胸倉むなぐら)” の例文
父はもう片足の下駄げたを手に取っていた。そしてそれで母を撲りつけた。その上、母の胸倉むなぐらつかんで、崖下がけしたき落すと母をおどかした。
ベラン氏が、リーマン博士の胸倉むなぐらをとって、盛んに口説きだした様子である。何をわめいているのか、僕のところへは聴えてこない。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いきなりその男の胸倉むなぐらつかみ、右手のこぶしをしたたか横面よこつらに飛ばした。二つ三つ続け様にくらわしてから手を離すと、相手は意気地なくたおれた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
早くも殿様の素振りに気が付いて、目当てが町内の小間物屋の若くて綺麗な評判娘とわかると、殿様の胸倉むなぐらつかんで、遠眼鏡をねじり合う騒ぎだ
一番あの女軽業のお角という女を焚附たきつけてかしてやろう、そうしてがんりきの胸倉むなぐら取捉とっつかまえて、やいのやいのをきめさして、動きの取れねえようにしておけば
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、ひとりが俺の胸倉むなぐらを取った。俺はそいつに、血だらけの拳でメリケンを食わせた。と同時に俺は、自分のみぞおちに、ほかの若い男からの強い一撃を食っていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
むずと胸倉むなぐらを取られると、目の玉が出そうな豪傑のかしら対手あいてには文句も言われず、居耐いたたまらなくなった処を、けぶりいぶされて泥に酔ったように駈出かけだして来たのである、が
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
孫伍長は、郭の胸倉むなぐらをとってくちびるをびくびくさせていたが、いきなり彼に抱きついて泣き始めた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
わたしは一生懸命に、つかまれた胸倉むなぐらを振り切りながら、高塀の外へ逃げ出しました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
仁右衛門は声の主が笠井の四国猿奴しこくざるめだと知るとかっとなった。笠井は農場一の物識ものしりで金持まるもちだ。それだけで癇癪かんしゃくの種には十分だ。彼れはいきなり笠井に飛びかかって胸倉むなぐらをひっつかんだ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
衰弱しきった神経がいとったのであったが、あの日記には美と夢とがあまりすくなくて、あんまり息苦しいほどの、切羽せっぱ詰った生活が露骨に示されているのを、私は何となく、胸倉むなぐらをとられ
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
去年の暮お村を友之助に遣れというから、私は一人娘で困ると云ったら、私の胸倉むなぐらを取って咽喉のどをしめて、遣らぬと締め殺すと云ったが、何処どこの国に娘の貰いひきに咽喉を締める奴がありますか
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼女はお花の膝にしがみ付いたかと思うと、更にその胸倉むなぐらをつかんで無暗に小突こづきまわした。相手が酔っているので、お花はどうすることも出来なかった。女中たちはおどろいて燭台を片寄せた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
宮田に胸倉むなぐらを取られている村川の身体も、ズルズルと崖端がけはたをすべった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「君が黒君だと云う事は、始めから知ってるさ」「知ってるのに、相変らずやってるたあ何だ。何だてえ事よ」と熱いのをしきりに吹き懸ける。人間なら胸倉むなぐらをとられて小突き廻されるところである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伯爵の左の手がその胸倉むなぐらにかかった。夫人も驚いて榻の上に起きなおろうとした。伯爵の右の手が頭髪かみのけの多いその頭にかかった。伯爵はまた獣のようにうなった。そして、大きな呼吸いきを苦しそうにした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「馬鹿なことを書き立てられると、僕は妻に胸倉むなぐらを取られる」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
暗がりで、私は泣きながら、兵さんの胸倉むなぐらを押し揺すぶった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
不意に主人の胸倉むなぐらを取ると、猛烈に小突きまわし初めた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さう云ふと福子は、胸倉むなぐらを取つて小突き始めた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それを聞いたとき、李陵は立上がってその男の胸倉むなぐらをつかみ、荒々しくゆすぶりながら、事の真偽を今一度たしかめた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「なにが変だ」と教授は一郎の胸倉むなぐらをとったが「うん、これは可笑しい。教室のあかりが消えている。君が消したのか」
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「何だと?」と祖母はいきなり、その疳癪玉かんしゃくだまを破裂させた。そして私の胸倉むなぐらを捉えて小突きまわした。不意をった私は縁側えんがわから地べたへ仰向あおむけざまに落ちた。
裏店うらだなのかみさんたちが御亭主の胸倉むなぐらをとるつもりで、太閤の五妻を責めるわけにはゆかないのです。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平次は矢庭に中腰になると、長火鉢越しに、ガラツ八の胸倉むなぐらをギユーツと押へたのです。
しかしおく美人びじんだよ。あのはげしくくとふものが、おそらくおれふかおもへばこそだからな。賣色ばいしよくはいちがふ、慾得よくとくづくや洒落しやれ胸倉むなぐられるわけのものではないのだ。うふゝ。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
り起すから新吉が眼をさますと、ヒョイと起上って胸倉むなぐらを取って
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さう云ふと福子は、胸倉むなぐらを取つて小突き始めた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「組長」わしの胸倉むなぐらすがりついたのは、電纜工場ケーブルこうじょう伍長ごちょうをしている男だった。「おせいさんが、大変だッ」
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
金蔵はお豊の胸倉むなぐらをはなして、その手で滝のように落ちる自分の涙を拭きました。無体むたい恋慕れんぼながら真剣である、怖ろしさの極みであるけれども、その心根こころねを察してやれば不憫ふびんでもある。
「尻に泥が付いているから、そんな事を言い当てたところで自慢にならねえ、——ね、親分、その突き当った野郎は、あっしが起上がると胸倉むなぐらつかんで、ポカポカッと来やがるじゃないか」
巫女 いやみ、つらみや、うらみ、腹立ち、おこったりの、泣きついたりの、口惜くやしがったり、しゃぶりついたり、胸倉むなぐらを取ったりの、それがなんになるものぞ。いい女が相好そうごうくずして見っともない。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう云うと福子は、胸倉むなぐらを取って小突き始めた。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ッ」抱きおこした少女を前からのぞいた男が、顔色をかえて、背後の人の胸倉むなぐらすがりついた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
歩兵はうるさいから、道庵の胸倉むなぐらを取っておどかすと
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大統領は、あえぎながら、金博士の胸倉むなぐらをとって哀訴あいそした。
与八は飛びついて道庵の胸倉むなぐらを取りますと
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
帆村は、その男に胸倉むなぐらをとられたまま
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)