所為せゐ)” の例文
旧字:所爲
「それであの人達が苦んでゐるのは、結局今更どうにもしやうのない秘密の世界をお互して作りあげてしまつた所為せゐだと思ふのよ、」
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
三四郎は日英同盟の所為せゐかとも考へた。けれども日英同盟と大学の陸上運動会とはどう云ふ関係があるか、とんと見当が付かなかつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
其頃もう小皺が額に寄つてゐて、持病の胃弱の所為せゐか、はだ全然まるで光沢つやがなかつた。繁忙いそがし続きの揚句は、屹度一日枕についたものである。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「そんなに言ふのなら、かへつて阿父さんに話をして見やうけれど、何もその所為せゐで体が弱くなると云ふ訳も無かりさうなものぢやないか」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ロダン翁は老齢とし所為せゐで少し日常の事には耄碌まうろくの気味だから、逢ふ度に初対面の挨拶をしたり以前の話を忘れて居たりして訪客はうかくを困らすが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
窓に金網が張つてあるのでせう。其網の目をもるあかりで細かい仮名を読んだ。其の所為せゐで、恐ろしい近視眼ちかめ、これは立女形たてをやまの美を傷つけて済みません。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其が見えたり隠れたりするのは、この夜更けになつて、俄かに出て来た霞の所為せゐだ。其が又、此冴え/\とした月夜を、ほつとりと暖かく感じさせて居る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
尤も此友人は倫敦に永く居た人で英文に堪能である所為せゐもあらうが、中々巧く書いてある、してその言草が好いぢやないか、エスペラントの容易やさしいのには驚いたトかうだ。
エスペラントの話 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
其日そのひねむい所を無理に早くおこされて、寐足ねたらないあたまかぜかした所為せゐか、停車場にころかみの毛のなか風邪かぜいた様な気がした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
不得手なのは攀木きのぼり駈競かけつくら。あれだけは若者共にかなはないと言つてゐた。脚が短かい上に、肥つて、腹が出てゐる所為せゐなのである。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
新聞社と雑誌社から頼まれて夜分遅くまで投書の和歌を添削する所から其の安眠不足などの所為せゐで、近年滅切めつき身体からだが痩せこけて顔色も青褪あをざめて居る。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
それは病気の所為せゐだ、脳でも不良わるいのだよ。そんな事を考へた日には、一日だつて笑つて暮せる日は有りはしない。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「いつたい遠野は何のために今朝やつて来たのだ。」それを苛々いら/\と考へながら道助は跳ね上るやうに半身を起こした。昨日の酒の所為せゐか頭が石のやうに重い。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
こゑこもつてそらひゞくか、天井てんじやううへ——五階ごかいのあたりで、多人数たにんずうのわや/\ものこゑきながら、積日せきじつ辛労しんらう安心あんしんした気抜きぬけの所為せゐで、そのまゝ前後不覚ぜんごふかくつた。……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夜がけて、四隣あたりが静かな所為せゐかとも思つたが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、あばらのはづれにたゞしくあたおとたしかめながらねむりに就いた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お八重は此反対に、今は他に縁づいた異腹はらちがひの姉と一緒に育つた所為せゐか、負嫌ひの、我の強い児で、娘盛りになつてからは、手もつけられぬ阿婆摺あばずれになつた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『あゝ、阿父さんの所為せゐでも無い、阿母さんの所為せゐでも無い、わしの所為せゐでも無い。みんな彼奴あいつのわざだ。みつぐ意久地いくぢがあるなら彼奴あいつさきるがいゝ。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
それだから所謂いはゆる『娘らしい』ところが余り無い。自分の思ふやうに情が濃でないのもその所為せゐか知らんて。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いや、行燈あんどうまた薄暗うすくらくなつてまゐつたやうぢやが、おそらくこりや白痴ばか所為せゐぢやて。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「お天気の所為せゐかな。」と道助は歩きながら考へた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
其眼そのめが血ばしつてゐる。二三日ねむらない所為せゐだと云ふ。三千代は仰山なものゝ云ひかただと云つて笑つた。代助は気の毒にも思つたが、又安心もした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
倫教ロンドン巴里パリイに比べて北へ寄つて居る所為せゐか、七月になつても薄寒うすさむを覚える様な気候である。巴里パリイの様に上衣うはぎを脱いでコルサアジユだけで歩く女をだ一人も見受けない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
皆様みなさんお上手よ。私なんか今迄余り加留多も取つた事がないもんですから、敗けてばつかり。』と嫣乎につこりする。ほつれた髪が頬に乱れてる所為せゐか、其顔が常よりも艶に見えた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
呆気あつけとられてる/\うちに、したはうからちゞみながら、ぶくぶくとふとつてくのは生血いきちをしたゝかに吸込すひこ所為せゐで、にごつたくろなめらかなはだ茶褐色ちやかツしよくしまをもつた、痣胡瓜いぼきうりのやうな動物どうぶつ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
所へ汽車が轟と鳴つて孟宗藪のすぐしたを通つた。根太ねだの具合か、土質どしつ所為せゐか座敷が少しふるへる様である。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
窓が多い所為せゐで堂内の明るいのは難有ありがたさを減じる様に思はれた。塔の正面のたんを塗つた三ヶ所の汚れた扉は薄ぐろく時代の附いた全体の石づくりと調和して沈静の感を与へた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『胃の所為せゐですな。』と頷いて、加藤は新しい紛帨ハンケチに手を拭き乍ら坐り直した。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「どうです具合は。頭痛でもしますか。あんまり人が大勢おほぜいゐた所為せゐでせう。あの人形を見てゐる連中のうちには随分下等なのがゐた様だから——何か失礼でもしましたか」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此木田このきだ老訓導は胸の中でう勘定してゐる。その所為せゐでもあるまいが、校長に何か宿直の出来ぬ事故のある日には、此木田訓導に屹度きつと差支へがある。代理の役は何時でも代用教員の甲田に転んだ。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
自惚の所為せゐか、おれの顔より余っ程手ひどく遣られてゐる。おれと山嵐は机を並べて、隣り同志の近しい仲で、御負けに其机が部屋の戸口から真正面にあるんだから運がわるい。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
田舎には稀な程晩婚であつた所為せゐでもあらうか、私には兄も姉も、妹もなくて唯一粒種、きつい言葉一つ懸けられずに育つた為めか背丈だけは普通であつたけれども、ひよろ/\と痩せ細つてゐて
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
こんな、狭くて暗い部屋へ押し込めるのも茶代をやらない所為せゐだらう。見すぼらしい服装なりをして、ズツクの革鞄と毛繻子の蝙蝠傘を提げてるからだらう。田舎者の癖に人を見括つたな。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此批評家の云ふことが、果して真相の解釈であるかうか、是も自分には分らない。唯遠くにゐて、其土地の空気を呼吸しない所為せゐか、ういふ説明は自分から見てうも切実でないやうな気がする。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)