存外ぞんがい)” の例文
正面より見ればまれての馬の子ほどに見ゆ。うしろから見れば存外ぞんがい小さしといえり。御犬のうなる声ほど物凄ものすごく恐ろしきものはなし。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その時の私は父の前に存外ぞんがいおとなしかった。私はなるべく父の機嫌に逆らわずに、田舎いなかを出ようとした。父はまた私をめた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弓馬きゅうばみちれる、武張ぶばったひとではございましたが、八十人力にんりきなどというのはうそでございます。気立きだても存外ぞんがいさしかったひとで……。
存外ぞんがい遅れずにすんだものだ、——中村はこう思ううちにも、ほっとすると言うよりは損をした気もちに近いものを感じた。
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
頭は存外ぞんがいに小柄で、眼を探すのに骨が折れたが、やっとのことでりこんだような黄色い半開きの眼玉を見つけたときには、余りいい気持はしなかった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……凧あげも存外ぞんがいおもしろいものですが、そうしているうちに、チョイとした妙なことに気がついたんです。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
其処そこに四、五年ばかり通学して漢書を学び、その意味をすことは何の苦労もなく存外ぞんがい早く上達しました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この頃体の痛み強く寐返りにいつも人手を借るやうになりたれば傍に人の居らぬ時などのためにかかる窮策を発明したる訳なるが、出来て見れば存外ぞんがい便利さうなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それまで存外ぞんがい平気で仕事を続けることが出来たのですが、さて棺の蓋を取って、もう一つの彼といってもいい、菰田の死骸と顔を合せる際になると、始めて、何かこう
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
酒にかわきぬいていた折なので、気をめながら、宅助、存外ぞんがいに飲んだ様子である。お米も、昨夜以来、何か思案をかえたとみえて、珍しいほど神妙に、時々、しゃくまでしてやった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漸々ぜんぜん話し込んでみると元来傾向が同じであったものだから犬猿どころか存外ぞんがい話が合うので、喧嘩はそう、むしろ一緒にやろうじゃないかという訳になって、爾後じご大分心易くなった。
一體いつたい文學ぶんがくなどいふものは、一人ひとりがよいといひだすと、いつまでもその批評ひひようつゞくものでたれかれも、まへひと言葉ことばからはなれてかんがへることの出來できないものであつて、存外ぞんがいつまらないものでも
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
きみがきてくれて、わたしは、いい協力者きょうりょくしゃができたとおもっている。ひとは、たくさんあっても、信用しんようのおけるひとというものは、存外ぞんがいすくないものだ。」と、いって、主人しゅじんけん一をはげましてくれました。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
まぐろつうから存外ぞんがい等閑とうかんに付されているものは、大根おろしである。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
女学生は蛇や蜥蜴とかげの中にいつまでもじっとたたずんでいる。あすこは存外ぞんがい暮れ易いだろう。そのうちに光は薄れて来る。閉館の時刻じこくもせまって来る。
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かん十二によって日をかぞえる習慣は、南方諸島でも存外ぞんがいに始まりが早く、必ずしも中世の交通によって、輸入せられたともきめてしまわれない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
空には星の光が存外ぞんがい濁っていた。自分は心の内に明日あすの天気を気遣きづかった。すると岡田がやぶから棒に「一郎さんは実際むずかしやでしたね」と云い出した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だがね、用心には用心をするがいいぜ。どんなところに手抜てぬかりがあるまいものでもねえ。早い話がこの俺がだよ。鳥打や背広だけお前達の仲間で、中身は存外ぞんがい敵かも知れないからね」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕等も歩き出したのは勿論もちろんです。松林は路をあましたまま、ひっそりと高い草を伸ばしていました。僕等の話し声はこの松林の中に存外ぞんがい高い反響を起しました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
路は存外ぞんがい広くなって、かつたいらだから、あるくに骨は折れんが、雨具の用意がないので急ぐ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一旦その中心をはずれると存外ぞんがい容易に、そこだけは改まって行くということと、女の子は比較的古い形を守るものだということとが、是だけの材料からでも言いうるかと思う。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
屋根つきの東屋風あずまやふうの共同ベンチの側を通りかかると、その奥の暗いところで喧嘩けんからしい人声がした。この公園の浮浪人共は存外ぞんがい意気地いくじなしで、危な気がないと考えていた紋三は、一寸ちょっと意外な気がした。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、大勢おおぜいの面会人は誰も存外ぞんがい平気らしかった。殊に丹前たんぜんを二枚重ねた、博奕ばくち打ちらしい男などは新聞一つ読もうともせず、ゆっくり蜜柑みかんばかり食いつづけていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これも一つの習慣にはちがいないが、オヤツやお三時の起こりは存外ぞんがいにあたらしいものなのである。以前は食べる日が一年のうちに、指をおってかぞえられるほどしかなかった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その時分は今に比べると、存外ぞんがい世の中がくつろいでいましたから、内職の口はあなたが考えるほど払底ふっていでもなかったのです。私はKがそれで充分やって行けるだろうと考えました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と波越氏は存外ぞんがい呑気のんきな返事である。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は早速さっそく彼と一しょに亀井戸かめいどに近い場末ばすえの町へ行った。彼の妹の縁づいた先は存外ぞんがい見つけるのにひまどらなかった。それは床屋とこやの裏になった棟割むねわ長屋ながやの一軒だった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
病人の枕辺まくらべ存外ぞんがい静かであった。頼りなさそうに疲れた顔をしてそこに坐っている母を手招てまねぎして、「どうですか様子は」と聞いた。母は「今少し持ち合ってるようだよ」と答えた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この手ぬかりを見た水兵たちの一人は砲身の上へまたがるが早いか、身軽に砲口まで腹這はらばって行き、両足でふたを押しあけようとした。しかし蓋をあけることは存外ぞんがい容易には出来ないらしかった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
踏む石は天鵞毧びろうどのごとくやわらかと見えて、足音をしょうにこれをりっすれば、動かぬと評しても差支さしつかえない。が輪廓は少しく浮き上がる。余は画工だけあって人体の骨格については、存外ぞんがい視覚が鋭敏である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ細い釣竿つりざおにずっと黄色をなするのは存外ぞんがい彼にはむずかしかった。蓑亀みのがめも毛だけを緑に塗るのは中々なかなかなまやさしい仕事ではない。最後に海は代赭色である。バケツのさびに似た代赭色である。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
従兄いとこはこの窓の向うに、——光の乏しい硝子ガラス窓の向うに円まるとふとった顔を出した。しかし存外ぞんがい変っていないことは幾分か僕を力丈夫にした。僕等は感傷主義をまじえずに手短かに用事を話し合った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はいつもとこの上に細いひざいたまま、存外ぞんがい快濶かいかつに話したりした。しかし僕は部屋の隅に置いた便器を眺めずにはいられなかった。それは大抵たいてい硝子ガラスの中にぎらぎらする血尿けつにょうかしたものだった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、ちょっとためらったのち存外ぞんがいはっきり返事をした。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)