臆面おくめん)” の例文
身をせめて深く懺悔ざんげするといふにもあらず、唯臆面おくめんもなく身の耻とすべきことどもみだりに書きしるして、或時は閲歴えつれきを語ると号し
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
にがい真実を臆面おくめんなく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々御詫おわびを申し上げますが
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、ナオミはそれでも私よりは臆面おくめんがなく、ジロジロ見られている中をすうッと済まして通り越して、とあるテーブルへ就きました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一足飛びに大木戸まで来て、人だかりを突き退けて前へ出て、ちょうど検視の役人が取調べの真最中へ、臆面おくめんもなくかおを突き出して
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
『酒のみも出い、意気地なしも出い、恥知らずも出い!』そこで、我々が臆面おくめんもなく出て行っておん前に立つと、神さまは仰せられる。
あんずるに日本橋の上へは、困った浪花節の大高源吾が臆面おくめんもなくあらわれるのであるが、いまだ幸に西河岸へ定九郎の出た唄を聞かぬ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぼくも臆面おくめんなく——かにかくにオリムピックのおもとなりにし人と土地のことかな、——と書きなぐり、中村嬢にわたしておきました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ようやく八五郎は結論に辿たどりつきました。さう言つてなんがい顎を撫で廻すほど、彼氏は臆面おくめんもなく出來上がつてゐるのです。
リニーやカトル・ブラの脱走兵らは、その卑劣の報酬を受けて、王に対する彼らの忠誠を臆面おくめんもなくすっかり見せかけていた。
人のみにくい部分に臆面おくめんもなく注意を向けていたのを……そのつもりではなかったのだが……すまなく思った。といっても、いい訳もできなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
つねに生真面目きまじめな彼にたいして、よく臆面おくめんもない冗談など云いかけるが、尊敬すべきところでは充分尊敬を払っていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両親の友人などが来ても、臆面おくめんもなくその前に出て、しゃべりたいことをしゃべり、うちの人々の手にもてあまされた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「アッ、ハッ、ハッ、ハッ、面白いことをおっしゃる。だが無作法はお許しを願い、どうぞもう少しお見せくだされ」そこで臆面おくめんもなくマジマジと見る。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕がまた臆面おくめんなく「エエあなたも大変すきだけれど、おんなじじゃないわ。だっておっかさんは、そんな立派な光る物なんぞ着てる人じゃなかったんだものを」
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
そこで今まで臆面おくめんも無く力競べをしていた若者たちはいずれもきょうのさめた顔を見合せながら、周囲にたたずんでいる見物仲間へいやでも加わらずにはいられなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いざと云う時が来たら、一太刀に切って捨てようとする気勢けはいが、あり/\と感ぜられた。が、勝平は相手の容子ようすなどには、一切頓着とんちゃくしないように、臆面おくめんもなく話し続けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
或る所で臆面おくめんもなくこの頃南画を練習していますなどと話をしたら、しばらくして、はんを作ったらどうだといって、丁度その頃札幌へ来ていた篆刻家てんこくかを紹介してくれた人があった。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし、恥を知らぬ自堕落な連中が、どこまでもただ道楽を道楽として臆面おくめんもなく下等にばか話を吹聴ふいちょうし合っている時、一人ひとり沈黙を守るのは偽瞞ぎまんでもなければることでもない。
そのうちのある者らが、臆面おくめんもない眼つきをしたこの大子供おおこどもたる彼をたがいにさし示しながら、鼻先であざけったりたがいにひじでつつき合ったりしても、彼は腹をたてなかった。
彼女はこの恋愛の苦しい擬装からいつでも解放されうるわけであったが、葉子から見れば、この世間しらずの老作家は、臆面おくめんもなく人にのしかかって来る、大きな駄々児だだっこであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
専務車掌の倉内は、警部の愚問に匹敵ひってきするような愚答ぐとう臆面おくめんもなくスラリと述べた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
戸籍まで引いたは、永住の心算つもりでした。然し落ち着きは中々出来ないものです。村居七年目に出した「みみずのたはこと」は、開巻第一に臆面おくめんもなく心のぐらつきを告白して居ます。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
君の研究している司法制度のことはまだよくは知らないが、確かにもう臆面おくめんもなくりっぱにやってのけることを心得ていなさるような乱暴な演説とは、関係がないものと考えていますよ
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
臆面おくめんもなく自分の身に罪を引受けようと云う志は殊勝しゅしょうなものでございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
