凄艶せいえん)” の例文
「あっ——」というと、夜目にもきわだつ凄艶せいえんな顔がむきだされて、頭巾に飛ばされた珊瑚さんごかんざし、お綱に、もうこれまでと思わせた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自動車の中には、中腰になって、洋装の凄艶せいえんなマダムとも令嬢とも判別しがたい美女が乗っていた。しかしなんという真青まっさおな顔だ。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
美青年の美しさを凄艶せいえんと言い得るならば、このお嬢さんの美しさは華麗であった。桃色の牡丹ぼたんの花が今咲きそめたようにあでやかであった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とばかりはたと扇子落して見返りし、凄艶せいえんなる目のうちに、一滴の涙宿したり。皆泣伏しぬ。むかいくるま来たれば乗りて出でき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伸びた月代さかやきは無礼講というお許しに御免を蒙って着流しのまま、あの威嚇の武器である三日月疵を愈々凄艶せいえんにくっきりと青い額に浮き上がらせて
あの日を最後に、女としての弥生は、成らぬ哀恋あいれんもだえと悟りに、死にかわりにそこに、凄艶せいえんな一美丈夫小野塚伊織があらたに生まれ出たのである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
基経は娘から眼を放さず、その刻々に迫るような凄艶せいえんともいうべきものの裏にあるものを読み尽くそうとしていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それもただの一本ならですが、船のものがそうがかりで、ひらひらする光を投げきそう光景は想像しても凄艶せいえんです。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浄瑠璃も諸流の中で最もしめやかな薗八に越すものはない。薗八節の凄艶せいえんにして古雅な曲調には夢の中に浮世絵美女の私語を聞くようなおもむきがあると述べた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その頭の上に抜きん出て銀色に光るかぶとのうしろに凄艶せいえんな黒いつやの毛を垂らしている近衛兵が五六騎通った。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私の手が、私の指が、この凄艶せいえんな雪の上に嬉々ききとしてたわむれ、此処を自由に、楽しくんだことがあるのだ。今でも何処かにあとが残っているかも知れない。………
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
茣座を小脇に抱えているので、六文であることには疑いはないが、板戸の割れ目から射す燈火ともしびに、ぼんやり照らされて立った姿は、びっくりするほど凄艶せいえんである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つぶやきながら奥の間へ行ってみると、あかりの側に不由が端坐していた。果して……澄透るような凄艶せいえんな顔に険しいものが見える、浅二郎は大剣を刀架へかけて静かに坐った
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
皮膚の汚点しみや何かを隠すために、こってり塗りたてた顔が、凄艶せいえんなような蒼味あおみを帯びてみえた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
湖水、教会堂、凄艶せいえん緋寒桜ひかんざくら爆竹ばくちくの音、むせるやうな高原の匂ひ、ゆき子は瞼に仏印の景観を浮べ、郷愁きやうしうにかられてゆくと、くつくつとせぐりあげるやうに涙を流してゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
その青蓮せいれんの、他にぬきんでて丈の高い茎のうへにきりりと咲いてゐる凄艶せいえんなすがたは、じぶんによつて二王子・二王女の母となつたあの褐媛かちひめが、四度目の産褥さんじょくからつひに起たず
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「いき」な頬は吉井勇よしいいさむが「うつくしき女なれども小夜子さよこはも凄艶せいえんなれば秋にたとへむ」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
徳川三百年、豊麗な、腰の丸み柔らかな、艶冶えんやな美女から、いつしか苦味をふくんだ凄艶せいえんな美女に転化している。和歌よりは俳句をよろこび、川柳せんりゅうになり、富本とみもとから新内節しんないぶしになった。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
涙に洗われた顔は、一種の光沢を帯びて、凄艶せいえんな美しさに輝いているのであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
殺されたお柳は、有馬屋のお糸、棟梁吉五郎きちごろうの娘お留と並んで、明神様の氏子うじこの中に、三つ星オリオンのように光った娘だけに、碧血に浸ってこと切れた姿は、言いようもなく凄艶せいえんを極めました。
それが眠られぬ一夜を過したせいか少し面やつれして、凄艶せいえんでさえあった。
たまのようだといわれたその肌は、年増盛としまざかりの愈〻いよいよえて、わけてもお旗本の側室そくしつとなった身は、どこか昔と違う、お屋敷風の品さえそなわって、あたか菊之丞きくのじょう濡衣ぬれぎぬを見るような凄艶せいえんさがあふれていた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なかなか凄艶せいえんな感じに見せる。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「…………」うなずいて、身を隠そうとした時、髪をくるんでいた手拭が、サッと風に飛んで、女の白い顔が凄艶せいえんにむきだされた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
