だま)” の例文
「無念!」と老人は悲痛な声で、「卑怯者め! だまし討ちとはな!」じいいっと鳰鳥を見詰めたが、「おっ、お前は! お前様は!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
持って、外へ出ると言えば八人かつぎのかごで出るくせに、エラクないだって、ふん、そんなことを言ってわたしをだますつもりですかい
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
胡堂氏の話によると、村には二つとない、見事だったこの庭の良石と植木は、隣村の何兵衛にだまされことごとく持ち去られたとのことである。
とうに打明けようとも思ったが、それもならず、いわばわしは最初からそなたをだましていたようなものじゃ。ま、せいてくれるな。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
官費で嘘を吐く商売は気象台丈けだろうね? 早い話が嘘は泥棒の始まり、親からして毎日人をだましていたんじゃとても善い子は出来ない
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「これ、二つでたった五十銭さ。なに、これでも不断ふだんめていちゃすぐげるけど、着更えした時だけだったらちょっとだまかせるからね」
もしその易がここに留ってよいという事が出ると私の方の便宜べんぎのためにお前をだまして留めて居ったというような事に取られてもいけない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それだけ、あたしも、本気になれたんだわ。釣るとか、だますとか、そんな腹は、どつちにもない。恩も義理もない代り、秘密も見栄みえもない。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
太一郎の、小間使ひの話にだまされて、飛んだ破目におとしいれられた漁場の仲間の者の娘に就いての事件を七郎は知つてゐる。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
あんに人からだまされて、働かないでもすんだところを、無理に馬鹿気ばかげた働きをした事になっているから、奥さんの実着な勤勉は、精神的にも
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしの炯眼けいがんは、残念ながら自分の鼻の先までしか届かず、また折角のわたしの密計も、誰ひとりだましおおせることはできなかったらしい。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
彼の家の中では万事がうまくいっていなかった。彼はいつも家事女らといさかいばかりしていたし、雇い人らからはたえずだまされ盗まれていた。
「いったいあの男は何者だろう?……確かにどこかで見たようだが。……いずれにしても俺はあんな奴にだまされはしないぞ。」
半「本心の何のとってお前さんも疑ぐりぶけえ、わっちが本心の証拠には、山三郎が来たら手初めの奉公に、一番山三郎をだまかして見せましょう」
「驚きましたか。こんなことはほんの子供だましですよ。それともあなたが御望みなら、もう一つ何か御覧に入れましょう。」
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
而も一番私に云う強い語気で「ふん、あれでも神伝流の免許皆伝か。」麻川氏「くどく云うなよ。」赫子「だってとうとうだまされちゃった。」
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「……少し媒介人なこうどだまされたようですよ。」と、お庄は帯の間から莨入れを取り出して、含嗽莨うがいたばこをふかしながら言い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あいつは人を売りもすればだましもする、それでいて、あんた方と一緒に飯まで食いおるのじゃ。わしには、あいつらのことがちゃんと分っとる。
私はあなたをだましたけれど、それは私の元々の意志ではなかつた。私は自分のことを明らさまに話して、公然と申込をしようと思つてゐたのです。
彼等は別々の意味でその結婚を急いでゐたのだが、どつちかと言へば、子供のやうな単純さで自らだまされてゐた愚かさは伊曾の方にあつたと言へる。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
「そしてね、ぜひ、至急に寄っていただきたいっておっしゃったわ。どうぞだまさないでぜひいらっしてくださいって」
二十七にはなつても世間不見みずのあの雅之、うも能うもおのれはだましたな! さあ、さあさかたきを討つから立合ひなさい
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「まア、この罰当ばちあたりが!」と魔女まじょきゅうたかこえてた。「なんだって? わたしはおまえ世間せけんから引離ひきはなしていたつもりだったのに、おまえわたしだましたんだね!」
うっかりだまされて一つ目の橋の上まで来ると、人通りのないのを見すまして、万力は不意にお俊の喉を絞めました。相撲の力で絞められちゃあ堪まりません。
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「でも、これを売りに来た女は、贋物だったんだぜ。」と私は、だまされた顛末てんまつを早速、物語って聞かせた。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
「瀬川さんも、たうとう病院で花見をするやうになりましたね、もう二週間もしたら立派に咲きますぜ、この模樣ぢや。……えゝえゝだましたつて構ひませんとも!」
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
「なにを馬鹿な。こんな子供だましのおどし文句で、俺がビクビクするとでも思っているのか。いい年をして、さては奴も病気のせいでいくらか耄碌もうろくしていたんだな」
