手数てすう)” の例文
旧字:手數
なぐるなんと云う余計な手数てすうは掛けない。そんな無駄をする程なら、己は利足りそくの勘定でもする。女房をもその扱いにしていたのだ。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「何そんな手数てすうのかかる事をしないでも出来ます。中学校の生徒に白木屋の番頭を加えて二で割ると立派な月並が出来上ります」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが、或人の説によると、そんなに手数てすうの要る事をするよりも、その注射代だけ手土産てみやげを持つて往つた方が、屹度きつと女の気に入るといふ事だ。
大きな声では申されませぬが私共わたくしどもの考えますには無益なものに手数てすうをかけて楽しんでいられるようなら此様こんな結構な事はないじゃ御座いませんか。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
消毒の係りはただちに疵口きずぐちをふさぎ、そのほか口鼻肛門こうもん等いっさい体液の漏泄ろうせつを防ぐ手数てすうをとる。三人の牧夫はつぎつぎ引き出して適当の位置にすえる。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「これは有難い、私も今りょう三日すると、満行になるが、急に往かねばならぬことになったから、手数てすうをかけた」
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とにかく外見は友人のために時間や手数てすうをつぶしている、しかし事実は友人のためにおとあなを掘る手伝いをしている、——あたしもずいぶん奮闘主義ですが
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
文「新兵衞殿、ようお出で下された、かく成りはつるも自業自得、致し方がござらぬ、最早出帆の時刻、お役人にお手数てすうをかけては相済まぬから、早くお帰り下さい」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いま調理法ちょうりほうたいへん手数てすうのかかるものであることはうすうす想像そうぞうされるのでございます。
さぎの方はなぜ手数てすうなんですか」カムパネルラは、さっきから、こうと思っていたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
もち円形まるきが普通なみなるわざと三角にひねりて客の目をかんとたくみしようなれど実はあんをつつむに手数てすうのかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「待ちたまへ、味噌漬ならあえてお手数てすうに及ぶまいと思ひます。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぬい子 それだけの手数てすうをはぶくつもりなのよ。
昨今横浜異聞(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
これはまるで無駄な手数てすうだった。プロテウスに
もう、お手数てすうはかけません。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
主人にあてつけるに手数てすうは掛らない、ちょっと八っちゃんに剣突けんつくを食わせれば何の苦もなく、主人のよこつらを張った訳になる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これら新案の設色法は思ふに肉筆の制作と異なりてなるべく手数てすうを簡略ならしめんとする彩色板刻の技術上偶然の結果に出でたるや知るべからず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「さうか、それはいゝ事をしたね。私もお前にそんな手数てすうをかけても済まないから、いつそかない事にしよう。」
八 何ゆゑに文語を用ふると皮肉にも僕に問ふ人あり。僕の文語を用ふるは何も気取らんが為にあらず。唯口語を用ふるよりも数等手数てすうのかからざるが為なり。
病中雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ええ、毎日注文ちゅうもんがあります。しかしがんの方が、もっと売れます。がんの方がずっとがらがいいし、第一だいいち手数てすうがありませんからな。そら」鳥捕とりとりは、またべつの方のつつみをきました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
林「うむ、少しは疵も付いたろう、自業自得じごうじとくだ、誰をうらむところがあるか、神妙にお縄を頂戴しろえ、これ友之助、大切たいせつな御用だぞ、かみへお手数てすうの掛らねえように有体ありていに申上げろよ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ほう火竜かりゅう他方たほう水竜すいりゅう——つまりよういんとのべつはたらきがくわわるから、そこにはじめてあの雷鳴らいめいだの、稲妻いなづまだのがおこるので、あめくらべると、この仕事しごとほうはるかに手数てすうがかかるのじゃ……。
「また手数てすうをかけるそうでございますね、顔ににあわないごうつくばりですね」
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかしちょっとした手数てすうを面倒がらないで
迷亭は何にも云わないで箸を置いて胸を二三度たたいたが「奥さんざるは大抵三口半か四口で食うんですね。それより手数てすうを掛けちゃうまく食えませんよ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あれがなくなつたら、山ばかりでなく、向うに光つてゐる大竹藪おほたけやぶもよく見えるやうになるだらう。第一その方が茶席を造るよりは、手数てすうがかからないのに違ひない。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そして霊魂たましひられたり、外套をぱがされたりする。農夫ひやくしやうといふものは、四福音書へ出るにも、探偵小説へ出るにも、ごく日当がやすくて、加之おまけに物が解らないから手数てすうが掛らなくていゝ。
文「何から何までお手数てすうをかけまして恐入ります、わたくしは気付には及びませぬ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「やれやれ、これもまた手数てすうをくうな」
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところが案外なもので、まず護謨ゴムを植えるための地面を借り受けるのにだいぶんな手数てすうと暇がる。それから借りた地面を切り開くのが容易の事でない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こう云う手数てすうをかけてまでも、無理に威厳を保とうとするのはあるいは滑稽こっけいに聞えるかも知れない。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
決してそこの戸を閉めておくやうな手数てすうのかかる事はしなかつた。
彼らの多くは全く私の知らない人で、そうして自分達の送った短冊を再び送り返すこちらの手数てすうさえ、まるで眼中に置いていないように見えるのだから。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手数てすうの懸らない人だな、養子には打つてつけさ。」
実は自分がこれだけの結論に到着するためには、わずかの時間内だがこれほどの手数てすうと推論とを要したのである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから死に近づきながら好い心持に、三途さんずのこちら側まで行ったものが、順路をてくてく引き返す手数てすうはぶいて、急に、娑婆しゃばの真中に出現したんである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この手紙の内容は御退院を祝すというだけなんだから一行いちぎょうで用が足りている。従って夏目文学博士殿と宛名を書く方が本文よりも少し手数てすうが掛った訳である。
「ずいぶん手数てすうがかかるもんだね。我々の職業も根気仕事だが、君のほうはもっと激しいようだ」
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは少し手数てすうが掛るなと思っていると、それからふんをして籠をよごしますから、時々掃除そうじをしておやりなさいとつけ加えた。三重吉は文鳥のためにはなかなか強硬である。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
連中は三人だから、一人が一つの馬に乗るとすれば、三匹る訳になる。この茫漠ぼうばくたる原の中で、生きた馬を三匹生捕いけどるとなると、手数てすうのかかるのは一通りではあるまい。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は主婦としていつもやる通りの義務を遅いながら綺麗きれいに片づけた。津田がいないので、だいぶはぶける手数てすうを利用して、下女もわずらわさずに、自分で自分の着物を畳んだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうじゃ無いのよ。あんまり手数てすうがかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、みんめていらしったわ」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誤解交ごかいまじりのこの評判が、どこからどうして起ったかを、ひとに説明しようとすれば、ずいぶん複雑な手数てすうがかかるにしても、彼の頭の中にはちゃんとした明晰めいせきな観念があって
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先生から手紙がくれば差支さしつかえがあって稽古けいこができないと云うことと断定して始めから読む手数てすうはぶくようにした。たまに驚いた婆さんが代筆をする事がある。その時ははなはだよく分る。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどもそこには東京ものの持って生れた誇張というものがあった。そんなに不完全なものですかと訊いてみようとしてそこに気のついた津田は、腹の中で苦笑しながら、質問をかける手数てすうはぶいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)