スクリーンで見たと同じ、あの凄艶せいえんといってもよいほど美しい、ダブル・ブレストの青年が映写機のそばを離れながら、青い顔をして答えた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それが眼に見えぬほむらとなって、櫛まきお藤の凄艶せいえんな立ち姿を蒼白いたそがれのなかに浮き出している。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これだけは工夫した女優の所作で、手には白金プラチナ匕首あいくちのごとく輝いて、凄艶せいえん比類なき風情であった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふしぎな発作のあとの、さらりとした児太郎の顔は、やや蒼褪あおざめ、凄艶せいえんとして震えて見えた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まさしくそれは声の上に出さぬ凄艶せいえんな笑いだった。深く心に期して待ちうけてでもいたかのように突然門七がにっと笑うと、千之介の鼻先に突き出したものはその左片袖である。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そして何よりもナオミと違っていたところは、その皮膚の色の異常な白さです。白い下にうすい紫の血管が、大理石の斑紋はんもんおもわせるように、ほんのり透いて見える凄艶せいえんさです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、衰弱が、いたましい衰弱が、彼女の凄艶せいえんな面に、刻一刻深く刻まれて行った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
眼鼻だちは母親に似てはるかに美しく、凄艶せいえんといいたいくらいである。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お柳の顔色はさすがにあおく、その眼は血走っておりましたが、それだけにかえって凄艶せいえんで、わたしとしましてはお柳という女を、この時ほど美しいと思ったことは、ほかに一度もありませんでした。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わたしはその時新曲の執筆に際して竹婦人ちくふじん玉菊たまぎく追善ついぜん水調子みずぢょうし「ちぎれちぎれの雲見れば」あるいはまた蘭洲らんしゅう追善浮瀬うかぶせの「傘持つほどはなけれども三ツ四ツるる」というような凄艶せいえんなる章句に富んだものを
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、こっちから中の様子を明らかに見なおすことができたように、お千絵のほうからも、凄艶せいえんなお綱の顔を見たであろう。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此だけは工夫した女優の所作しょさで、手には白金プラチナ匕首あいくちの如く輝いて、凄艶せいえん比類なき風情ふぜいであつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
くくりのない着物から土の上に蒼白あおじろい膚がこぼれているぐあい、凄艶せいえんすぎて妖異な情景。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぶきみにぼうっとあかりさす短檠を片手にかざして、降りしきる雪の庭にたたずみ立った名人右門の姿は、さっそうというよりむしろ凄艶せいえんでした。いや、凄艶であるべきが当然です。
この凄艶せいえんなる女は眼をつり上げ、血相を変えて怒っていた。
もみ散らされた黒髪の根くずれ、すそを踏まれたのはだかり、それは、いっそうお綱の凄艶せいえんをきわ立たせて、孫兵衛の盲目な獣心けものごころは、いやが上にもあおられる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここにいっそうの凄艶せいえんみと壮絶みとをそのページの上に加えることとなりました。
さそくのたしなみで前褄まえづまを踏みぐくめた雪なす爪先つまさきが、死んだ蝶のように落ちかかって、帯の糸錦いとにしき薬玉くすだまひるがえると、こぼれた襦袢じゅばん緋桜ひざくらの、こまかうろこのごとく流れるのが、さながら、凄艶せいえん白蛇はくじゃの化身の
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女盛りの、燃える炎を包まれて、美がえるほど肺がせ、気のとがるほど凄艶せいえんさが目立ってきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも自若じじゃくとしてそこに生えたるもののごとくおり立つと、腰の物を抜き合わそうともせず、あの凄艶せいえん無比な額なる三日月形の疵痕を、まばたく星あかりにくっきり浮き上がらせながら
……だが、美女のやつれというやつは、美しさにとぎがかかって、いっそう凄艶せいえんというおもむきが深い。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に当然のごとく退屈男が嚇怒かくどして、大声に叱咜しったでもするだろうと思いのほかに、その一語をきくや否や、期せずして凄艶せいえんな面に上ったのは、にんめりとした不気味この上ない微笑です。
磔柱をうしろ背にすッくと仁王立ちに突ッ立った凄艶せいえんきわまりないその姿に、采配振っていた片われ二人が、ぎょッと身じろぎしながら鯉口切ったところへ、気色ばみつつ走りつけて来たのは
関の山の月見草の崖に、うっとりと寝転んでいた時のお綱も凄艶せいえんにみえたが、緋の友禅に寝顔をつけて、埋火うずみびのほてりに上気している今のお綱は、お十夜の眼を眩惑げんわくするにありあまる濃艶のうえんさである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女は答えるかわりにやや凄艶せいえんな顔つきで、にたにたと笑いました。
しいていうなら凄艶せいえん無比な一個の生きているものだった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)