“畢生:ひっせい” の例文
“畢生:ひっせい”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治16
野村胡堂3
中里介山3
福沢諭吉3
徳冨蘆花2
“畢生:ひっせい”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 法律 > 法律25.0%
芸術・美術 > 音楽 > 音楽史 各国の音楽20.0%
社会科学 > 教育 > 教育学・教育思想15.4%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
男児畢生ひっせい危機一髪とやら。あたらしい男は、つねに危所に遊んで、そうして身軽く、くぐり抜け、すり抜けて飛んで行く。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
吉六は東栄にふんした後、畢生ひっせい東鯉と号したが、東は東栄の役を記念したので、鯉は香以の鯉角から取ったのである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
局面打破は、彼が畢生ひっせいの経綸なりき、果してしからば彼はこの経綸に孤負こふせざる手腕と性行とを具有したるか。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
見台の上に、先師畢生ひっせいの大きな著述とも言うべき『古史伝』稿本の一つが描いてあったことも、半蔵には忘れられなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一八七六年には有名な「スラヴ行進曲」を書き、翌七七年には畢生ひっせいの傑作歌劇「エウゲニ・オニエギン」を完成した。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
現在に於ても、また将来に於てもそのために畢生ひっせいの力を尽して自己の生命の有らん限り、この運動を続けようと思う。
吾人の文明運動 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
吾人ごじんはこれよりこの前後における、彼が畢生ひっせいの本領たる攘夷尊王説の発達変化について、観察するを要す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「呉を滅ぼさんは、わが畢生ひっせいねがいである。その目的に添うことならば、あらためて非礼を謝し、謹んで汝の言を聞こう」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもなお、玄徳は、無言を守りきっている。諸葛瑾しょかつきんは、畢生ひっせいの弁舌と智をしぼって、もう一言つけ加えてみた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾輩が畢生ひっせいの研究事業である精神科学の根本原理……即ち心理遺伝と名づくる研究発表の結論となるべき実験が
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いまとなってみれば、自分が畢生ひっせいの一戦としてやった決死の鎌倉攻めは、尊氏のためにやったようなものでしかない帰結となっている。
その間においてワグナーは畢生ひっせいの大傑作、——四部作の大楽劇「ニーベルンゲンの指環ゆびわ」のほとんど全部を完成したのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
学者が学問をもって畢生ひっせいの業と覚悟したるうえは、自身に政治の思想はもとより養うべきも、政壇青雲の志は断じて廃棄せざるべからず。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
就中なかんずく彼が畢生ひっせいの心血をそそいだのは心霊問題で、これが為めには、如何いかなる犠牲をも払うことを辞せなかった。
「養生をなされ。長生きをして、わしが畢生ひっせいの剣を持って、武蔵にちゅうを加える日を見るように」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪之丞畢生ひっせいの大願は、これまでの経過から言えば、徐々に確実に運んでゆけば、必ず十分な成果を挙げることが出来ると信じられるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
すくなくとも、武蔵にとって下り松のあのことは、畢生ひっせいの大事業であり、道に参進する者の浄行じょうぎょうとも堅く信じているのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二十八歳の時には選ばれてバイロイトの祝典劇場でワグナー畢生ひっせいの傑作「ニーベルンゲンの指輪」の世界初演にラインの乙女の大役を演じました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
あるいは学成るもなお学問を去らず、畢生ひっせいを委ねて学理の研究または教育の事を勉むる者あり。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
いずれにしても、危険の刻々に迫るのを見て取った道庵は、ほとんど畢生ひっせいの力を出して、抑えてみたが、前にいう通り、道庵の力では相撲にならない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼はただ対者の欠陥を察し、これに智慧の光を注ぐことをもって、畢生ひっせいの念願とする。
