癇癪かんしゃく)” の例文
その怒りは心頭より発したる怒りではなく、癇癪かんしゃくより出でた怒りでしたけれども、この場合怒ることのできたのは物怪もっけの幸いでした。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
語学だの数学だのという基礎学は、癇癪かんしゃくにさわるほど同級の者たちが呑込みがおそいのでただもどかしさをそそられるばかりだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「はア。まだお帰りになっていらっしゃいません。」と、いう別な電話を受けているらしい声が、また、じりじりと癇癪かんしゃくにさわった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
内匠頭のた事を、武士として、当然だとする者もあるし、短慮たんりょである、世間知らずのンチの癇癪かんしゃくだと、非難する者もかなり多い。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
癇癪かんしゃく持ちの一方ならぬ、ガムシャラおやじだが、雷だけは性に合わんのだな! と、子供心にも、憐れんでいてくれる様子である。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
検事さんはとうとう癇癪かんしゃくを起こして、下村さんか内野さんかを呼ぶつもりでしょう。壁に取りつけたポッチを一生懸命に押し出したの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
あの癇癪かんしゃくもちの小鳥が、赤銅張しゃくどうばりの自分をどうにもあつかいかねている姿を想像するのは、雨蛙にとってこの上もない満足でした。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
新聞社の都合でその文章が一日でも登載されぬことがあると居士の癇癪かんしゃくはたちまち破裂して早速新聞社に抗議を申込むのが常であった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
女が癇癪かんしゃくを起して、mélange のコップを床に打ち附けて壊す。それから Karlstrasse の下宿屋を思い出す。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
己は癇癪かんしゃくを起したり、猜疑さいぎ目附めつきで見たり、苦々しい事をったりした。礼を言わなくてはならないのに、そんな事をしたのだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
大抵たいていはその顔を知っているものの、ことをあらだてるとかえって店の人気がなくなる。そこでおかみさんの癇癪かんしゃくが小僧の頭に破裂する。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
どうせ褒められようとは思っていない、小さいじぶんこの伯父さんが江戸に来るたんびに、癇癪かんしゃくを起こすのが面白くってよく悪戯いたずらをした。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
平田氏が癇癪かんしゃくを起してこう怒鳴りつけると、その声は段々小さくなって、ウ、ウ、ウ……と、すうっと遠くの方へ消えて行った。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕のような弟を持ち、妹とて子供らしい意地をあらわしはじめた……兄の言葉に兄の気持が感ぜられるだけ、僕は癇癪かんしゃくが起きるのだった。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
……癇癪かんしゃく持らしく頬のこけたそのころ六十近い師匠の国芳は、朝から晩までガブガブ茶碗酒ばかり呻っていて、滅多に仕事をしなかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
癇癪かんしゃくを起したり、大声で怒鳴りつけたりせねばならぬやうになるので、普通の病苦の上に、更に余計な苦痛を添へるわけになる。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
こういう癇癪かんしゃくの起きた時は、平常ふだんより余計に立働くのがお雪の癖で、虫干した物を片付けるやら、黙って拭掃除ふきそうじをするやらした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分は癇癪かんしゃくの不意に起る野蛮な気質を兄と同様に持っていたが、この場合兄の言葉を聞いたとき、ごうも憤怒の念がきざさなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼が自分の小さな領地にすわりこんで、こういう細糸をありとあらゆる方向に延べひろげている様は、太鼓腹の、癇癪かんしゃくもちの古蜘蛛ふるぐものようだ。
が、そばには太った癇癪かんしゃくもちのかみさんが、腕まくりで歩きまわって、耳ががんがんするような大声で、しゃべり立てている。
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし兄の口惜くやしそうな眼つきは、今でもまざまざと見えるような気がする。兄はただ母に叱られたのが、癇癪かんしゃくさわっただけかも知れない。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はできるだけ我慢をしてはいたが、ついにある日、馬鹿でおまけに横着なその女郎めろうにたいして、稽古けいこ中に癇癪かんしゃくを破裂さした。
癇癪かんしゃくもちのばかが夢中になったことだから、グルーシェンカのために親爺を殺すようなことがあるが、強盗なんぞに出かけてたまるものか!
