“向柳原”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
むこうやなぎわら76.9%
むかうやなぎはら15.4%
むこうやなぎはら7.7%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“向柳原”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 彫刻 > 彫刻史 各国の彫刻1.2%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.3%
文学 > 日本文学 > 評論 エッセイ 随筆0.0%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
「わかりますかえ親分、向柳原むこうやなぎわらの叔母の家から来たのじゃないってことが」
「親分、赤い痣のある男が向柳原むこうやなぎわら煎餅屋せんべいやに居ますぜ」
向柳原むかうやなぎはらの伯母さんの家にとぐろを卷いて居るガラツ八の八五郎のところへ、思はぬ人間が飛込んで來ました。
多紀氏では矢の倉の茝庭さいていが三十四歳、向柳原むかうやなぎはらの宗家は前年柳沜りうはんが歿して、暁湖げうこの世になつてゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
五百が山内家をことわって、次に目見めみえに往ったのが、向柳原むこうやなぎはらの藤堂家の上屋敷であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
楽真院は茝庭さいてい、安良は暁湖ぎょうこで、ならびに二百俵の奥医師であるが、彼は法印、これは法眼になっていて、当時くらの分家が向柳原むこうやなぎはらの宗家の右におったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)