躊躇ちゅうちょ)” の例文
さすがにそれであったならどんなことになろう、夫人はどんなに恥じて苦しがるであろうとお思いになると躊躇ちゅうちょもされるのであって
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
老栓はなおも躊躇ちゅうちょしていると、黒い人は提灯を引ッたくってほろを下げ、その中へ饅頭を詰めて老栓の手に渡し、同時に銀貨を引掴ひっつかんで
(新字新仮名) / 魯迅(著)
著者もし今日に生きて、ローンツリー氏やボウレイ氏の著作を見るに及びたらば、おそらくその言を改むるに躊躇ちゅうちょせざるべしと思う。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
秀麿は少し返事に躊躇ちゅうちょするらしく見えた。「それは舟の中でも色々考えてみましたが、どうも当分手がけられそうもないのです。」
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
断然なんの躊躇ちゅうちょもなく決定されていた。『おれが生きているうちは、こんな結婚をさせるもんか。ルージン氏なんかくそ食らえだ!』
広巳は瓦盃かわらけを手にした。瓦盃には酒がすこしあった。広巳はそれを飲んで盃洗はいせんですすごうとしたが、すすぐものがないので躊躇ちゅうちょした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「こんなことをいうのはまだ早すぎはしないかと思いますのですけれども、事情がこれ以上躊躇ちゅうちょするのを許さないようですから……」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
長い間の悔悛かいしゅんと克己との後、みごとにはじめられた贖罪しょくざいの生活の最中に、かくも恐ろしき事情に直面しても少しも躊躇ちゅうちょすることなく
「お延の返事はここにある」といって、綺麗きれいに持って来た金を彼に渡すつもりでいた彼は躊躇ちゅうちょした。その代り話頭わとうを前へ押し戻した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、流石さすがに女は、自分の夫の恥を打ち明けた上で、名前まで知らせる事は躊躇ちゅうちょしないではいられませんでした。思いまどった女は
気の毒な奥様 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すると僕はそこにロップの粗悪な寝顔を見て、廻れ右をすると、彼女の腹部に片足で立上って、そのまま躊躇ちゅうちょなく外へ飛び出した。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
数学者はなんの躊躇ちゅうちょもなく常識を投げ出して論理を取る。物理学者はたとえいやいやながらでもこの例にならわなければならない。
相対性原理側面観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
躊躇ちゅうちょなくくるりと廻れ右して家へ引きかえし、そうしてきちんと指輪をはめて、出直し、やあ、お待ちどおさま、と澄ましていました。
兄たち (新字新仮名) / 太宰治(著)
嘉三郎は、途中、しばらく躊躇ちゅうちょしてから、米問屋こめどんやに這入った。ちょうど折よく主人は家にいた。そして嘉三郎はすぐ茶の間へ通された。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ガラッ八はほんの少しばかり躊躇ちゅうちょしました。泣き濡れてはいるものの、この時不思議そうに顔を挙げたお糸は、全く美し過ぎたのです。
最後に死人の身体にある多くの生傷について刑事の質問があった。主人は非常に躊躇ちゅうちょして居ったが、やっと自分がつけたのだと答えた。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは、最後に残った山口の分の一つに、彼のせた青白い手が躊躇ちゅうちょなくのびたのを見とどけたとき、ほとんど、感謝にまで成長した。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その結果は予期の通りで別にこれぞと思う発見もなく、それかと言って事件に関係のないことを保証することも躊躇ちゅうちょされたのです。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は何が何んだかよく分からないながら、子供特有の順応性で、そういうすべてのものをそのまま何んの躊躇ちゅうちょもせずに受け入れた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
腕を差し上げて、女はやや躊躇ちゅうちょの色が見えたが、それも束の間、キリキリッと歯噛みをすると一緒に振り上げた刃がキラリッと光った。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
駅前まで来た時、加世子はもう一度ホテルへ帰り父に挨拶あいさつしたものか、それともこのまま富士見へ帰ったものかと、ちょっと躊躇ちゅうちょした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それが、ふと、わたしの胸にあったものですから、ツイ、わたしはこの神主様の前に、一切を打明けることを躊躇ちゅうちょいたしましたのです。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は行くのを躊躇ちゅうちょした。あなぐらへ行こうとしていたオイレル老人が、彼を見て呼びかけた。彼は足を返した。夢をみたような気がした。
真淵歿せしは蕪村五十四歳の時、ほぼその時を同じゅうしたれば、和歌にして取るべくは蕪村はこれを取るに躊躇ちゅうちょせざりしならん。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