闇太郎、慣れぬ問題だけに、当惑して、考え込んでいたが、ここで、癇癪かんしゃくを起してしまったら、相手はいよいよねじけるばかりであろう——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この侮辱的な一言はやっと鎮まりかけた私の癇癪かんしゃくをぶり返すのに十分であった。思わず皮肉な冷笑を浮べながら云い放った。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
とうとう癇癪かんしゃくをおこしてしまった母親は、けずりかけのコルクをいきなり畳に投げつけて「野郎ぉ……」とわめくのであった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この文辞の間にはラスキンの癇癪かんしゃくから出た皮肉も交じってはいるが、ともかくもある意味ではやはり思想上の浅草紙の弁護のようにも思われる。
浅草紙 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
声はいつもは豊かな次中音テナーなのが最高音になり、発音が落ちついていてはっきりしていなかったら、まるで癇癪かんしゃくを起しているように聞えたろう。
千両の茶碗を叩きつけたところはちと癇癪かんしゃくが強過ぎるか知らぬが、物にとらわれる心を砕いたところは千両じゃやすいくらいだ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「君と一緒の時に限ってやられる。おれは一人でやられたことはないのだぜ」と私は癇癪かんしゃくを起して万事彼のせいにしたが
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ところが、少年は何をそんなに憤慨しているのか、わけもなく癇癪かんしゃく筋をふくらませて、おそろしくいけぞんざいな痛罵つうばを右門に浴びせかけました。
「嘘をけ。」男はそう言って、わけのわからない激怒をかんじて、手をあげて女を打とうとした。ぐらぐらした苛立った癇癪かんしゃくが額に筋を立てた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
癇癪かんしゃくもちの悠吉にあいそをつかして、ミネは心の冷える思いをどれほど味ったことか。そしてミネ自身が又、ひどい短気を起すこともしばしばだ。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
貞奴は癇癪かんしゃく持ちだという。その癇癪が薬にもなり毒にもなったであろう。勝気で癇癪持ちに皮肉もののあるはずがない。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ついに持ち前の癇癪かんしゃく玉を破裂さし、失意の人となられたのは私から見て当然すぎるほど当然ではあるが、誠にお気の毒な瞬間を作られたものである。
その手紙をかき出すについて、まず伸子は、癇癪かんしゃくをしずめなければならないと考えているところだった。文明社の社長、木下徹は、案外な男だった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少し自分がその人のせいで苦しい目をしたというような場合すぐに癇癪かんしゃくを立てておこりつける母親の寐ている隙に
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「そんな莫迦気ばかげた証跡が」熊城は癇癪かんしゃくを抑えるような声を出して、「いったいどこで足跡の前後が証明されるね?」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
チッバ 無理往生むりわうじゃう堪忍かんにん持前もちまへ癇癪かんしゃくとの出逢であひがしらで、挨拶あいさつそりあはぬゆゑ、肉體中からだぢゅう顫動ふるへるわい。引退ひきさがらう。
癇癪かんしゃくを起して横顔の一ツもなぐられたいと、芸妓げいしゃのお前にいつも言われた、男が一人そのくらいにれたらかろう。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おじいさんや、おばあさんは、その可愛い孫の我儘わがままとか癇癪かんしゃく持とか、或は、臆病とかの欠点をよく知っています。
童話を書く時の心 (新字新仮名) / 小川未明(著)
山鶯やまうぐいすだの、閑古鳥かんこどりだのの元気よくさえずることといったら! すこし僕は考えごとがあるんだからだまっていてくれないかなあ、と癇癪かんしゃくを起したくなる位です。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
久三は例の持前の癇癪かんしゃく癖から、一寸した事で昨夜は激しい口調でうたいをしたりした五十嵐をしかり飛ばしたりした。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
要次郎も癇癪かんしゃくをおこして、足もとの小石を拾って、二、三度たたきつけると、二匹の犬は悲鳴をあげて逃げ去った。
影を踏まれた女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何があつても素人のやうには立騒がずともすむはなしなり。万事さばけて呑込み早かるべきはずなり。亭主の癇癪かんしゃくたくみにそらして気嫌を直さすべきはずなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
たゞ彼は気短かになつて、しば/\癇癪かんしゃくを起した。それらの性癖の諸点がかえつて彼を厳格端正に表面化させたのだと雪子はYに就いての世評の裏を知つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
もう、癇癪かんしゃくを起こしている。どこもここもひどく誇張したジコップ・ピジャマのすそが、ヒラヒラと風になびく。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
真実一身の道楽とおうか、慈悲と云おうか、癇癪かんしゃくと云おうか、マアそんな所からおおいに働いたことがあります。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
きっと私の言い方が気にさわったに違いない。彼女の頭にはかっと血が上る。くちばしのところに癇癪かんしゃくしわが垂れ下がる。彼女は今にも真っ赤に怒り出しそうになる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「行けんじゃい!」と木之助は癇癪かんしゃくを起して呶鳴どなるようにいった。「おツタのいう通りだ」と女房もいった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)