握飯むすび)” の例文
いずれも握飯むすび鰹節かつおぶしなぞを持って、山へ林へと逃げ惑うた。半蔵の家でもお民は子供や下女を連れて裏の隠居所まで立ち退いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人の犬殺しは尋常の犬殺しにかかるつもりで、左右から歩み寄って、一人は例の握飯むすびを投げて、一人は投網とあみを構えるように口環を拡げて
「有難うござります、有難うござります。今日の生命いのちはこの握飯むすび一つで生きながらえることが出来まする。ああ有難や有難や」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それとは反対にその家が火災水災にあい、多くのそとの人がきて働いてくれた時にも、成功不成功にかかわらず、やはり焚出たきだしの握飯むすびと酒とがでた。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
谷底の木暗いしじまで握飯むすびを食べ終ると、龍然は凡太にもすすめておいて、自分は平たい岩塊の上へ仰向けに寝転び、やがて深い睡りに落ちてしまつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
傳「うだい、大変大きな握飯むすびじゃないか、もっと幾つにもしてくれゝばいゝに、梅干は真赤まっかで堅いねえ、あゝすっぱい、案内者あんないしゃさんの握飯は大きいねえ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
釣竿つりざおみたいな物の先に、稗米ひえまい握飯むすび梅干うめぼしの入ったのを一つ、竹の皮にくるんで誰か窓から吊り下げてくれた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ですから御飯になさいなね、種々いろんな事をいって、お握飯むすびこしらえろって言いかねやしないんだわ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
工事中の新築の階下へ行って見ると、材木や煉瓦やセメント樽を片寄せて炭火を焚いてる周囲に店員が集って、見舞物の握飯むすびや海苔巻を頬張ったりするめを焼いたりしていた。
……ひえか麦のまずしい握飯むすびを、尊い玉ででもあるかのように両手で捧げ持っている敬虔なようすも、見るたびに、無垢な感動を、キャラコさんのこころのなかにひきおこす。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お昼頃になると、二人は堤の上へあがつてお弁当のお握飯むすびを出して食べました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
何を食ってこんな人が生きていられたろう。それには家のものが握飯むすびを二日分ずつざるに入れ、湯は土瓶どびんに入れて、押入れに置いてくれる。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
来てみて、はじめて口あんぐりと握飯むすびを食う始末……焼跡をうろついて、あやしまれでもしては、このうえ気のかない骨頂。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この世はほんとに餓鬼がき地獄じゃ! さあさあ握飯むすびをやるほどに早く一つずつ取るがよい……才蔵才蔵その袋から握飯を取り出してやるがよいぞ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
といいながら両人ふたりが弁当をけると、大きな握飯むすびが二つと、梅干の堅いのが入れてある。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こんなことをいっては申し訳ないのだが、その握飯むすびは、びっくりするほど黒い色をしている。それに、二つに割ったそのしんには、何ひとつ慰みになるようなものもはいっていない。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かぞえれば七月の十五日、老先生の百日の期限までには、ちょうど後三十一日だ。不思議、不思議、誰がどうして、そんなことまで知っているのだろう。そしてこの握飯むすびをおれにすすめるのだろう
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みんなが言いおるには、はやく地蔵様へ行って寝ろと言う故、礼を言うて、この小屋を出ると、ひとりが呼び留めて、大きな握飯むすびを三ツくれた。
と言って、年長としうえの婦人は寂しそうに笑った。山歩きでもするように、宿から用意して来た握飯むすびがそこへ取出された。肥った女学生は黙って食った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして元気が恢復かいふくする。それで城下の人々は老人のくれるその握飯むすびを、「生命いのち握飯むすび」と噂した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
少し待ってろ、其の間にどうせ山越しで逃げなければ成らぬから、草鞋わらじに紐を付けて、竹皮包かわづゝみでも宜いから握飯むすびこしらえて、松魚節かつぶしるからな、食物くいものの支度して梅干なども詰めて置け
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
握飯むすびは子供の握りこぶしほどの大きさしかないので、まもなくすんでしまう。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
がぶと、茶を飲んでは、握飯むすびを食っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
という母親おふくろの言葉に、お隅は握飯むすびを取って、源の手に握らせました。源は夢中で、一口それを頬張って、ぷいと厩の方へ駆出して行って了いました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