元田は真に陛下を敬愛し、君をぎょうしゅんに致すを畢生ひっせいの精神としていた。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「民部、畢生ひっせい軍配ぐんばいのふりどき、ぜひともごはいりょをおねがいもうすぞ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして忠利に至って、祖父が宗門の麒麟児きりんじとして愛し、父が心友として相許す沢庵に、道の師として畢生ひっせいの敬慕を捧げたのは当然というべきである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その中には、篤胤大人畢生ひっせいの大著でまだ世に出なかった『古史伝』三十一巻の上木じょうぼくを思い立つ座光寺の北原稲雄きたはらいなおのような人がある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
愚直と斥けられた今に及んで、たとい自分が芸妓を呼たいためといわないまでも、聞くさえが畢生ひっせいの恥辱のように思われ、どうしたらいいかということが
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
と誓い、畢生ひっせいの勇猛をふるって、無二無三猪突ちょとつしてきた矢先である。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのほうは、気楽な雑物で、問屋へ持って行って金に代えるだけの仕事である。その合間には、三河の煙火陣に持ち出す畢生ひっせいの大作尺二玉をぼつぼつと進めている。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寛永二十年の晩秋、彼が、岩殿山の一洞にこもって書いた「五輪書ごりんのしょ」は、武蔵としても、畢生ひっせいおもいをうちこんで筆を執ったものにちがいない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出征する年少の友人の旗に、男児畢生ひっせい危機一髪、と書いてやりました。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はいまや、畢生ひっせいの智と力と、そして、のるかそるかの一擲いってきけて——越中魚崎での対上杉軍との戦場を捨て——急遽きゅうきょ、上洛の途中にあった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「相互の誤解です。微力ではありますが、宮へは、正成が畢生ひっせいの思いをこめて、いちどは、何といたせ、ご諫言申しあげる所存でおざる。なにとぞ、あなたさまにおかれても」
山吹から来た門人らの説明によると、これは片桐春一が畢生ひっせいの事業の一つとしたい考えで、社地の選定、松林の譲り受け、社殿の造営工事の監督等は一切山吹社中で引き受ける。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
左れば古来世に行わるゝ和文字やまともんじの事も単に之を美術の一部分として学ぶは妙なりと雖も、女子唯一の学問と認めて畢生ひっせい勉強するが如きは我輩の感服せざる所なり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ウム。さほど、その儀を案じるなら、申し明かしてもよい。聞けよ、越前守は今日、畢生ひっせいの勇と信をかけて、単身、世上の悪の元兇を逮捕に出向うのじゃ。構えて、立ち騒ぐなよ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
畢生ひっせいの力をふるって、こう言ったお松の舌は雄弁でした。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吾輩の畢生ひっせいの研究事業たる「心理遺伝」の実験を見られると
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一八二二年、ベンサムは齢既に七十五の高齢に達したが、その畢生ひっせいの力を法典編纂の業に尽そうと欲する熱望はごうも屈することなく、老いてますますさかんなる有様であった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
光春としてもまさに畢生ひっせいしていたにちがいない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれが、畢生ひっせい心血しんけつをそそいで描いた、安土城内のたくさんな作品は、もう一つも、見ることはできない。一朝いっちょうの兵火に、ことごとく、灰となっているではないか。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たまたま外国修業の書生などがかえって来て、僕は畢生ひっせい独立の覚悟で政府仕官は思いも寄らぬ、なんかんと鹿爪しかつめらしく私方へ来て満腹の気焔きえんを吐く者は幾らもある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
もし陛下の統治し給う大帝国の立法事業改良のために、臣の残躯を用い、臣をして敢えて法典編纂のために微力を尽すを得しめ給わば、臣が畢生ひっせいの望はこれを充たすになお余りありというべし。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
そして、彼女は、雪之丞が、畢生ひっせいの大願としている、例の復讐ふくしゅうの望みを聴き知ったのを幸い彼の計画の一切を、曝露ばくろして、存分につらい目を見せてやらねばならないと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
