たし)” の例文
私なぞの理想はいつも人に迷惑を懸ける許りで、一向自分のたしになった事がないが、はたから見たらさぞ苦々しい事であったろう。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「筆で飯を喰ふ考は無い? ふゥむ、それぢやア汝は一生涯新聞配達をする気か。跣足はだしで号外を飛んで売つた処で一夜の豪遊のたしにならぬヮ。」
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
坊さんは寮舎に帰って、平生読み破った書物上の知識を残らず点検したあげく、ああああいたもちはやはり腹のたしにならなかったと嘆息したと云います。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……「失礼だが、世帯のたしになりますか。」ときくと、そのつもりではあったけれど、まるで足りない。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此の人が店でも出す時のたしにして下さえ、一旦此の人に授かった金だから、何うか遣っておくんねえ
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
小作料があまり酷なために、村の人が誰も手をつけない石ころだらけの「野地やじ」を余分に耕やしていた。そこから少しでもさくをあげて、暮しのたしにしようとしたのである。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
請取るに半分はつかはし叔母女房の衣食のたしになし殘る所は主人へ預け儉約けんやくを第一として勤め居たり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
山のやうに積んである穀物をるのだから、屑は澤山出る。それをあの婆あさんが一撮程づゝ手に取つて、かすんだ目で五味をり出したところで、それが何のたしになるのでもない。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
むね旅出立たびでたちわな/\震ふばかりなり宿の女子をなご心得て二階座敷の居爐裡ゐろりに火を澤山入れながら夏の凉しき事を誇る蚊がぬとて西洋人が避暑に來るとてれが今のさぶさを凌ぐたしにはならず早く酒を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
今更ことごとしく時勢の非なるを憂いたとて何になろう。天下の事は微禄びろくな我々風情がとやかく思ったとて何のたしにもなろうはずはない。おかみにはそれぞれお歴々の方々がおられるではないか。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つまらないと思いました。いくら書物を読んでも腹のたしにはならないのだとあきらめました。同時に何のために書物を読むのか自分でもその意味が解らなくなって来ました。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宿へ持行もちゆき身輕みがるに成る入用に遣はし殘りの三兩は我等あづかり居てやがて夫婦になる時おびにても又何にても其の方の好みの品をこしらへるたしにせば便利成べしと云れ生得しやうとくおろかなるお兼故是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
君、しかし何んだね、これにつけても、小児こどもに学問なんぞさせねえがいじゃないかね。くだらない、もうこれ織公おりこうも十一、吹韛ふいごばたばたは勤まるだ。二銭三銭のたしにはなる。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八「少しばかりだが、年季が明けて国へけえる時のたしにもなろうから取って置いてくれ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
木地に食入って吾を磨くのは実感だのに、私は第一現実を軽蔑していたから、その実感をる場合が少く、たまたま得た実感も其取扱を誤っていたから、木地の吾を磨くたしにならなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
学校がつこう卒業そつげふ証書しようしよが二まいや三まいつたとてはなたしにもならねばたかかべ腰張こしばり屏風びやうぶ下張したばりせきやまにて、偶々たま/\荷厄介にやつかいにして箪笥たんすしまへば縦令たとへばむしはるゝともたねにはすこしもならず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
話は容易たやすく二人の間に復活する事ができた。しかしそれは単に兄妹きょうだいらしい話に過ぎなかった。そうして単に兄妹らしい話はこの場合彼らにとってちっとも腹のたしにならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隠元いんげん藤豆ふぢまめたで茘枝れいし唐辛たうがらし、所帯のたしのゝしりたまひそ、苗売の若衆一々名に花を添へていふにこそ、北海道の花茘枝、鷹の爪の唐辛、千成せんなりの酸漿ほうづき、蔓なし隠元、よしあしの大蓼
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たゞ理窟りくつからしたのだから、はらたしには一向いつかうならなかつた。かれこのたしかなものをはふして、さらまたたしかなものをもとめやうとした。けれども左樣そんなものはすこしもなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「さうさな。面白い事は面白いが、——何だか腹のたしにならない麦酒ビールを飲んだ様だね」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ただ理窟りくつから割り出したのだから、腹のたしにはいっこうならなかった。彼はこの確なものを放り出して、さらにまた確なものを求めようとした。けれどもそんなものは少しも出て来なかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
健三はその先をかなかった。夫が碌な着物一枚さえこしらえてやらないのに、細君が自分のうちから持ってきたものを質に入れて、家計のたしにしなければならないというのは、夫の恥に相違なかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)