抑えられた猿は苦しさに絶叫したけれど、浅ましいことに、胡麻のついた握飯むすびをその手から放すことではありません。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに食物くいものも何も喰いませんから腹の減った事を打明けて頼んでねえ、どうも斯う腹が減っては狼が来ても逃げる事が出来ませんから、ず其の前に握飯むすびでも何でも喰いたいあゝ喰いたい
儉約なお婆さんは、それを握飯むすびに丹精して、醤油で味を附けまして、熱い火で燒いたのをお茶の時に出しました。
籠の中から取り出したのは竹の皮包の握飯むすびでありました。これはこの者どもの弁当ではなくて、犬をなつけるために、ワザワザ用意して持って来たものらしくあります。
と云って少しも構いませんから、隣近所から恵んでくれる食物たべものようやく命をつないで居ります。或日の事、おあさが留守だから隣にいる納豆売の彦六ひころく握飯むすびこしらえて老母の枕許まくらもとへ持って来て
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
田中から直江津行の汽車に乗つて、豊野へ着いたのは丁度正午ひるすこし過。叔母が呉れた握飯むすび停車場ステーション前の休茶屋で出して食つた。空腹すきばらとは言ひ乍ら五つ迄は。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ことに最後に握飯むすびを差入れろということは、かなり虫のいい注文だと思いました。しかし腹が減っているだろうから、それも無理のない注文だと同情する者もありました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うもわたくしはらつて歩かれませぬ、其上そのうへ塩梅あんばいわるうございまして。とふから仕方しかたなしに握飯むすび二個ふたつぜにの百か二百ると当人たうにんは喜んで其場そのば立退たちのくといふ。これ商売しやうばいになつてました。
行倒の商売 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
塩の握飯むすびをくれとでも言って、今にも屋外そとから帰って来るような気がしますよ——わたしはあの塩の握飯の熱いやつを朴葉ほおばに包んで、よく子供にくれましたからね。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いい男が、いいかげん気取ったしなをして、懐中から取り出した一物が何かと見れば、それはつけ焼きの握飯むすびであって、それをその男が二つばかり、もろにかじってしまいました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此の上は死ぬより外はないと仰しゃるのを聞いて、長家中の者がお気の毒に思い、折々おり/\食物たべものを進ぜました、今日こんにちも納豆売の彦六おやじ握飯むすびを御老母に上げてる処へ、おあさ殿が帰って来て
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
吸い物のさらを出す前に持って来るパンは、この国のことで言って見るなら握飯むすびの代わりだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
握飯むすびなり、おかちんなり、ほんのしのぎになるだけ——お松にでもお言いつけ下さって、あの、こちらのお庭の臥竜梅がございます、あの梅の大木のうつろの中へ、明晩でもひとつ……
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ばんちやうにて倒候たふれさふらふせつは、六しやくぼうにて追払おひはらはれ、握飯むすび二個ふたつ番茶ばんちやぱい
行倒の商売 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
石工いしくの坐ったと思われるところのむしろの上へ米友は坐り込んで、背中の風呂敷から、お角の家でこしらえてもらった竹の皮包の胡麻ごまのついた握飯むすびを取り出して、眼を円くしていましたが
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と叔父夫婦は気をんで、暦を繰つて日を見るやら、草鞋わらぢの用意をして呉れるやら、握飯むすびは三つも有れば沢山だといふものを五つもこしらへて、竹の皮に包んで、別に瓜の味噌漬みそづけを添へて呉れた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
亥「云われて始めて腹が減った、そんなら森松、握飯むすびでも呉れや」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのつもりで、さっき、握飯むすびを三つ四つこしらえてもらってあるから、あれをかじって江戸まで行けば、それから先はお膝元だ。どっちへころげるかがんりきの運試し、兄貴、またあっちで会おう
「源、おめえ握飯むすびはどうだい。たべろよ。沢山たんとあって残っても困るに」
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と二人とも十箇とおばかりの握飯むすびさいまで残らずしょくしてしまいました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それからついでに、お握飯むすび沢庵たくあんをつけて三つ四つ差入れてもらいてえ
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と云いながら、握飯むすびをポカーリッとほうり付けました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おいらがここに置いた、胡麻ごまのついた握飯むすびを盗んで行きやがった」
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)