歯牙しが)” の例文
旧字:齒牙
その黙々たる優秀者らが潜み込んでる薄明の境は、彼には息苦しかった。堅忍主義は、もう歯牙しがを失ってる人々にはよいことである。
咎立とがめだてをしようといっても及ぶ話でないとあきらめて居ながら、心の底には丸で歯牙しがに掛けずに、わば人を馬鹿にして居たようなものです。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と堀尾君は鄭重にお辞儀をしたが、諸君は一斉に頷いたばかりで歯牙しがにかけない。直ぐもとの姿勢に戻って、れ/\仕事や雑談を続けた。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
貴様きさまの言うごとくみずから天下を料理する考えを真面目まじめに有するなら、長州家老ちょうしゅうかろう適否てきひのごとき歯牙しがにかくるにあたいなきものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「なんの、人の世じゃ。とりわけ順慶のごときは、人の中でも、最もありふれた人柄。あれのやりそうなことよ。たれが歯牙しがにかけようぞ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むす子は歯牙しがにかけず、晴々と笑っていて、「いいものを見せましょうか」と、台所から一挺いっちょう日本の木鋏きばさみを持ち出した。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私はこん度は、まるでそんな男のことは歯牙しがにもかけていないといった風に高飛車に出ました。彼女は蜜柑みかんを食べながら私の顔もみずに言いました。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
狐に関する迷信の類は最初から歯牙しがにかけず、ほんの一座の座興にお角を怖がらせてみたものとしても、人と獣の区別を判断し損ねたということは
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのときマダムは「フン」といったような顔をして、まるで歯牙しがにかけないで、マニキュアを続けているのである。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蒼白そうはくなやせたその顔には、妻を歯牙しがにもかけないごうまんさと、人間的な冷酷さがみなぎっているように見えた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
そんな人はそんな事は歯牙しがにかけるに足らないことのように云いもし思いもしながら、衷心の満ち足らなさから、知らず知らずそれを歯牙にかけている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
なにしろ、独り身で金の使いようもないうえに、週給五百ドルをもらう折竹のことであるから、たかが、千ドルや二千ドルなら歯牙しがにかけるにも当らない。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
相手が余人ならばおそらく歯牙しがにもかけなかったことでしょうが、どうかして一度抜けがけの功名をしてやろうやろうと、栃眼とちまなこになっている敬四郎でしたから
そういう利己主義は己にもある。あの時己は理性の光に刹那の間照されたが、歯牙しがの相撃とうとするまでになった神経興奮の雲が、それを忽ちおおってしまった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だから、与吉がこうやってころげこんでくるのは、目下もっか八方ふさがりの証拠で——もっとも、相手が与の公ですから、お藤姐御はてんで歯牙しがにもかけていない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼のもたらす首尾についての集りではなかったのか。むしろその態度には、彼の帰着なぞは歯牙しがにもかけぬ無関心さが読みとれた。並んだ背中がそれを語っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
袋猫々なる迷探偵などは歯牙しがにもかけていないそうで、袋めは奇賊烏啼を捕えて絞首台へ送ってみせると日頃から宣伝をおこたらず、その実一度だって捕えたこともなく
歯牙しがにも掛けずありける九州炭山坑夫の同盟罷工今やまさに断行せられんことの警報伝はるにおよんで政府と軍隊と、実業家と、志士と論客とな始めて愕然がくぜんとして色を失へり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
率直にいって、遠州の如きは歯牙しがにかけるほどのものでさえないと思われてならぬ。今日遠州流と呼ばれるものは茶道にも華道にもあるし、遠州好みといわれる品々が数々残る。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「彼は、狩うどは信心ぶかい人間ではないという、聖句などは歯牙しがにかけなかった。」
曾ての同輩は既にはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙しがにもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才しゅんさい李徴の自尊心を如何いかきずつけたかは、想像にかたくない。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それは諸君のような議論が出て来ない間は、本来の平凡な言葉として歯牙しがにかけるに足らないであろうが、ひとたびそれらの説が現れ来ることにってにわかに表面にその光を現して来る。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
歯牙しがにもかけたくない、生若い男女の学生が、たとい貴族の子女であるにしろ、今日の会場の中央まんなかで、たとい自分の顔を見知らぬにせよ、自分の目前で、自分の生活をののしるばかりでなく
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼はてんから歯牙しがにかけなかったばかりか、その種の話がまずたいていは、御自身その腕さえあれば悪事を働きたくってうずうずしている連中の創作にかかるものであることも承知していた。
