灯火あかり)” の例文
旧字:燈火
だがもうそれは八時すぎ、丁度番組の第一の「秋のかなしみ」の切れたところで、場内の灯火あかりのいろがなぜか暗く疲れ切つた感じでした。
井上正夫におくる手紙 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
下に階梯はしご降口おりくちがあるのを見ると、灯火あかりが障子へさして座敷がありそうに思いましたから、手灯てともしを吹消して階梯段を降りて参りまして
店頭に出始めたぬれたカキのからのなかに弾力のある身が灯火あかりに光って並んでいる。路傍みちばたの犬がだんだんおとなしくしおらしく見え出す。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「まあこのお部屋の暗いことは。灯火あかりけないのでござりますね。……お祈りの時刻が参りました。灯火をお点けなさりませ」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
闇夜やみよだった。まだよいの口だ。開墾地に散在している移住者の、木造の小屋からは、皆一様に夜業よなべの淡い灯火あかりの余光が洩れていた。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
再び、トランペットの勇ましい音が始まって、客席の灯火あかりはまたもや薄くなった。いよいよこんどこそは、痣蟹が現れるだろう。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
島原一帯の茶屋の灯火あかりは日の暮れぬうちから万燈まんどうの如く、日本中から大地を埋めむばかりに押寄せた見物衆は、道中筋の両側に身動き一つせず。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「然し衣川という下宿人は、昨夜十一時前後には家に帰っていたと思います。窓に灯火あかりが点いていて、マンドリンなんか弾いていたようです」
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
隣の老拱の歌声はバッタリんで咸亨酒店は灯火あかりを消した。單四嫂子は眼を見張っていたが、どうしてもこれがあり得ることとは信ぜられない。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
細いが床の間の上に乗せてあった。夫婦は夜中よじゅう灯火あかりけておく習慣がついているので、寝る時はいつでもしんを細目にして洋灯ランプをここへ上げた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
海の魚介類は、漁師の漁る灯火の下に、群をなして集つて来るし、山野に生棲する昆虫類は、人家の灯火あかりや弧灯に向つて、蛾群の羽ばたきを騒擾する。
月の詩情 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
ジルベールが点けた灯火あかりでよく見ると、声は確かに死骸から出るのだが、その死骸は氷の様に冷たく、硬直して、血に染った唇は微動だにしていない。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
そこには景気よく灯火あかりが点いて、聖降誕祭のお飾りが飾ってあった。そこにはまた死んだ子の傍へくっ附けるようにして、一脚の椅子が置いてあった。
そして、次ぎに、そこが古寺の荒れ庭で、鈍い灯火あかりに、照らされたあたりに、荒ごもが一枚布かれているのを見た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
灯火あかりはいらなかった。ともしてもすぐ風に消えるであろうし、やがて宵月が、海を離れて、彼の顔までして来た。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しんが減ってきた。待てよ、月に一スー以上は灯火あかりにかけられねえ。横になったら眠るが一番だ。もうポール・ド・コック(訳者注 当時の物語作者)の話を
あしたはあの寺に仏事があって、塔の上には夜通し灯火あかりがついています。あなたも参詣の振りをして、そこらをうろうろしながら巧く取出しておいでなさい。
自来也の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
碇泊中の船舶では二万トンのマンチユリアの灯火がもつとも光彩を放つて居た。サンパンに乗つた支那娼婦いはゆる「水妹すゐまい」が薄暗い灯火あかりけて湾内を徘徊して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
マアガレットや、菜の花や、矢車草や、カアネイションが一本ずつ差してあるが、それに灯火あかりのあたっている風情は、花って本当に美しいものだと見とれてしまう。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
……もう、何千世紀というもの、地球は一つとして生き物を乗せず、あの哀れな月だけが、むなしく灯火あかりをともしている。今は牧場まきばに、寝ざめのつるも絶えた。
中には煌々とした灯火あかりが輝いているが、その窓かけの上に映っている影絵、っと支えられた頭、角張った肩、峻鋭な風貌、——やがてその影絵は、頭を半廻転させたが
そんなことをかんがえているうちに、はるかかなたにむら灯火あかりのぞまれたのであります。
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
もう鶴見沖であろうか、舳先へさきの右先に遠く、横浜港の灯火あかりが夜空を焦がしている。
水中の怪人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
漸くのおもいうちへ着くと、狼狽あわてて車を飛降りて、車賃も払ったか、払わなかったか、卒然いきなり門内へ駆込んで格子戸を引明けると、パッと灯火あかりが射して、其光のうちに人影がチラチラと見え
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
