父親てておや)” の例文
かへりの遅きを母の親案じて尋ねに来てくれたをば時機しほに家へは戻つたれど、母も物いはず父親てておやも無言に、れ一人私をばしかる物もなく
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
どこの世界に、おのが娘にへいつくばって給仕をする父親てておやがあるものか。お駒さまが寒気がなさるから熱燗を持ってこいもねえものだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いや、俺の父親てておやがいなくなった後には、おたあさんが俺のために預けておいてくれた十六円の貯金の通帳かよいちょうまで無くなっておったもんじゃ。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
父親てておや小児こどもを母と一緒に愛します事などもちょっとその心持が解りません。婦人は懐胎した時から小児のために苦痛をします。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「さ、お由坊を、返すぜ。そっと、すぐ寝かしてやんな。無邪気だなあ、このごろあ、俺をほんとの父親てておやとでも思うのか、よく眠ることさ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お前の父親てておや——ほんとうの父親てておやはまだ生きています。お前の成人するのを見まもっていて、そしてお前を愛しているのです。
(新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「これは滅相な。御主おぬし父親てておやが気を失ったのは、この摩利信乃法師まりしのほうしがなせるわざではないぞ。さればわしをくるしめたとて、父親が生きて返ろう次第はない。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし父親てておやが息子の病状に驚いて自宅へ引き取ったので、そこでブレーメルの精神状態が、からくも崩壊を免れたのだ。それがまた、奇蹟に等しいのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
保護者の父親てておやのあります子は、そのほうで心配をしてくれますことと安心していまして、この方の身の納まりだけを私はいろいろと苦労にして考えていまして
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今では老人としよりの方があの父親てておやの目から逃げ廻らすやうにするといふ有樣ですから困りものです。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
やがて父親てておやむかえにござった、因果いんが断念あきらめて、別に不足はいわなんだが、何分小児こどもが娘の手を放れようといわぬので、医者もさいわい言訳いいわけかたがた、親兄おやあにの心をなだめるため
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彦太郎ひこたろうが勤め先の木綿問屋もめんどんやをしくじって、父親てておやの所へ帰って来てからもう三ヶ月にもなった。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
を立ててみると……どうじゃ……その盆踊りの晩に、お前の母親かかさんの腹に宿ったタネというのは、お前の父親てておや……すなわち文太郎のタネに相違ないという本文ほんもんが出たのじゃ。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
光代は向き直りて、父様はなぜそう奥村さんを御贔負ごひいきになさるの。と不平らしく顔を見る。なぜとはどういう心だ。めていいから誉めるのではないか。と父親てておやは煙草をはたく。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
父親てておやは海賊でも、母親は善人で御座いましてね、それにあの通り娘は出来が好いので御座いますから、これは私の慾得よくとくを離れて、どうにか纏めて遣りたいもので御座いますが……
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
父親てておやのない子があるものか……坊やにも、お父さんもあれば、お母さんもあるだよ」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けれど太吉を可愛がった父親てておや旅稼たびかせぎに出てから、一入ひとしお太吉も母を慕った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
にわかやもめで、それもいたし方ないとはいうものの、ミルクで育たぬわけでもなし、いくら何でも初七日もすまぬうちの里預けは急いだ、やはり父親てておやのあらぬ疑いがせきたてたのであろうか——と
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
私だってやっぱりせめて一二度はお伺いしてからでなくちゃね、さもないと、まるで父親てておやがないみたいになりはしませんかな? へ、へ、……おまけに向うがそんな格式の高いお家柄ときちゃあね。
と、父親てておやの露語の怒声がまた極度に爆発した。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
賢一郎 (やや冷やかに)俺たちに父親てておやがあれば、八歳やっつの年に築港からおたあさんに手を引かれて身投げをせいでも済んどる。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
思ふさまにたたかれてられてその二三日は立居も苦しく、夕ぐれごと父親てておや空車からぐるまを五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、三公はどうかしたか
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「お目にかかることができる! 血を分けた父親てておやに会われる! オオ私はどうしても、剣山つるぎさんの間者牢へ行かなければならない」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その、チョビ安の父親てておやが、この穴の下に埋められているというんだから、とんがり長屋の人々は、驚きのつぎに、ワアーッと歓声をあげました。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「お前の死んだ父親てておやという人は、彼様あねえな真似大嫌いでのう。あの人が野良へ出たあとでは、わしは只の一度だって、旦那の話相手になんかなったことねえだよ」
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「じゃがおれ卑怯ひきょうなことは云わぬ。いかにもおぬしの云う通り、おぬしの父親てておやは己の手にかけた。この腰抜けでも打つと云うなら、立派りっぱに己は打たれてやる。」