仮令たとい馨子凱歌の中に光栄の桂冠けいかんいただくを得ざりしにせよ、彼女の生はその畢生ひっせいの高貴なるほのおのあらん限を尽して戦い、戦の途上戦い死せる光栄ある戦死者の生也。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
滝三郎はまこと畢生ひっせいの弁舌をふるいました、正直者の半蔵は、いつの間にやらそれを信用する気になって、匕首を腹巻に納めると、ドッカと座敷の真ん中に、坐り込んでしまったものです。
と、畢生ひっせいの弁をふるって、秀郷を説いた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
動きの多い空の雲の隙間すきまから飴色あめいろの春陽が、はだらはだらにし下ろす。その光の中に横えられたコンクリートの長橋。父が家霊に対して畢生ひっせいの申訳に尽力して架した長橋である。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
許されて自宅に帰り、そこで謹慎きんしんするようになってから、はじめて、彼は、自分がこのひと月狂乱にとりまぎれておの畢生ひっせいの事業たる修史しゅうしのことを忘れ果てていたこと
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それが彼の畢生ひっせいの大事業であった。
子供を育てるのは畢生ひっせいの大事業だ。
小伜の釣り (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
畢生ひっせいの利益これより大なるはなし。
卒業論文には、国史は自分が畢生ひっせいの事業として研究する積りでいるのだから、いやしくも筆をけたくないと云って、古代印度インド史の中から、「迦膩色迦王かにしかおう仏典結集ぶってんけつじゅう」と云う題を選んだ。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
老博士は信号技師に依って報告せられたる、所謂いわゆる最後の通告を彼らに向って与えんとして、しかも幾度か躊躇したのである、けれどもこの場合となって、もはや一刻も猶予することは出来ぬ、彼は実に畢生ひっせいの勇気を鼓して、おもむろに宣告した。
太陽系統の滅亡 (新字新仮名) / 木村小舟(著)
ここぞ御自分の畢生ひっせいの御修行場と思召して、お頂上、中道ちゅうどう人穴ひとあな、八湖、到るところであらゆる難行苦行をなさいました、それからいったんお国許へお帰りになりまして、また再び富士のお山の人穴にこもって大行をなさいました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日本が儒教国でないことはいうまでもなく、支那においても儒教は帝王の権力を固めるために利用せられたのと官吏となることを畢生ひっせいの目的としていた知識人がその官吏となるに必要な知識として学習せられて来たのと、この二つの外には殆どはたらきをもたなかった。
「——祖先、頼義公も、義家公も、また亡父ちち義朝も、この道を何度かおひろいなされた事であろう。わけて義家公には、この宮の祠前しぜんで元服なされたので、八幡太郎と名のられた。今頼朝また、ここにもうでて平家を亡ぼさん畢生ひっせいの願をかけ奉るとは」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一生を棒に振ってかじりついて来た畢生ひっせいの事業である、いくら、こちらで金を出してやったからと云って、御本尊の小森に二割五分というのはいけない、なんぼ少なくとも半分の権利をやらねば可哀そうだ、こんなことになれば、最初トラックが抵当に入っているのを気の毒に思って
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「むかし、若年の頃、異人に会うて、八門遁甲もんとんこう天書てんしょで伝授されました。それには風伯雨師ふうはくうしを祈る秘法が書いてある。もしいま都督が東南の風をおのぞみならば、わたくしが畢生ひっせいの心血をそそいで、その天書に依って風を祈ってみますが——」と。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
——そして内部の杉戸、ふすま、天井などの美術的意匠いしょうには、狩野永徳かのうえいとくが選ばれ、永徳はひとり自己の画派に偏せず、各派の名匠と凝議ぎょうぎして、畢生ひっせいの傑作をここにいて、久しい戦乱のため、沈衰の傾向にあった芸術の光芒こうぼうをここにさんとして示そうとした。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だ、だから、貴公たちもすこし大きな慾を、か、か、かいたらどんなものでござる。……女! あはははは……女なんテ、ウーイ、女なんテ、ありゃ、男が畢生ひっせいの力をぶち込むものにはなりませんぞ。うふふふふ……ウソとお考えなさるなら、お十夜殿、アイヤ周馬先生、ど、ど、堂島へ出て、万金を賭して相場をやってごらんなさい。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「井戸の口から入る光線と、すれすれの所まで水を入れたのだ。井戸の口径と太陽の位置とを測れば、こんな手数をしなくともいいわけだが、何百年の昔、畢生ひっせいの智恵を絞って、ここに宝を埋めた人達のやった通りにやって見せるのも一興だろうと思って、こんな細工をやって見せたのだ。数学的に割り出すと、この深さは四十八尺、疑は無い」
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)