甲斐甲斐かいがい)” の例文
乳母は幼児の手を取るようにして、瀕死の父の膝の前に坐らせ、自分は甲斐甲斐かいがいしく、主人のうしろに廻って、繩を解くのであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
五反田ごたんだの、島津公分譲地の傍に三十円の家を借りて住んだ。Hは甲斐甲斐かいがいしく立ち働いた。私は、二十三歳、Hは、二十歳である。
「モシモシ、娘さん」と甲斐甲斐かいがいしく進みでた商人体の男は、少女の肩を、つっついた。無論、少女はなんの応答いらえもしなかった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのかたわらに、伸子の小さい甲斐甲斐かいがいしい手が——その乾杏ほしあんずのように、健康そうな艶やかさが、いとも可愛らしげに照り映えているのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
赤いたすきをかけた女工たちは、甲斐甲斐かいがいしく脱ぎてられた労働服を、ポカポカ湯気の立ちめているおけの中へ突っ込んでいる。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
手拭をあねさんかぶりにして、粉物を入れたを小脇にし、若い女の人は甲斐甲斐かいがいしく外へ出て、外から戸を締めようとしました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二度目に眼がめた時、彼は驚ろいて飛び起きた。縁側えんがわへ出ると、宜道ぎどう鼠木綿ねずみもめんの着物にたすきを掛けて、甲斐甲斐かいがいしくそこいらを拭いていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その傍に立った丸髷まるまげの新婦が甲斐甲斐かいがいしく襷掛たすきがけをして新郎のためにひげを剃ってやっている光景がちらと眼前に展開した。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのまに、おたみは甲斐甲斐かいがいしく身支度をした。けれど、お千絵にはまだ幾分かためらう様子がある。それを見ると、おたみは乳母らしい言葉で
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この言大いにわが志を得たり。吾の祈念きねんこむる所は、同志の士甲斐甲斐かいがいしく吾志を継紹けいしょうして尊攘の大功を建てよかしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
朝寒あさざむのころに、K—がよく糸織りの褞袍どてらなどを着込んで、火鉢の傍へ来て飯を食っていると、お銀が台所の方で甲斐甲斐かいがいしく弁当を詰めている、それが
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、そんなことに余り頓着とんちゃくする男では無いので、草鞋穿わらじばきの扮装いでたち甲斐甲斐かいがいしく、早朝から登山の準備にとりかかっていると、約束をたがえずに塚田巡査が来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
満更まんざら容色きりょうではないが、紺の筒袖つつそで上被衣うわっぱりを、浅葱あさぎの紐で胸高むなだかにちょっとめた甲斐甲斐かいがいしい女房ぶり。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
主人あるじ甲斐甲斐かいがいしくはだし尻端折しりはしょりで庭に下り立って、せみすずめれよとばかりに打水をしている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私はこのいい細君がたすきをあやどって甲斐甲斐かいがいしく立ち働きながらも、夫の首尾を気づこうて、憂いを胸にかくしている姿を見て、しみじみと奉職つとめの身の悲しさを覚えて
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
梅をせき立てて出して置いて、お玉は甲斐甲斐かいがいしく襷を掛けつま端折はしょって台所に出た。そしてさも面白い事をするように、梅が洗い掛けて置いた茶碗や皿を洗い始めた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
小山の妻君も甲斐甲斐かいがいしくたすきをかけて台所の手伝てつだいを始め「お登和さん、何から先へ致しましょう」お登和「そうですね今豚を湯煮ゆでていますがこれが出来ましたらば豚料理を ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
甲斐甲斐かいがいしく膳を引きよせて、千穂子は姑の口へ子供へするように飯を食べさせてやった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
葉末は甲斐甲斐かいがいしく市之丞を起こし、麓の方へ麓の方へと、嶮路を辿って行くのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
瑠璃子は、それをコップにぐと、甲斐甲斐かいがいしく勝平の口を割って、口中へ注ぎ入れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜になってから、赤児が二度ほど泣きましたが、二人はそのたびに、甲斐甲斐かいがいしく起上って、あやしてやったり、「おしっこ」をさせてやったりしたので、朝方あさがたになって、大変よく眠りました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
仁右衛門はそれを赤坊に飲ませろとさし出されたが、飲ませるだけの勇気もなかった。妻は甲斐甲斐かいがいしく良人おっとに代った。渇き切っていた赤坊は喜んでそれを飲んだ。仁右衛門は有難いと思っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
留守師団は水汲み隊の帰ってくるまでの間に、天幕てんとを張り、寝る用意をすべて整えておく事とし、未醒みせい子、杉田子、髯将軍の三人は、身を殺して仁を為すといわぬばかりに、甲斐甲斐かいがいしく身支度を整え
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
身支度も甲斐甲斐かいがいしく、主水の認めた組合せ順に左右へ並ぶ。
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
稲妻いなずまの如く迅速に飛んで来て魚容の翼をくわえ、さっと引上げて、呉王廟の廊下に、瀕死ひんしの魚容を寝かせ、涙を流しながら甲斐甲斐かいがいしく介抱かいほうした。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
品子さんは直ちに寝室に運ばれたが、殿村夫人の事に慣れた甲斐甲斐かいがいしい介抱で、やがて彼女は正気づいた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
台所働きのお仙も正直者であったが、腰元のお菊も甲斐甲斐かいがいしく働いた。二人ともに揃ってよい奉公人を置き当てたと、渋川の伯母も時々見廻りに来て褒めていた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
五度も頼んで待ち草臥くたびれた頃にやっと持って来たのであったが、熱海ホテルの方ではまだお茶を飲んでいる最中に甲斐甲斐かいがいしい女給仕が横書きの勘定書をもって来て
箱根熱海バス紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
片々に抑えて片々にはじく爪の、安らかに幾関いくせきを往きつ戻りつして、春を限りと乱るる色は甲斐甲斐かいがいしくも豊かである。聞いていると、あの雨をつい昨日きのうのように思う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
厳重にした足拵あしごしらえ、甲斐甲斐かいがいしい旅装束、二日分の糧食を持ち、ポンと庭へ飛び下りた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三人の出で行きし後お登和嬢は台所に入りて甲斐甲斐かいがいしく御馳走の支度に取かかれり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
短かくはぎに掛けて甲斐甲斐かいがいしい。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
始めて越後えちごを去る時には妻君に一部始終いちぶしじゅうを話した。その時妻君はごもっともでござんすと云って、甲斐甲斐かいがいしく荷物の手拵てごしらえを始めた。九州を去る時にもその顛末てんまつを云って聞かせた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
塚田巡査も町の若者もこれに加わって、一隊十四五名の人数にんず草鞋穿わらじばきの扮装いでたち甲斐甲斐かいがいしく、まだ乾きもあえぬ朝霜をんで虎ヶ窟を探りに出た。人々は用心の為に、思い思いの武器を携えていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さてその翌朝になると、番人夫婦が甲斐甲斐かいがいしく立働たちはたらいて、朝飯の卓子テーブルにも種々いろいろの御馳走が出る、その際、昨夜ゆうべの一件をはなし出そうかと、幾たびか口のさきまで出かかったが、フト私の胸にうかんだのは
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
頭には昔ながらの小さいまげを乗せて、小柄ではあるが、色白の小粋な男で、手甲てっこう脚袢きゃはん甲斐甲斐かいがいしい扮装いでたちをして、肩にはおでんの荷をかつぎ、手には渋団扇しぶうちわを持って、おでんやおでんやと呼んで来る。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)