おこない)” の例文
太初がことばであるかおこないであるかを(考えるのではなく)知り切っている人に取っては、この感想は無視さるべき無益なものであろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは頼家よりいえが生れて間もない時のこと、政子には継母けいぼに当る遠江守時政の後妻まきかたから頼朝のおこないついて知らして来た。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
夫人の名誉のため、幸福のため、子爵のためというよりも、ただその知己であるというばかりに対しても、君のおこないはちと間違っているじゃあないか。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その離魂病というのはね、一人の人間の姿が、二つに分れて、同時に、違った場所で、違ったおこないをするというのだ。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この哀れな私の同胞に対して、今まで此室に入って来た者共が、どんな残忍なことをしたか、どんな陋劣ろうれつな恥ずべきおこないをしたか、それを聞こうとした。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
他の人がやったら立派なおこないで通ることが、私がやるとみんな厭味で鼻持ならないことになってしまうんですね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
いずれにせよ、自分の性質には思い切って人に逆らうことの出来る、ピンとしたところはないので、心では思ってもおこないに出すことの出来ない場合が幾多いくらもある。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その履歴知るものなけれど、おしえありて気象よの常ならず、けがれたるおこないなければ、美術諸生の仲間には、喜びて友とするもの多し。こうべなることは見たまふ如し。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そうして更に大胆なるある者は、私の庭内へ忍びこんで、妻と私とが夕飯ゆうめししたためている所を、うかがいに参りました。閣下、これが人間らしいおこないでございましょうか。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「やっぱり行く事にするか。後暗うしろぐらおこないさえなければ行っても差支さしつかえないはずだ。それさえ慎めば取り返しはつく。小夜子の方は浅井の返事しだいで、どうにかしよう」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少年は今こそ巨盗のあらゆる憎むべきおこないに対して、痛烈に復讐の言葉を浴びせている。彼はなお
神の怒を恐れてそのおこないを慎み、ただしく神に仕える賢さを身につけることができるであろう、それ故死を忘れないように人間を戒めたまえ、とモーゼが神に祈ったのである。
メメント モリ (新字新仮名) / 田辺元(著)
これを物にたとうれば、内心は物なり、外形は影なり。物、円なれば影もまた円なり。物、ほうなれば影もまた方なり。すなわち、その心正しければ、そのおこないもまた正しからざるを得ず。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
一方に生活の道さへ立てば他方において卑しいおこないなども自ら減じて行く道理で、一例を言へば能衣裳の損料貸などいふことが今日ではある一派の能役者の生計の一部になつて居るので
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「呉羽之介どの、片里どのの言葉ご用心なされ——学は古今に渡り、識百世をつらぬく底の丈夫ますらおなれど何をねてか兎角とかくおこないも乱れ勝ちな人ゆえ、この人の言うことなぞ信用はなりませぬぞ」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この王陽明が、「行はしることより出づるにあらず、行はんと欲する心(意志)とおこないとがもとなり」といふ説は、最も新しき独逸ドイツのヴントなどの心理学と一致するところありて、実におもしろく存候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
のお方に、よこしまおこないがある筈はない。誰か、甚三郎様をおとし入れよう為に、計ったことじゃ、たとえ甚三郎様のい後も、きっと、その下手人を見出して、お怨みをお晴らし申しあげねばならぬ。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牛のしりがいここに外れてモウともギュウとも云うべき言葉なく、何と珠運に云い訳せん、さりとて猥褻みだらなるおこないはお辰に限りてなかりし者をと蜘手くもでに思い屈する時、先程の男きたりてまた渡す包物つつみものひらきて見れば
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
務めを果す時、人に正しいおこないがある如く、器にも正しい美しさが伴うのである。美は用の現れである。用と美と結ばれるもの、これが工藝である。工藝において用の法則は、直ちに美の法則である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その人間の心で、虎としてのおのれ残虐ざんぎゃくおこないのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、いきどおろしい。しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おこないもてしゅを称へまつり
私の卑陋はここでも私に卑陋な行いをさせた。私の属していた団体の言葉を借りていえば、私のおこない根柢こんていには大それた高慢が働いていたと云える。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
漁師のは奇特なおこないに対する褒美であったが、久兵衛のはむすめを売った金でありながら、義理を辨えて漁師に半分やろうとしたからだと云うような変な名目であった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
献身だなんぞというおこないをした人の中には、Sadist もいれば Masochist もいる。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そう思うと修理は、どんな酷刑こっけいでも、この不臣のおこないを罰するには、軽すぎるように思われた。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ことに文明の民は詩人の歌よりも詩人のおこないを愛する。彼らは日ごと夜ごとに文明の詩を実現して、花に月に富貴ふうきの実生活を詩化しつつある。小野さんの詩は一文にもならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
し、婿さんは癪に障ったろう。癪に障ったろうが、また夫人その人の身になって、その時には限らぬが、すべて神月の性質と、おこないを見た時の夫人の失望を察せんけりゃ不可いかん
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
太初はじめことばがあったかおこないがあったか、私はそれを知らない。しかし誰がそれを知っていよう、私はそれを知りたいとこいねがう。そして誰がそれを知りたいと希わぬだろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勇猛精近のおこない堅固に、信心不退転の行者なれば、しか黒暗闇こくあんあんうちに処しても真如しんにょの鏡に心をてらせば、胸間れたる月のごとく、松の声せず鏡の音無きも結句静処を得たりと観じ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病気になるまでじぶんを慕うている女を捨てて逃げることは、人としてのおこないでないように思われて来たが、赤い顔の斑点と、赤茶けた縮れ毛を思うと、醜いと云うよりも寧ろおそろしい気がして
鮭の祟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
で、てらてらと仇光あだびかる……姿こそ枯れたれ、石も点頭うなずくばかり、おこないすまいた和尚と見えて、童顔、鶴齢かくれいと世に申す、七十にも余ったに、七八歳と思う、軽いキャキャとした小児こどもの声。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細君はまだ雑誌の摘み切りを手にしていじくっている小供の傍へ往って、その摘み切りを引ったくっておいていきなり抱きかかえた。その荒あらしい毒どくしいおこないが彼の神経をとがらしてしまった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
気立きだてのやさしい、膚も心も美しい人じゃによって、継母継児ままこというようなものではなけれども、なさぬなかの事なれば、万に一つも過失あやまちのないように、とその十四の春ごろから、おこないの正しい
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細君のことばは己のおこないを一いち見透みすかしているようであった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その平生ふだんおこないは、けだし無言にして男の心を解くべきものがあったのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)