(走り行き岩かどに頭を打ちつけんとして躊躇ちゅうちょす)あゝ死ね! 死ね! (地に伏す)あゝだめだ。これでもわしは死ねないのか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それは見張りをしているのだ。が、私は躊躇ちゅうちょする。なぜなら、その首が動かないのである。間違えて、木の根を撃っても馬鹿ばか馬鹿しい。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それかと云って、自分の恋人の父を、すげなく返す気にもなれなかった。彼女が躊躇ちゅうちょしているのを見ると、子爵は不審いぶかしそうにいた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、何だか其ではいささか相済まぬような気もして何となく躊躇ちゅうちょせられる一方で、矢張やっぱり何だかしきりに……こう……敬意を表したくてたまらない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
当代の噺家はなしかの中では、私は文楽と志ん生とを躊躇ちゅうちょなく最高位におきたい。文楽は菊五郎、志ん生は吉右衛門、まさしくそういえると思う。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
これをおきになると、女皇じょおうはだれのこころおなじものだとおもわれて、いまはなんの躊躇ちゅうちょもなく、くらいいもうとゆずることになさいました。
黒い塔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
美味うまそうにみえべたいと思うと、堂々と入っていって柿を一つ下さいと云った、女が抱きたくなれば躊躇ちゅうちょなく湯の山へでかけていった。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
オースチン師は躊躇ちゅうちょもせず、あるだけの食物へはしをつけた。若い二人もその後について、ようやく空腹を充たさせたのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼が躊躇ちゅうちょするのを見た長老ルバックの従者が、怒って棒切を投げつけ、彼の左の目を傷けた。むを得ず、彼は鱶の泳いでいる水の中に跳び込んだ。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
が、相手は編笠をかぶったまま、騒ぐ気色もなく左近を見て、「うろたえ者め。人違いをするな。」と叱りつけた。左近は思わず躊躇ちゅうちょした。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何の躊躇ちゅうちょするところもなく、言下に答えたキッパリとした彼女の返辞に、私は多少の驚きを感じないではいられませんでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女は馬車を雇う事を男に勧めようかと一寸ちょっと考えたが、それを口に出す事を躊躇ちゅうちょした。ゆっくり歩けばいと思ったからである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そこに見られるえたる美、躊躇ちゅうちょなき勢い、走れる筆、悉くが狐疑こぎなき仕事の現れではないか。懐疑に強い者は、信仰に弱い。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それはいつも躊躇ちゅうちょして空しく歳月を過ごしてしまう人のために、ともかく十七字を並べてご覧になることをおすすめいたしたのであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし私は単に時間的順序によってのみ区別されるメトロノームの相継いで鳴る一つ一つの音を個性と考えることを躊躇ちゅうちょする。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
「まだ躊躇ちゅうちょするか。いかん。せっかく充填した圧搾空気が効力を失い、浮揚力を失ってしまうじゃないか。それ、もっと圧搾空気をめろ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
しばらく二人ふたりは黙って寺町の通りを歩いて行った。そのうちに、縫助は何か言い出そうとして、すこし躊躇ちゅうちょして、また始めた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わが輩も返事にきゅう躊躇ちゅうちょしていると、三銭切手きってを封入せる以上返事をうながす権利があると催促さいそくされたことも一、二度でない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
月明のなぎさを霊山ヶ崎まで歩いたが、途中でひたひたの稲瀬川を渡る時は、多少躊躇ちゅうちょしている翠子を、無理におぶって渡った。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そのうちに東京行の列車が着きましたので、ほかの人達はみんな乗込みました。わたくしも乗らうとして又にわか躊躇ちゅうちょしました。
「見る値打ちがありますかね?」と、Kは躊躇ちゅうちょしながらきいたが、いっしょに行ってみたいという欲望を大いに感じていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
わが邦人民たるものはただこの好機会に躊躇ちゅうちょすることなく、遅疑することなく、攫取かくしゅするにあるのみ。しかして首を転じて四囲の光景を看よ。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この覚悟ある以上は、いかなる手が助力を求めて差し出されようとも、何の躊躇ちゅうちょもなくそれを充たすことができるのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼は躊躇ちゅうちょした。金銭食糧に困窮している彼らの立場を、あらためて人々の前で口にし、討議しなければならないのだろうか。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかしこの褐色飲料かっしょくいんりょう躊躇ちゅうちょもなく受け入れてしまった。午後の喫茶は、今や西洋の社会における重要な役をつとめている。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
私の寡読のせいかも知れませぬが、あのような描写を見せられた事は、今までに一度もなかった事を、私は躊躇ちゅうちょせずにお答えする事が出来ます。