殺戮さつりく)” の例文
恥を知らない太陽の光は、再び薔薇に返って来た真昼の寂寞せきばくを切り開いて、この殺戮さつりくと掠奪とに勝ち誇っている蜘蛛の姿を照らした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
同時に彼等の持前とする殺戮さつりくと兇暴なたちも、野に返った野獣と同じで、とても人間の仕業しわざとは解し得ないことを平然とやって歩いた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
崇拝の共通ということのために、彼らは互いに剣をもって殺戮さつりくし合った。彼らはおのおのの神を創り出して互いに招き合っている。
しのつくばかりの霰弾は、フランスの鷲の勇士のまわりに風にひるがえってる三色旗に雨注した。全軍は殺到し、無比の殺戮さつりくが初まった。
いや、こんな理窟はどうでも、俺は暴動に、殺戮さつりくに、流血に魅力を感じていたのだ。理窟抜きに、俺は血に飢えていたのである。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
このような闘争殺戮さつりくの世界が、美しい花園や庭の木立ちの間に行なわれているのである。人間が国際連盟の夢を見ている間に。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
うごめき、まつわるものの、いやらしさ。周囲の空寂と神秘との迷信的な不気味さ。私自身の荒廃の感じ。絶えざる殺戮さつりくの残酷さ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
氏は極端にまでこの説を推論して、もし神が我々に命ずるに殺戮さつりくを以てしたならば、殺戮も善となるであろうとまでにいった。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
たとえば英国のごとくデーンがセルトをい、ノルマンがサクソンを殺戮さつりくするという歴史であったら、地名はその都度改まらずにはいない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ニコリフスクに恐ろしい殺戮さつりくの起った時分のことであった。そのニコリフスクから五六里離れた村に過激派のクラネクと云う警察署長がいた。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あるいは同族殺戮さつりくの日において民心に宿った悲痛の思いと願いを、一身にうけてあらわされたのだと申してもいいであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
殺戮さつりくがどうして平和を齎らし得よう。吾々はいつも自然な人情の声にこそ耳を傾けねばならぬ。愛し合いたいとそれは言っているではないか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
果して然らば、地球人類がお互い同士に猜疑さいぎし、とし合い、殺戮さつりくし合うことは賢明なることであろうか。断じて然らず。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
この夏あたりから、神田一圓を荒し廻る辻斬の無法慘虐な殺戮さつりくは町人達は言ふ迄もなく武家も役人も、御用聞の平次も腹に据ゑ兼ねてゐたのです。
技術が進歩したために、戦争の規模が大きくなり、戦闘の方法が残酷になり、被害者が多数になって、人類は相互殺戮さつりくによる恐怖におびえている。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
そしてすぺいんに闘牛という「聖なる殺戮さつりく」があとを絶たないあいだ、過ぎし日バイ・ゴン・デイスを盲愛するこの国の人々は、銘々がめいめいの魂の全部をあげて
きに奇貨きかとし重んじたるの敵国の人物をもくして不臣不忠ふしんふちゅうとなえ、これを擯斥ひんせきして近づけざるのみか、時としては殺戮さつりくすることさえすくなからず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
刑者にとつて殺戮さつりくは欲する所ではない。被刑者がもしその苦痛に堪へず宗門を「転ぶ」と一言云ふならば彼等はすぐその場に刑をとかれるのである。
いなそれのみならず殺戮さつりくの先登者として、生きんがための行動者として、今や三島由紀夫は完全な自覺と決意とをわがものにしたと言つていいだらう。
どうせ、駄目なものは苦しませぬようにと、野獣にも友愛の殺戮さつりくがある。医師にも、陰微な愛として安死術がある。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私がこの書を書いたのは、日本の文壇に自然主義が横行して、すべての詩美と詩的精神を殺戮さつりくした時代であった。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
唯一の理由なる生命の回復、或は持続を、平然と裏切って、かえって之を殺戮さつりくすることによってのみ成り立ち得る。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
教授は、殺戮さつりくに対する自分の側の不備をちゃんと知っていた。ところで、漁夫のほうも教授がこれから何をしようとしているのか、すぐ察してしまった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もちろん土人たちに教えられずとも、類人猿にあらずして何者がかくまでも惨酷なる殺戮さつりくをなし得たであろう。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
大きくすれば味方に怪我人の出るのは言うまでもないこと、捕り手のうちにも殺戮さつりくされる者が出るに違いない。
し又すべての文学者ぶんがくしや一時いちじ殺戮さつりくすれば其死屍しゝは以て日本海につぽんかいうづむべく其は以て太平洋たいへいよう変色へんしよくせしむべし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
