を退去するや、須臾しゅゆにして時平は事切こときれてしまった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さて東羅馬ローマを滅ぼして自ら取って代った土耳古トルコの文明は、何時いつまで継続したろう。須臾しゅゆにして自ら堕落し滅亡したのである。
文明史の教訓 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
のみならず、岩間岩間や地の下に隠れていた薬線に火がつくと、さしも広い谷間も、須臾しゅゆにして油鍋に火が落ちたような地獄となってしまった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平地に突兀とっこつとして盛り上る土積。山。翁は手をかざして眺める。翁は須臾しゅゆにして精神のみか肉体までも盛り上る土堆と関聯した生理的感覚を覚える。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はたして兵衛の言明したとおり、十津川郷民とつがわごうみん須臾しゅゆにして、おおよそ宮家に帰服して、宮家を守護したてまつるようになった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人生の須臾しゅゆなるを痛んで、青年は一幅の画中にとこしなえにうら若きの少女を書き入れんとひとみを森の彼方に送る刹那せつな、いつもの悲しき、嬉しき歌の声がきこえた。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
また時に遥かに連山の巍峨ぎがたるに接することあれど、すべて雲の峰なれば須臾しゅゆにして散逸するをつねとす。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
赤壁せきへきというのにありますね、びょうたる蒼海の一粟いちぞく、わが生の須臾しゅゆなるを悲しみ……という気持が、どんな人だって海を見た時に起さずにはいられないでしょう。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかれども成すべき手段なし、則ちなしといえども、彼が成さんと欲する心は、耿々こうこうとして須臾しゅゆまず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一日、二日、三日、市九郎の努力は間断なく続いた。旅人は、そのそばを通るたびに、嘲笑の声を送った。が、市九郎の心は、そのために須臾しゅゆたゆむことはなかった。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
実に須臾しゅゆの間であったが、風の鋭利な刃がしつこい霧の幕をズタズタに引き裂いて、やきつくようなわれわれの目の下にひねくれた片桐松川の水の輝きがあったからだ。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
塩を断ちて仏に請えり。しかれども時彦を嫌悪の極、その死のすみやかならんことを欲する念は、良人に薬を勧むる時も、その疼痛とうつうの局部をさすひまも、須臾しゅゆも念頭を去りやらず。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここにおいて、理想に本体と現象との別あるを知るべし。物心万有は現象なり。現象の本体におけるは、影の形に伴うがごとく須臾しゅゆも相離れず、しかして二者その体一つなり。
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
勝久は鎌倉にある間も、東京へ帰る途上でも、須臾しゅゆもこれを忘れることが出来なかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
艸花くさばな立樹たちきの風にまれる音の颯々ざわざわとするにつれて、しばしは人の心も騒ぎ立つとも、須臾しゅゆにして風が吹罷ふきやめば、また四辺あたり蕭然ひっそとなって、軒の下艸したぐさすだく虫ののみ独り高く聞える。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ける鳥もたちまち地におち岩間を走る疾魚も須臾しゅゆにして水面に腹を覆すであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
アリゾナ型戦艦は大爆発を起し、火焔は天にちゅうして、灼熱した鉄片は空中高く飛散したが、須臾しゅゆにして火焔消滅、これと同時に、敵は空襲と誤認して盲滅法の対空射撃を始めてゐた。
真珠 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
須臾しゅゆにして、おもえらくああかくの如くなる時は、無智無識の人民諸税収歛しゅうれんこくなるをうらみ、如何いかんの感を惹起せん、恐るべくも、積怨せきえんの余情溢れてつい惨酷ざんこく比類なき仏国ふっこく革命の際の如く
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
蜘蛛くもの子を散らすように、ぱあっと飛び散り、どこへどう消え失せたのか、お化けみたい、たったいままで、あんなにたくさん人がいたのに、須臾しゅゆにして、ちまたは閑散、新宿の舗道には
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
中庸の「道は須臾しゅゆも離るからず、離る可きは道にあらざるなり」の一句である。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
須臾しゅゆにしてその顔色土のごとく、答うる口さえ慄いがちとなった、様子如何にと待ち構えたる聴衆は、非常信号の内容を聞くべく、再び喧擾し始めたが、突如として壇上に現れたる、老博士を見るや
太陽系統の滅亡 (新字新仮名) / 木村小舟(著)
いずれは須臾しゅゆにして消えゆく私の運命ではないか。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