二人が小山屋の隠宅へ着いたのは、日脚の短い時節とて、もうそろそろ灯火あかりくころであった。寒がりの内蔵助は、かみの間の行灯あんどんの影に、火桶を前にして、一人物案じ顔に坐っていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「らつしや——い」と言ふ力強い下足番げその聲が聞きたい。御簾の奧に灯つてゐる灯火あかりがなつかしい。御簾が上つた瞬間にさつとなげかけられる小光の眼の光り! ラムプの火を小さくする。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ほの暗く、顫へながら燃える灯火あかりに照らし出されたジプシイたちの顔は、夜ふけの闇のなかに、さながら陰惨な地底の水蒸気につつまれた奇怪な魑魅魍魎のつどひかとも思はれるのであつた。
僕達は左右の「アパート」に引きあげて灯火あかりを消したが、たしかに窓の外に蠢く人の気配が絶えないので、僕は、いつまでも眼を開けてゐたところが、やがて隣りの窓を静かに叩く音がするので
そう言って、たずさえて来た支那蝋燭を入念に物差で測り、適当な長さに切縮めると、それを机の上に造作つくりつけた燭台の上に立て、まわりの灯火あかりことごとく吹消してから、支那蝋燭にゆっくりと火を点した。
防波堤にともる明滅の灯火あかりも見えずなり
本土の港を指して (新字新仮名) / 今野大力(著)
硝子ガラスさかずき照す灯火あかりと共に消えてゐた。
崖上の家の書斎の窓の灯火あかり
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
夜になったばかりの帝都の路面が、莫迦ばかに暗いのは、警戒管制で、不用な灯火あかりが消され、そしてその時間が続いているせいだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何心なく頑是なしに走って参り、織場へ往って見ますると、おくのは夜は灯火あかりけて夜業よなべようと思い、襷掛たすきがけに成って居るうしろへ参り
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……そうして両手に灯火あかりを捧げ、先頭に立って歩いておりました白衣白髪の老人が神の使徒つかいでございます。そうしてそれこそわたしの父直江蔵人でございます
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二階の奥の、金網窓の中に、たよりない赤茶けた灯火あかりがさしていて、そこから、人ごえが洩れているのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
門野は暗い廊下を引き返して、自分の部屋へ這入はいった。静かに聞いていると、しばらくして、洋燈ランプかさをホヤにつける音がした。門野は灯火あかりけたと見えた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……もう、何千世紀というもの、地球は一つとして生き物を乗せず、あの哀れな月だけが、むなしく灯火あかりをともしている。今は牧場まきばに、寝ざめのつるも絶えた。
その上に、その窓を仰いで見ておりますと、何かチラチラ灯火あかりがさしている模様で御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
人も知る山城国の四明ヶ岳にある含月荘がんげつそうは、さきの黄門松平龍山公の隠居所であって、そこの怖ろしく高い物見櫓ものみやぐらか塔のような楼上に、夕雲のまつわる頃、一点の灯火あかりがポチとつくと
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
納屋なやと馬小屋と、作男達の寝る建物とが、その横に黒く並んでいた。事務所からは明るい灯火あかりが洩れていた。間もなく札幌へ伴れて行かれる筈の、おきんが裁縫をしているのだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
黄昏たそがれでだいぶ腹がすいたので、音楽学校のそばをぽくぽく急ぎ足に歩くと、塀の中の校舎に灯火あかりがはいって、どの窓からも練習曲が流れて来て、十二、三の子供たちの頭が沢山見える。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
想えば想うほど不思議になった。——この部屋がたちまち非常にしんとして来た。身を起して灯火あかりを点けると室内はいよいよ静まり返った。そこでふらふら歩き出し、門を閉めに行った。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
何時いつの間にか月がさして、練絹ねりぎぬを延べた様なロアル河はぐ前に白く、其れを隔てたツウルの街はたゞ停車場ステエシヨン灯火あかりを一段きはやかに残しただけで、外は墨を塗つた様に黒くしづかに眠つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『オイ別荘に人がるようじゃないか、見ろ、あれを……灯火あかりが点いてる』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
ちょうど正面にある街路の光が少し階段に差して灯火あかりの倹約となっていた。
本当ほんとにお眠いのにお邪魔ですわねえ。どれ、もう行って寐ましょう。お休みなさいまし」と、会釈して起上たちあがった様子で、「灯火あかりを消してきますよ」という声と共に、ふッと火を吹く息の音がした。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
はやく、むら灯火あかりえてくれればいい。」とおもったり、また
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかも、いまだ、どこにも灯火あかりのかげはさしてゐなかつた。
にはかへんろ記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
「僕達は、誰一人灯火あかりなんて持つてゐやしないよ。」