苟且かりそめ)” の例文
溺れる心はないが、今の自分もやはりお松という女に、苟且かりそめながら引かれて来たことを思うと、そこにも情けないものがあるようです。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
父が後妻こうさいとし私がため繼母まゝはゝなりしも家は段々衰へて父は四年以前より苟且かりそめの病ひにて打臥うちふしたるが家の事打任うちまかせたる彼のお早どのは夫の病氣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
要するにわれ等は、飽まで不可知を不可知とし、苟且かりそめにも憶測をもって知識にかえたり、人間的妄想をもって、絶対神を包んだりしないのである。
苟且かりそめにも血液けつえき循環じゆんくわん彼等かれら肉體にくたい停止ていしされないかぎりは、一たんこゝろうつつたをんな容姿かたち各自かくじむねから消滅せうめつさせることは不可能ふかのうでなければならぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
第1図はその例であって、こういう風なことが始終起っては、凍上の現象は、建築の上だけから考えても、苟且かりそめに附しては置けない問題である。
凍上の話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
勿論虎屋と云っても、別に特別な悪行をしかけたこともなかったが、そう云う名の苟且かりそめにもある者に対しての心持は、決して朗らかには行かない。
又、家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夫れ斯の如く変化なき造化を、斯の如く変化ある者とするもの、果して人間の心なりとせば、吾人あに人間の心を研究することを苟且かりそめにして可ならんや。
内部生命論 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
あゝ惡き狂へるめしひの慾よ、苟且かりそめの世にかく我等をそゝのかし、後かぎりなき世にかくさちなく我等をひたすとは 四九—五一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
のくらゐ苟且かりそめならぬこひ紀念きねんが、其後そのゝちたゞわすられて此背負揚このしよいあげなかのこつてゐるものとは。如何どうしても受取うけとれぬ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
また苟且かりそめにも一つの神社じんじゃに一とう神馬しんめもないとあってはなんとなく引立ひきたちませんでナ……。
勢ある家の事とて、羅馬に名高き尼寺の首座をば、今よりこの姫君の爲めに設けおけりとぞ。さればこの君には、苟且かりそめの戲にものりおきてに背かぬやうなることのみをぞ勸め參らせける。
『ノートル・ダーム』の翻訳を推敲すいこうしていたからであったかも知れないが、それならばなお更、死のふちひんしてすらも決して苟且かりそめにしなかった製作的良心の盛んであったを知るべきである。
天晴十兵衞汝が能く仕出来しさへすりや其で好のぢや、唯〻塔さへ能くできれば其に越した嬉しいことは無い、苟且かりそめにも百年千年末世に残つて云はゞ我等おれたちの弟子筋の奴等が眼にも入るものに
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
諸戸は親子という苟且かりそめきずなに、幾度心を乱したことであろう。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
苟且かりそめの平和より真面目の争はまだましです。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
苟且かりそめにもいやな顔をません。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
人は只實心じつしんを旨とし苟且かりそめにもいつはあざむく事勿れと然るを言行相反し私欲をたくましうなす者必ず其の身をほろぼすこと古今珍しからずと雖も人世の欲情よくじやう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さてこの光線こゝより降りて最もおとれる物に及ぶ、しかしてかくわざより業に移るに從ひ力愈〻弱く遂には只はかなき苟且かりそめの物をのみ造るにいたる 六一—六三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼はやうやく教義を探り、この中に安慰なぐさめを求めんとしたりしたが、この事も亦た彼を失望せしめたり、教にありて世を渡るといふなる信者づれも苟且かりそめの思ひ定めにて
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
苟且かりそめにも、小説に書く場合には、私自身のことを書いて居ても、決して、私心を以て描くのではない。
二つの家を繋ぐ回想 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「くどい、ほかのこととは違って苟且かりそめにも上様の悪口を申し上げた奴、その分には捨て置き難い」
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おつぎは十八じふはちというても年齡としたつしたといふばかりで、んな場合ばあひたくみつくらふといふ料簡れうけんさへ苟且かりそめにもつてないほどめんおいてはにごりのない可憐かれん少女せうぢよであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
子よ、汝いま知りぬらん、命運に委ねられ、人みなのみだれの本なる世の富貴のただ苟且かりそめたはぶれを 六一—六三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
而して又た、少しく禅道を謂ふものあらば、即ち固陋ころうなりと罵り、少しく元禄文学をふものあらば、即ち苟且かりそめの復古的傾向なりと曰ふ。嗚呼不幸なるは今の国民かな。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
また苟且かりそめの病に命を取られるようなもろい鍛錬のお方でもない、いわんや刀刃とうじんの難によって命をおとすことのあり得べきお方ではない、もし先生が死なれたとすれば、病難、剣難のほかの
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
苟且かりそめに言ひけることを。その人の命沈めと。神よさしよさせりければ。悔ゆれどもせむすべ知らに。ひとり子とめでし少女を。手ひかひてなげき告ぐらく。命をし永く欲りせば。徒にものな言ひそと。
長塚節歌集:1 上 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
苟且かりそめの事をその未だ在らざるさきに知るにいたる、これ時の現在いまならぬはなき一の點を視るがゆゑなり
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
之を苟且かりそめにすべしといふにはあらねど、真正の歴史の目的は、人間の精神を研究するにあるべし。
苟且かりそめの物を愛するため自ら永遠とこしへにこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるもむべなるかな 一〇—一二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
伏姫が父をいさめて、賞罰はまつりごとの枢機なることを説き、一言は以て苟且かりそめにすべからざるを言ひ、身をてゝ父の義を立てんとするに至りては、宛然たるシバルリイの美玉なり。
対手はく冷罵者を軽重す可ければ、この吟味も亦た苟且かりそめにす可からず。