向脛むこうずね)” の例文
沖の方を向いて立っていると、ひざの所で足がくの字に曲りそうになります。陸の方を向いていると向脛むこうずねにあたる水が痛い位でした。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ごつんと向脛むこうずねを一撃される。探偵はひっくりかえる。と、横面をガーンと靴で蹴あげられ、探偵は気が遠くなってふらッとなった。
ゆかに穴がいていて、気をつけないと、縁の下へ落ちる拍子ひょうしに、向脛むこうずね摺剥すりむくだけが、普通の往来より悪いぐらいのものである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
がら/\/\と位牌が転がり落る騒ぎ、何うかうか逃げましたが、いまだに経机の角で向脛むこうずねを打ったきずは暑さ寒さには痛くってならねえ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この坊様ぼんさまは、人さえ見ると、向脛むこうずねなりかかとなり、肩なり背なり、くすぼった鼻紙を当てて、その上から線香を押当てながら
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あすここそ頂上に相違ないと、余りの嬉しさに周章あわてたものか、吾輩は巌角いわかどから足踏み滑らして十分したたか向脛むこうずねを打った。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
この通り向脛むこうずね掻払かっぱらわれて、着物なんぞもズタズタでございます、すんでのことに命を取られるところを、やっとここへ逃げ上ったんでございます
これこそルパンのねらった機会だ。障害物が除去せらるるや否や長靴のさきでドーブレクの向脛むこうずねに得意の一撃を与えた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
賢二といへるは寺内河竹新七じないかわたけしんしちの弟子なればなほ血気盛けっきざかりの年頃なりしが真砂助は先代瀬川如皐せがわじょこうの弟子とやらよほどの高齢なるに寒中も帽子をかぶらず尻端折しりはしょりにて向脛むこうずね
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼はやしきの荒庭の真中に、水のかれた深い古井戸のあることを知っていた。ある日彼は、庭をぶらついていて、態とそこへ足を辷らせ、向脛むこうずねに一寸した傷を拵えて見せた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
荒い型をして見せる時には着流しの裾の間から白い短い腰巻と黒い骨だらけの向脛むこうずねが露出した。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
その愚かな奴らは陸へ上るや否や宝に蹴躓けつまずいて向脛むこうずねをへし折るくらいに思っていたに違いない。
と、叫びながら狂気のように黄は彼女の後を追いかけたが、手擲弾てなげだんのようなマリの靴を向脛むこうずねに見まわれてびっこをひきながら彼は街路に飛出した。野蛮………………マリを跳ねかえした。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
二人とも向脛むこうずね生疵なまきずが絶えないとでもいったような気持がしました。
転げこんだ拍子に、杉田は大きな箱のようなものの角で、いやというほど向脛むこうずねをうちつけ、どたんと床に倒れた。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おれが馳け出して二間も来たかと思うと、廊下の真中で、かたい大きなものに向脛むこうずねをぶつけて、あ痛いが頭へひびく間に、身体はすとんと前へほうり出された。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
音「能く掃除仕やすねえ、墓の間の草ア取って、まてえで向うへ出ようとする時にゃアよく向脛むこうずねッつけ、とびけえるようにいてえもんだが、わけえに能く掃除しなさるのう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
跣足になった脚の向脛むこうずねに注射針を一どきに十筒も刺し通されたほどの痛みを覚えたからだ。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
午飯ひるめしが出来たと人から呼ばれる頃まで、庭中の熊笹、竹藪のあいだを歩き廻って居た田崎は、空しく向脛むこうずねをば笹やいばらで血だらけに掻割かきさき、頭から顔中をくもの巣だらけにしたばかりで
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
この村の何某なにがし、秋の末つ方、夕暮の事なるが、落葉を拾いに裏山に上り、岨道そばみち俯向うつむいて掻込かきこみいると、フト目の前に太くおおいなる脚、向脛むこうずねのあたりスクスクと毛の生えたるが、ぬいとあり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五分刈ごぶがりは向き直って「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸はつかえるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指おやゆび向脛むこうずね力穴ちからあなをあけて見る。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下駄じゃあねえか、下駄じゃあねえか、串戯じょうだんじゃあねえ、何を面啖めんくらったか知らねえが、そいつを懐に入れるだけのひまが有りゃ、あいて向脛むこうずねをかッぱらってげるゆとりはありそうなもんだぜ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元より素足の儘ですから熊笹の根に足を引掛けて爪を引っぱがし、向脛むこうずねをもり/\摺破すりこわし血だらけになりながら七八町も登りますと、くらくって分りませんが山の上は平らで、に掴まってく見ると
旗竿が向脛むこうずねにあたったものらしい。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
障子の影に細長い向脛むこうずねが二本立ったままかすかに動くのが見える。主人はうーん、むにゃむにゃと云いながら例の赤本を突き飛ばして、黒い腕を皮癬病ひぜんやみのようにぼりぼりく。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山牛蒡やまごぼうの葉にていたる煙草たばこを、シャと横銜よこぐわえに、ぱっぱっと煙を噴きながら、両腕を頭上に突張つッぱり、トはさみ極込きめこみ、しゃがんで横這よこばいに、ずかりずかりと歩行あるき寄って、与十の潜見すきみする向脛むこうずね
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
正「わたくし一寸ちょい向脛むこうずねの毛を三本ばかり抜きましょう」
余が廿貫目の婆さんに降参して自転車責にってより以来、大落五度小落はその数を知らず、或時は石垣にぶつかって向脛むこうずねりむき、或る時は立木に突き当って生爪なまづめがす
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……清水谷公園を一廻りに大通を過ぎて番町へ帰ったが、ほっとして、浴衣に着換えて、足袋を脱ぐ時、ちょっと肩をすくめて、まずかかと、それから、向脛むこうずねを見て苦笑したのは、我ながらとぼけている。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おおかた流汗淋漓りゅうかんりんり大童おおわらわとなって自転車と奮闘しつつある健気けなげな様子に見とれているのだろう、天涯てんがいこの好知己こうちきを得る以上は向脛むこうずねの二三カ所をりむいたって惜しくはないという気になる
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
馬蛤の穴を刎飛はねとんで、田打蟹たうちがにが、ぼろぼろ打つでしゅ、泡ほどの砂のあわかぶって転がってげる時、口惜くやしさに、奴の穿いた、おごった長靴、丹精に磨いた自慢の向脛むこうずねへ、このつばをかッと吐掛けたれば
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向脛むこうずね掻払かっぱらって、ぎゃっと傾倒のめらしてくれますわ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)