日本の僧侶など一向歯牙しがにも掛けなんだらしいが、それは洋人が、『古事記』『日本紀』を猥雑わいざつ取るに足らぬ書と評すると一般で、余が交わった多くのインド学生中には羅摩の勇、私陀の貞
然し勿論そんな些事さじ歯牙しがに掛ける秀吉では無い。秀吉が氏郷を遇するに別に何も有った訳では無い、ただことに之を愛するというまでに至って居らずにいささか冷やかであったというまでである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は、初めて、彼が、ほとんど、歯牙しがにもかけなかった、低級な人間の中に、高級な彼をも威圧して射すくめてしまうだけの威厳を見た。それは、全く、何も持っていない、一人ひとりの労働者だ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
歯牙しがにもかけない。すくなくともかけていないポーズを取っています。
凡人凡語 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
広海屋は、歯牙しがにかけぬように笑って、杯に注がせて、口に運んだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
山のうるはしとふも、つちうづたかき者のみ、川ののどけしと謂ふも、水のくに過ぎざるを、ろうとして抜く可からざる我が半生の痼疾こしつは、いかつちと水とのすべき者ならん、と歯牙しがにも掛けずあなどりたりしおのれこそ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いかにも先方は恐れ入ったように聞こゆるけれども、さて先方にただしてみると、一こうやられたともなんとも歯牙しがにかけないでおることがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
畢竟ひっきょう、これはみな大塔ノ宮の背後力によるものと人は察した。高氏もそう解した。直義ただよし、師直らは、うすら笑って、歯牙しがにもかけぬ風だった。
きつねおおかみや角のある家畜、鋭い歯牙しがをもった動物や非凡な胃袋をもった動物、食うためにできてる動物や食われるためにできてる動物、それらが
瀬戸君はこの会話を全く余所よそに、ポケットから洋書を出して読み始めた。二人を歯牙しがにかけないという態度だった。吉川君は安達君に目まぜをした。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もとより歯牙しがにかくるに足らず、竜之助は邸へ帰った時分には、そんなことは人にも話さなかったくらいですから道で忘れてしまったものと見えます。
この一段にいたりて、かえりみて世上の事相をれば、政府も人事の一小区のみ、戦争も群児のたわむれことならず、中津旧藩のごとき、なんぞこれを歯牙しがとむるにらん。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
無論その表書き通りであったら、たやすく開門させることは困難であろうと思われたのに、しかし退屈男は、まるでその制札なぞ歯牙しがにもかけないといった風でした。
二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄いてきの犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙しがにかける人はありそうもない。
津浪と人間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一日々々と、ひとりでに軽んじる気持になっていた。殊にこういう多勢で向い合ったときには、もはや歯牙しがにかけるほどのものでも無い。ふふん——と彼は鼻で笑った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
元より歯牙しがに掛ける必要もないのだが、かし此頃娘共のはなしして居た所を聞くと、近来教会においても、耶蘇ヤソ教徒は戦争に反対せにやならぬなど、無法なことを演説すると云ふことだが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
羊の皮をかぶって来たおおかみ面皮めんぴを、真正面から、引きいだのであるから、その次ぎの問題は、狼が本性を現して、飛びかゝって来る鋭い歯牙しがを、どんなに防ぎ、どんなに避くるかにあった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
歯牙しがに懸けるには足りない。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「彼らはなんと一生懸命にみつくことだろう!」と彼は言った。「全身歯牙しがとなっている、小人どもが……。」
玄蕃のために、あたまからがんと喝破かっぱされて、手痛く参ったようにも見えるし、反対に、冷眼一瞥れいがんいちべつ、相手を歯牙しがにもかけていないとも見られるのである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人間の体躯たいくも骨ばかりでは用をなさぬ、筋肉もあれば脂肪しぼうもある、腹やももが柔であるから、人体は柔であるといえぬ。つめ歯牙しががあるから剛だともいわれぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかし歯牙しがにかけないというふうを示す為めに、泰然としてレシーバーをかぶろうとした。
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
むろん阿賀妻は見向きもしないし、歯牙しがにもかけていなかった。気もつかなかったのだ。彼はまた彼自身の問題に囚われていた。たもとのなかに腕を組んで、ぼんやり、疲れたようにつっ立っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
もとより高尚なる理論上よりいえば、位階勲章の如き、まことに俗中の俗なるものにして、歯牙しがにとどむべきに非ずというといえども、これはただ学者普通の公言にして、その実は必ずしも然らず。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、義貞のこだわりは歯牙しがにもかけられず、話はすぐほかの実際的な軍議のほうへすすんでいた。
「じつに、不埒ふらち極まる武芝です。上命を無視し、中央の辞令などは、てんで歯牙しがにもかけません」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)