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
第一、神社合祀で敬神思想を高めたりとは、政府当局が地方官公吏の書上かきあげだまされおるの至りなり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
はてもないマンネリズム、意味のない党派心、猜怨と嫉視、繰り返えさるる朋党のだましあい、執拗なる剽窃等々の中に画布が浸さるるかぎりにおいて、すでに白き画布は
絵画の不安 (新字新仮名) / 中井正一(著)
落し入れようとしているのだろうか? おれは何かにだまされているのではないか?——そう思いながら彼はなおも魅せられたようにその虚空に回転する虹に見入っていたが
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
川島先生の何時も私の顔にじろじろと向けられる神経質な注視にふ度、私はまんまとだましたことに気がとがめ、何か剣の刃渡りをしてゐるやうなおそれが身の毛を総立たせた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
賑やかな人で、自分の家の二階で八人芸をやっていると、まったくだまされるほど、大勢おおぜいっているようにきこえた。かみさんは新宿あたりのあがりもの(遊女の)で、強者したたかものだった。
私どもはだまされ通しで、瞞されている間にいよいよ悲惨な境涯に突きおとされたのです
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
何しろ役人位えにアビクビクねえ悪党揃だからナ、今迄の木ッ葉役人はだまかされたり、脅かされたり、御馳走されたりで追ッ払われたんだが、東京から大所が来ると成りゃ、今度ア
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
これは明らかに不合理だ、エレシュキガル神ともあろうものが、あんな子供だましの計に欺かれるはずがあるか、と、彼は言う。碩学せきがくナブ・アヘ・エリバはこれを聞いていやな顔をした。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それでは、せめて、君の愛する其顏だけでも、其儘かはりなくまたと眺められるだらうか。悲しいことには、さういかない。或は思做おもひなしでさうとだまされることはあつても、はかない心の試に過ぎぬ。
落葉 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
私は日を浴びていても、否、日を浴びるときはことに、太陽を憎むことばかり考えていた。結局は私を生かさないであろう太陽。しかもうっとりとした生の幻影で私をだまそうとする太陽。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
▼その相手の感銘にこっちの鼻以外の表現でだましたり乱したりする事が出来る。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それとも、また一面にはシュテッヘ、艇長、今度の事件——と『鷹の城ハビヒツブルグ』の怪奇にも通じていると思うが……ああなるほど、いかにもブルンヒルトは、グンテル王の身代りにだまされたんだ。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
アリョーシャは部屋の隅の方に坐って、いかにも恐ろしくてたまらない様子で、自分がだまされた次第をソーニャに物語っていた。彼はぶるぶると身顫いがとまらないで、どもったり泣いたりした。
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「……たしかに、私は貴方をだましてたわ」と、やっと妻はいった。
あるドライブ (新字新仮名) / 山川方夫(著)
あたしにだまされたと思うものは、それや馬鹿なの。だって、今頃瞞されたと思って口惜くやしがってる男なんか、日本にだっていやしないわ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「お気の毒さま、贋金だよ! 一度は妾もだまされたが、へん、二度とは喰うものか! お前、カヤパに貰ったね。妾がカヤパに遣ったのさ」
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おやまア彼奴あいつが、わたくしの方へ来ても貴方がお亡くなり遊ばしたといいましたが、私の考えでは、貴方様はお人がよいものだから旨くだましたのです
出来もしないことを出来るやうにいひふらしたこと、人にやらせながら自分でやつたやうな顔をしたこと、いづれも、僕をだましたことになります。
五月晴れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
つまり奈良の老若ろうにゃくをかつごうと思ってした悪戯が、思いもよらず四方よもの国々で何万人とも知れない人間をだます事になってしまったのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
実を云うとどてらがこんな事を饒舌しゃべるのは、自分を若年じゃくねんあなどって、好い加減に人をだますのではないかと考えた。ところが相手は存外真面目である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも、自分をしばしば欺いた子供をこんどはこちらからだますために、絶望の念を隠しておかなければならなかった。
「まあそうやって、後生大事に働いてるがいや。私もあぶなだまされるところだったよ。養母おっかさんたちは人がわるいからね」お島も棄白すてぜりふでそこを出た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あなたは初めの三月みつきは些っとも嘘を仰有らなかったわ。けれども四月目からチョク/\私をおだましになりましたよ。
髪の毛 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)