須臾しゅゆにして第二回の光群が襲来した。その進行方向は確かに本船に向かっていた。遂に光群の三分の一の部分で本船に衝突した。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
それもあり、また伊豆や海道筋からも味方の相当数が「尊氏出馬」の声から声をつたえ聞いて集まり、須臾しゅゆにして麾下きかは、数千にのぼっていたろう。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
須臾しゅゆの間、昼の陽を銀や紅の面にきらめかして忽ち人々の手に拾われる紙の蓮華、煩悩菩提を愛の両面に煌かして忽ちに無可有に入る人の子、女のいのち。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
王境内虎災大きを救えと乞うと入定する事須臾しゅゆにして十七大虎来る、すなわち戒を授け百姓を犯すなからしめた、また弟子に命じ布の故衣ふるぎで諸虎の頸を繋ぐ
尊王と攘夷とは、当時においては殆んど異名同体、須臾しゅゆも相離れざるの趣きありき。しかれどもある者は、尊王よりして攘夷にきたり、ある者は攘夷よりして尊王に来る。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
須臾しゅゆのあいだに、こんな見事な傷をつけるということは、いかな達人でもとうてい不可能である。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
びょうたる滄海そうかい一粟いちぞく、わが生の須臾しゅゆなるを悲しみ、と古人は歌うが、わが生を悲しましむることに於ては、海よりも山だと白雲は想う。海は無限を教えて及びなきことをささやく。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかもその人は法の力で、一族の戸野の小父様の病気を、須臾しゅゆの間に全治させたのであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この偉大なる文明の力は、日々の如く東洋の孤島に押寄せ来るのであった。外国船などが屡々しばしば日本の近海に来ておびやかすが如きこともあった。幕府は須臾しゅゆもこれが警戒を怠らなかった。
その夜けて後、俄然がぜんとして暴風起り、須臾しゅゆのまに大方の提灯を吹き飛ばし、残らずきえて真闇まっくらになり申し候。闇夜やみよのなかに、唯一ツすさまじき音聞え候は、大木の吹折られたるに候よし。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
けだし、情と知とは一心上に互いに結合して存し、須臾しゅゆも離るべからざるものにして、情感のみにても論ずべからず、知力のみにても論ずべからず、二者必ず相伴わざるべからざるものとなす。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
須臾しゅゆいのち小枝さえだに托するはかない水の一雫ひとしずく、其露を玉と光らす爾大日輪!
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
抽斎が座敷牢を造った時、天保六年うまれの優善は二十一歳になっていた。そしてその密友たる良三は天保八年生で、十八歳になっていた。二人は影の形に従う如く、須臾しゅゆも相離るることがなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
毅堂は須臾しゅゆにして江戸に還ったらしい。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
男の心が須臾しゅゆも自分より反れないために、その男は魅気に疲れヘト/\となり、かの女の愛の薬籠やくろう中のものとなる。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
脇屋義助の本陣のあたりが、須臾しゅゆのまにぱっと赤い火光に染まってみえる。すでに火がけられたものであろう。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口を以て風に向かえば、須臾しゅゆにしてまた活く〉(『本草綱目』五一)てふ記載に合い、昼し夜飛び廻る上に、至って死にがたい誠に怪しいもの故種々の虚談も支那書に載せられたのだ。
さればかのギリシア古代シニカル派哲学の開山たるアンチステネスのごとき精神の快楽と生活の快楽とは相戦うものにして須臾しゅゆも両立すべからずとてつねに生活を敵視したるにもかかわらず
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
政所まんどころの灯もあかつきを知らなかった。そして須臾しゅゆのまに、鎌倉の府も、海道口も、日々秋霜しゅうそうの軍馬で埋まった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
須臾しゅゆの生なにほどの事やあると軽く思いされるこころから、また死を眺めやってこれも軽いものに思い取る。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
須臾しゅゆにして月影は除き、僕は眼の前にまぼろしと詩を生ましめたものが只の路傍の石でしかなかったことに気付くと、一層事実に対して索寞さくばくの気持を増す。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
須臾しゅゆにして、小鳥のような竹万丸の姿は、名和から東南へ三里ほどの大山の霞のうちへかくれていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらくは、あれから須臾しゅゆの間に、政所の召ぶれが、幕府重臣の家々へ達せられたのではあるまいか。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)