魔子は臆面おくめんのない無邪気な子で、来ると早々私の子と一緒に遊び出した。野枝さんのひざに抱かれたぎりのルイゼはマダあんよの出来ない可愛いい子で、何をいっても合点々々ばかりしていた。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして、灰色の頭の古鼠ふるねずみどもは邸のどの部屋にもいて、真昼間から臆面おくめんもなく、穴を出たり入ったりけまわっている。要するに、ジョンは一門に長く伝わったものはなんでもあがめたてるのだ。
斯う臆面おくめんなしに物を言う連中にかゝっては案内者も全く容易でない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それを臆面おくめんなく告白すれば先生が喜ぶ。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
臆面おくめんもなくしたしげにはなしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
女房が気を利かせて、箸箱をと思う間もなく、愛吉のを取って、臆面おくめんなし、海鼠は、口にって紫の珠はつるりと皓歯しらはくぐった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さはあれ、驚いた痛ましい目でマリユスが見守っているうちにも、若い娘は幽霊のように臆面おくめんもなくへやの中を歩き回っていた。
「いや好男子の御入来ごにゅうらいだが、喰い掛けたものだからちょっと失敬しますよ」と迷亭君は衆人環座しゅうじんかんざうちにあって臆面おくめんもなく残った蒸籠をたいらげる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新聞屋の種取たねとりにと尋来たずねきたるに逢ひてもその身丈夫にて人の顔さへ見れば臆面おくめんなく大風呂敷おおぶろしきひろぐる勇気あらば願うてもなき自慢話の相手たるべきに
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
はばかりなく、こういう言を吐くときの彼は、まるで別人のかんがある。公卿たちにはそれが、身のほど知らぬ臆面おくめんなしに見えもしたろうほどだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思いきったぼくは臆面おくめんもなく、あなた達の間に割りこみました。あなたは泣いたあとの汚い顔はしていたけれど、なにか頼りなげな可憐かれんな風がありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
諸君の僕に勧めるのは僕自身を主人公にし、僕の身の上に起つた事件を臆面おくめんもなしに書けと云ふのである。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
新聞記者の臆面おくめんもないのが、その真相を訊ねると、ファーラー少しも騒がず「確かに宣伝にはなったワ」と軽くいなしたという欧羅巴ヨーロッパ交際社会の一つの話がある。
茂太郎はそれを見ていると、みんな立派な人たちが、いい年をして、どうしてまた、あんなに食いついたり、抱き合ったりして、臆面おくめんもなく踊れるのだろうと思いました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
臆面おくめんもなくじっと目を定めてその顔を見やった後に、無頓着むとんじゃくにスプーンを動かしながら、時々食卓の客を見回して気を配っていた事務長は、下くちびるを返してひげの先を吸いながら
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これでも昔は内芸者うちげいしゃぐらいやったと云うを鼻に掛けて、臆面おくめんもなく三味線を腰に結び付け、片肌脱ぎで大きな口をいて唄う其のあとから、茶碗を叩く薬缶頭やかんあたまは、赤手拭のねじり鉢巻、一群ひとむれ大込おおごみうしろから
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
臆面おくめんのない葉子のことなので、それを好いことにしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は臆面おくめんもなく、店先へ腰を下した。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
帰りがけには、武蔵坊むさしぼうも、緋縅も、雁がねも、一所に床屋の店に見た。が、雁がねの臆面おくめんなく白粉を塗りつつ居たのは言うまでもなかろう。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
円熟して深厚な趣味を体して、人間の万事を臆面おくめんなく取りさばいたり、感得したりする普通以上の吾々をすのであります。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朝のような臆面おくめんなさはもうなかった。はいってもこないで、廊下の陰の所に立っていた。マリユスはただ半開きのとびらからその姿を見るだけだった。
へんなことをいう臆面おくめんのない男だと、秀吉は、感心しているような、またすこし、鼻白はなじろんだような面持おももちで、まじまじと、弥九郎のくちもとを見まもった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きめて居たんださうで、最初のうちはお百合も相手にしなかつたが、相手の臆面おくめんもないのに釣られた上、貧乏疲れのした町人の悲しさで、母親が先づ三千五百石に惚れ込んだ
そこへ臆面おくめんもなく訪ねてきた山本南竜軒。例の二十七貫を玄関に横づけにして頼もうという。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
生れ落ちてから畳の上に両足を折曲おりまげて育ったねじれた身体からだにも、当節の流行とあれば、直立した国の人たちの着る洋服も臆面おくめんなく採用しよう。用があれば停電しがちの電車にも乗ろう。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、果して大井も臆面おくめんなく、その給仕女の方へまっ赤になった顔を向けると
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)