籐椅子とういす)” の例文
棕梠しゅろ、芭蕉、椰子樹やしじゅ檳榔樹びんろうじゅ菩提樹ぼだいじゅが重なり合った中に白い卓子テーブル籐椅子とういすが散在している。東京の中央とは思えない静けさである。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
年をとった方は、籐椅子とういすに腰をおろして、小説を読んでいたが、ふと眼をあげて、若い技士によびかけた。和島丸の無電局長の古谷ふるやだ。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女は籐椅子とういすを離れながら、恥しそうに会釈えしゃくをした。見れば球を拾ったのは、今し方女中と噂をした、せぎすな隣室の夫人である。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
間遠まどおに荷車の音が、深夜の寂寞せきばくを破ったので、ハッとかくれて、籐椅子とういすに涼んだ私の蔭に立ちました。この音は妙に凄うございました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんという俳優か名前はわからなかったが角帯をしめた四十歳前後の相当の幹部らしいひとが二人、部屋のすみ籐椅子とういすに腰かけていた。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
窓際の籐椅子とういすに腰かけて、正面にそびえる六百山ろっぴゃくざん霞沢山かすみざわやまとが曇天の夕空の光に照らされて映し出した色彩の盛観に見惚みとれていた。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二階の縁側ヴェランダに置いてある籐椅子とういすには、燃えるような蒲団クションが敷いてあって、此家の主人公が、美しい夫人であることを、示しているようだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ある日、わたしが彼女かのじょの部屋へ入って行くと、彼女は籐椅子とういすにかけて、頭をぎゅっと、テーブルのとがったふちしつけていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そして、何卒お上りと云うのを、いえ、わたし此処ここの方がよろしいですと、テラスへ籐椅子とういすを出して貰って、そこから舞台の方を見ていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこは私たちが古い籐椅子とういすを置き、簡単な腰掛け椅子を置いて、互いに話を持ち寄ったり、庭をながめたりして来た場所だ。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私と娘は、いま新嘉坡シンガポールのラフルス・ホテルの食堂で昼食をり、すぐ床続きのヴェランダの籐椅子とういすから眺め渡すのであった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
次の朝、廊下の窓のそばの籐椅子とういすに掛けて本を読んでいると、廊下の向うのはしからあかねさんがひどくまっすぐな姿勢でこちらへちかづいて来た。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
昼飯の後、私は自分の部屋にこもったり、ヴェランダの籐椅子とういすに足を伸ばしたりしながら、大へんお行儀悪く「猶太ユダヤびとのぶな」を読みつづける。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
夜更よふけが急に籐椅子とういすの上にすべちている。隣の椅子で親切な友人はギラギラした眼の少女と話しあっている。(おなかがすいたな、何か食べに行かないか)
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
籐椅子とういすの三、四脚が取り囲んだ向うに、五十七、八とも思われる洋服のデップリとした紳士が、怪訝けげんそうな面持おももちでじっとこちらに、眼を留めているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
澄み透った秋の空が、寝不足の眼にしみて痛い、母屋のほうを見ると、広縁に籐椅子とういすを出して、ひざの上へ書物を置いたまま、純子がこちらを見て微笑していた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこで、ねむい目をこすりながら、ふと庭の方を見ると、これはどうしたというのであろう。父親がそこの籐椅子とういすもたれ込んで、ぐったりとしているではないか。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
三十分するかしないうちに、海松房みるぶさ模様の絵羽の羽織を着た葉子が、廊縁ろうべり籐椅子とういすにかけて、煙草たばこをふかしている彼のすぐ目の下の庭を通って、上がって来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
吉本は籐椅子とういすの中にほとんど仰向きになるほど深々と埋まって、微笑を含みながら言った。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
時雄は読書する勇気も無い、筆を執る勇気もない。もう秋で冷々ひえびえと背中の冷たい籐椅子とういすに身をよこたえつつ、雨の長い脚を見ながら、今回の事件からその身の半生のことを考えた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ご一行は——身分の高い役人たちは欠席してはならなかったのです——機械のまわりに並びました。この籐椅子とういすの山はあの時代をわずかにしのばせるみすぼらしい残骸なのです。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
縁の籐椅子とういすに腰かけて右のドラマを読んで居ると、トルストイ翁の顔やら家族の人々の顔やらが眼の前に浮ぶ。今日きょうは七月一日、丁度六年前ヤスナヤ、ポリヤナに居た頃である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
伊庭は籐椅子とういすに腰をおろした。昔の小学校の作法室といつた感じである。教主は、机上のかねを鳴らして、口のなかで何かぶつぶつつぶやいてゐたが、しばらくして、机上の紙をひろげた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