何かしら血を湧かせ、何かしら心を踊らせ、何かしらゾクゾクさせるものを、女性殺戮さつりくから彼は感じられた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
逸楽と殺戮さつりくとの幻覚を胸にはらんでる巨大なねこのように、内に思いを潜めながら影の中にうずくまってる民衆の姿を、クリストフは眼に見るような気がした。
破壊と殺戮さつりくを行ない、自分の徳をうしなって子孫まで絶やしてしまうのですが、それもつまりは財宝を軽んじて名誉を重しとする、その惑いのせいであります。
西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮さつりくを行ない始めてから文明国と呼んでいる。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
しかし、今や彼らは連戦連勝の栄光の頂点で、ことごとく彼らの過去に殺戮さつりくした血色のために気が狂っていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし、今や彼らは連戦連勝の栄光の頂点で、尽く彼らの過去に殺戮さつりくした血色のために気が狂っていた。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ところが漢奸かんかんだというので漢口の附近で一網打尽に殺戮さつりくされたらしい。漢口の山の中に伝書鳩の箱や設備が残っていたということだが、全然それきり消息がない。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
遂にこれを殺戮さつりくするか、または奴隷として虐使するのが、殊に原始時代にあっては普通の人情であろう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
田崎は例の如く肩をいからして力味返った。此の人は其後そのご陸軍士官となり日清戦争の時、血気けっきの戦死をげた位であったから、殺戮さつりくには天性てんせいの興味を持って居たのであろう。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
数からいって殺戮さつりくからいってそれは一つのアウステルリッツもしくはドレスデンであった。
十一月二十六日より二十九日にわたって数万のフランス兵が殺戮さつりくされあるいは溺死できしした。
ことごとくこれを打払い、我より行かんとするものは、悉くこれを禁じ、その禁を侵すものは、これを遠島えんとうし、これを殺戮さつりくし、はなはだしきは磔刑たっけいに処し、しこうしてさらに五百石以上の軍船
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
だからこの八部衆の悪神と合戦をやってその悪神等を殺戮さつりくしてその降霰こうさん防禦ぼうぎょしなくてはならないということを主張するところから、その防禦に従事するところの僧侶が出来た。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
自分は自分の内の愛を殺戮さつりくするために、忍びやかに苦痛を感じてはいなかったろうか。
自己の肯定と否定と (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
たった一人のために数十人を殺戮さつりくするという、残虐ざんぎゃくと滑稽のまじりあったふしぎな味。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
当時殺戮さつりくを好む秀次のために、罪なき者を害し給うのは不便ふびんであるからと、毎日牢屋から一人ずつ罪人を引き出して献じたところ、大坂、伏見、京、堺の牢の者共を悉く斬り盡し
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
マリウス敗れて此河岸に濳み、萬死を出で一生を得て、難を亞弗利加アフリカに避けしが、その翌年土を捲きて重ねて來るや、羅馬府を陷いれ、兵をはなちて殺戮さつりくせしむること五日間なりき。
そうした政治的な殺戮さつりくの中にとりかこまれて生長したのだから並々の生涯ではない。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
殺戮さつりくの奇巧なるものに至つては、晴天白日のもとに巨万の民を殺しつゝあるなり。
最後の勝利者は誰ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
恐ろしい戦争の殺戮さつりく無辜むこのものの流るゝ血、乃至ないしは新しい恐ろしい思潮、共同生活を破壊する個人思想、意志と魂との扞格かんかく、さういふものがこの世界にあらうなどとは夢にも知らずに
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
それを人間同士殺戮さつりくの道具に造るなんていうことが、罰が当らないで済むものですか、やがて、欧羅巴がいい見せしめです、東洋の方々よ、東洋は欧羅巴に比べると、遥かに偉大なる宗教
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして、インド、アフリカ、ラテン・アメリカ等の植民地大衆は、今日第一次世界戦争の時のように従順に、帝国主義戦争の尨大な予備軍として利用され殺戮さつりくされる事はがえんじないだろう。
一九三二年の春 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
秘密警察の殺戮さつりくや拷問等々がそこにはあって、「自由の女神」や、フォード工場や、「飢える自由」や、政府の政治をどんなに否定的にでも批判する自由等々がそこにあるはずはありません。
清水幾太郎さんへの手紙 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
いつ炸裂さくれつするかわからない、血みどろで兇悪な手あたりしだいのものを破壊し殺戮さつりくしたい願望、そんな危険を内包したダイナマイトみたいに、私は彼らの中にいて、しかも彼らから離れている。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)