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
四月にもなつたら、福岡から主人が一寸東京こちらへ來るんださうだから、さうしたら、無理にも結着がつくことになるだらう。元々實の父親てておやが子供を引き取らうといふのは當然だもの。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
父親てておやなくなって、姉が初めて訪寄といよったのが機会で、梓は高等学校の業をえて上京した、学資は姉の手から——その旦那の懐中から——出たのであるが、学年中途にして志いまだ成らず
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あの娘の父親てておやは、名代の海賊で御座いました」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
父親てておや先刻さきほどより腕ぐみして目を閉ぢて有けるが、ああ御袋、無茶の事を言ふてはならぬ、しさへ始めて聞いてどうした物かと思案にくれる
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
賢一郎 うむ、何しろ一生懸命にやるんだな、父親てておやの力は借らんでも一人前の人間にはなれるということを知らせるために、勉強するんじゃな。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もし、鎌の刃に濡れ紙を巻かずにおいて、あしたの朝、この父親てておやの首が枕から落ちていたりなどしたら、この風車は気が狂って廻るだろうと思う。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このお駒ちゃんと板さんの久助は、父娘おやこなのだ。その父親てておやの久助に、こうこっぴどくいわれても、お駒ちゃんは相変わらずしゃあしゃあとしたもので
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
厭なら覚えていろ……おれは随分思いきったことをやりかねないぞ……どうしてもおれはあの子の父親てておやが知りたいんだ……お前とおれの始末はいずれ後でつける。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
さても御主おぬしは、聞分けのよい、年には増した利発な子じゃ。そう温和おとなしくしてれば、諸天童子も御主にめでて、ほどなくそこな父親てておや正気しょうきに還して下されよう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
父親てておやの医者というのは、頬骨ほおぼねのとがったひげの生えた、見得坊みえぼう傲慢ごうまん、そのくせでもじゃ、もちろん田舎いなかには刈入かりいれの時よくいねが目に入ると、それからわずらう、脂目やにめ赤目あかめ流行目はやりめが多いから
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聟よりの言伝とて何一言の口上もなく、無理に笑顔は作りながら底にしほれし処のあるは何か子細のなくては叶はず、父親てておやは机の上の置時計を眺めて
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「コレ、安、しっかりしろヨ。お前の父親てておやかどうかは知らぬが、竣工の式に紫の衣装をつける人は、ただ一人……造営奉行の柳生対馬守様——と聞いたぞ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お吉は、父親てておやの知れない子どもを一人かかえていた。毎晩、隣家となりの露八の家へ子を預けて稼ぎに出るのだった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして娘達は父親てておやなしで寂しく育つだろう——そんなことを思うと、この胸がはり裂けるようでした。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「あゝ、いゝとも、いゝとも。」勝平は、人のい本当の父親てておやのようにうなずいて見せた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
手のつけようがなくって身のおとろえをいい立てに一日延ばしにしたのじゃが三日つと、兄を残して、克明こくめい父親てておやは股引のひざでずって、あとさがりに玄関から土間へ、草鞋わらじ穿いてまたつちに手をついて
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その父親てておやは早くにくなつてか、はあかかさんが肺結核といふをわづらつてなくなりましてから一週忌の来ぬほどに跡を追ひました、今居りましてもだ五十
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
また差し出口かよ、おぬしは男のくせに甘うていかぬ。又八には父親てておやがないゆえ、この婆は母であるとともに、厳しい父親でもなければならぬのじゃ。それゆえわしは折檻を
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何事もとんと記憶おぼえておりませぬそうでございますが、おりよく父親てておやの久助と申すものが、娘の舞台を見ようとして来かかる途中から火事を知りまして、いそいで駈けつけ
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それで、わたしは今こそお前のほんとうの父親てておやの名前を打ちあけます。それは……
(新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
せがれ、まあ、)と父親てておやが寄ろうとしますと、変な声を出して
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここで我れが幸福しやわせといふを考へれば、帰国するに先だちておさく頓死とんしするといふ様なことにならば、一人娘のことゆゑ父親てておやおどろいて暫時しばしは家督沙汰ざたやめになるべく
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「気味がわるいことはない、私は神のしもべです。ころびばてれんのお前の父親てておやとはわけが違う」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この子の死んだ父親てておやというのは、誰からでも好かれ、また敬まわれておりまして、至って厳格な人でございましたから、なかなかこの子が悪い友達をこしらえるどころではございませぬ。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)