二階の縁側に置いてある籐椅子とういすの上に足を投出なげだして、目の前の川をくだるボートを見るのが楽しみだった。夕方叔父が会社から帰って来る頃は、祖母に手を引かれて河岸かしに出て待っていた。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
が、田川夫妻が自分と反対のげん籐椅子とういすに腰かけて、世辞世辞しく近寄って来る同船者と何か戯談口じょうだんぐちでもきいているとひとりで決めると、安心でもしたように幻想はまたかの若者にかえって行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
龍之介はMホテルのテラスの籐椅子とういすに背をもたせて、身体からだいっぱいに日を浴びて、眼をつむっていた。すぐそばで、ホテルのコックがスポンジボールでキャッチボールをしている音が単調に聞こえる。
謎の女 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
夕闇ゆふやみが降りて来た。私は浴衣ゆかたがけでその中庭へ向いた籐椅子とういすりかゝりながら、大元帥府、外交部、日本公使館、清華大学政治科と、塩崎を相手に早速プログラムを立ててゐたが、その時であつた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
愛子は、私の籐椅子とういすの側へ、その驚き易い顔を寄せました。
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
道助は立ち上つて縁側の籐椅子とういすに腰をおろした。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
籐椅子とういすに背中合せに相識あいしらず
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
無花果樹いちじくの陰の籐椅子とういす
メランコリア (新字旧仮名) / 三富朽葉(著)
それから、籐椅子とういすに尻を据えて、勝手な気焔きえんをあげていると、奥さんがゆびで挨拶に出て来られたのには、少からず恐縮した。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからお庭の芝生の上に籐椅子とういすをはこび、そこで編物を仕様と思って、籐椅子を持ってお庭に降りたら、庭石のささのところに蛇がいた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
博士は車のついた籐椅子とういすに乗って、すずしい木かげでやすんでいた。附添つきそいの看護婦が、博士のために、本を読んでいたようだ。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そんな事は忘れてしまったように、へやの隅から籐椅子とういすを一つ、妾の前に引き寄せて来て、その上に威儀堂々とかしこまった。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私の二人の子供がベランダの籐椅子とういすに腰かけて、池の向こうの植え込みのすきから見える踊りの輪の運動を注視していた。
人魂の一つの場合 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「そんなにお前たちは無造作に考えているのか。」と、私はそこにある籐椅子とういすを引きよせて、話の仲間にはいった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母が青年と話しているときには、よく自分一人その場を外して、縁側ヴェランダに出て、其処そこにある籐椅子とういす何時いつまでも何時までも、すわっていることが、多かった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はそう腹を据えると、妻はそのままゆっくり寝かせておく事にして、ヴェランダの籐椅子とういすもたれながら、曇り空の下で、例の小さな横文字の本を開いた。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
幸子は七時頃に、自分はとても寝られないとあきらめて、悦子のねむりを破らないようにそうっと起きて新聞を取り寄せ、築地川の見える廊下に出て、籐椅子とういすにかけた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
捲毛まきげのカナリヤのかごの側で、庸三はよく籐椅子とういすに腰かけながら、あまり好きでないこの小禽ことりの動作を見守っていたものだが、いくらかの潜在的な予感もあったので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
又しても一風呂あびて好い気持に暖まった身体を、日当りのいい縁側の籐椅子とういすに投げかけ、何気なくその日の新聞を見ていますと、ふと大変な記事が眼につきました。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
中老の詩人社長は、欄干の籐椅子とういすで、まだビールのコップを離さず、酔いに舌甜したなめずりをしていた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
サト子は籐椅子とういすから腰をあげると、座敷を横ぎって、裏庭にむいた濡縁のはしまで行った。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夕方えん籐椅子とういすに腰かけて、静に夕景色を味う。かりあと青い芝生も、庭中の花と云う花もかげに入り、月下香の香が高く一庭にくんずる。金の鎌の様な月が、時々雲に入ったり出たり。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と、どうした料簡りょうけんだか、ありあわせた籐椅子とういすに、ぐったりとなってひじをもたせる。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「おかけになりませんか」と、将校は最後にいって、籐椅子とういすの山から一つ引き出してきて、旅行者にすすめた。旅行者はことわるわけにはいかなかった。そこで、穴のふちで腰を下ろした。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
露台の中央にはとうの丸テーブルと籐椅子とういすとが置かれて、主人の森谷喜平きへいは南に向いて朝の陽光をぎらぎらと顔に浴び、令嬢の紀久子は北を向いて陽光を背に受け、向き合って腰を下ろしていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
用ゆれば古籐椅子とういすも用を
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
籐椅子とういすの膝を進めて