仰臥ぎょうが)” の例文
右にも左にも向くことができず、舌がもつれてものもいえず、仰臥ぎょうがしたままいたずらに意識ばかりはっきりしてる母の手をとって一日を暮す。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
若い看護婦は所在なく椅子いすにかけ、雑誌を読み、明智は仰臥ぎょうがして瞑目めいもくしたまま、春の日の三十分ほどが、深い沈黙のうちに流れていった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
清三は冷たい畳の上に仰臥ぎょうがした、眼が暗い中でちかちかした、我慢なさい我慢なさいという言葉が何度も舌の先で翻った。
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、ひそかに案じていたらしい織田方の負傷者たちは、やがて彼が縁を通って奥へ入ってゆく姿を、仰臥ぎょうがしたままの眸で拝むように見送っていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病舎に着くとすぐに病室に入れられ、氷を胸の上にのせて、太田は絶対仰臥ぎょうがの姿勢を取ることになったのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
そして、身を退こうとする阿賀妻を、仰臥ぎょうがした怪我人はとぎれた声で呼びとめた。これだけは聞いておいて貰いたい思いをこめて、あえぎながら云った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
蒼褪めた顔、落ち窪んだ眼、血にまみれた腕や足、船底に仰臥ぎょうがした庄三郎の姿は、呼吸いきのある人間とは見えなかった。このまま彼は死ぬのかも知れない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
肺炎と坐骨神経痛と風眼とが同時に起った時、彼は、眼に繃帯ほうたいを当て、絶対安静の仰臥ぎょうがのまま、ささやごえで「ダイナマイト党員」を口述して妻に筆記させた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それは博士の令嬢が首のところへ腫物はれものを出したからであった。私は、博士が丁度留守だったので、早速、令嬢を研究室に連れ込み、手術台の上に仰臥ぎょうがさせた。
何事なく言っているうちに、庸三は十二三年前に、胃腸もひどく悪くて、手術後のやつれはてた体を三週間もベッドに仰臥ぎょうがしていた時のことを、ふと思い出した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
勝手の方で、めしをやる合図あいず口笛くちぶえが鳴ったので、犬の家族はね起きて先を争うて走って往った。主人はやおら下駄げたをぬいで、芝生の真中まんなかに大の字に仰臥ぎょうがした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そして、多くはただちにそこらの暗い横丁よこちょうなどで、みずから石畳に仰臥ぎょうがして男の下に両脚をひろげる。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
あたかもくたびれたる人のごとく仰臥ぎょうがしてありたり。以上は自分が遠野郷にてえたる印象なり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ふと思ひ出でて仰臥ぎょうがのまま『明星』を取りて見る。一枚一枚あけては表題を見、挿画を見る。ゲーテの死顔の画ある処に到りてしばし注目して見る。ときの短き文を読む。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
三発の弾痕から鮮血を雪白せっぱく敷布シーツほとばしらせて、まったく一糸まとわぬ裸体のままで仰臥ぎょうがしていたのには、思わず面を背けずにはいられなかったと立会いの警官たちも述べていた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
歿する日には朝から物を書いていて、午頃ひるごろ「ああ草臥くたびれた」といって仰臥ぎょうがしたが、それきりたなかった。岡西氏とくの生んだ、抽斎の次男はかくの如くにして世を去ったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そとからると、宏壮こうそう洋館造ようかんづくりの病院びょういんでしたけれど、ひとたび病棟びょうとうはいったら、どのへやにも、青白あおじろかおをして、んだ病人びょうにんが、とこうえ仰臥ぎょうがするもの、すわってうめくもの
だまされた娘とちょうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その上にゆったりと仰臥ぎょうがしたまま、永久正気に戻ることない幸雄が襖越しに
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
骸骨のようになって仰臥ぎょうがしていたが、死んだ赤子の片足を半分ばかり生み出したまま、苦悶しいしい絶息したらしく、両手の爪をボロ畳に掘り立てて、全身をり橋のように硬直させていた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
前夜十二時過にアダリンを服用したと見え、粉末二五グラム入の瓶が空になっていた。彼女は童女のように円く肥って眼をつぶり口を閉じ、寝台の上に仰臥ぎょうがしたままいくら呼んでも揺っても眠っていた。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
私は、ハンドルを握って仰臥ぎょうがしたまま、長大息した。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
春琴も褥中じょくちゅうにあって静かに仰臥ぎょうがしていたがなぜか呍々うんうんうなっている佐助は最初春琴がゆめうなされているのだと思いお師匠さまどうなされましたお師匠さまと枕元へ寄ってり起そうとした時我知らずあと叫んで両眼を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大五郎氏は蒲団ふとんの上に仰臥ぎょうがして、青い顔をして、ぼんやりと天井を眺めていた。草色の絹をかぶせた電燈が、部屋を一層陰気に見せていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
動悸どうきがひどく高く、膝のあたりが震えた。彼は暗くしてある行燈の、仄かな光のなかで、暴く呼吸しながら仰臥ぎょうがしていた。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しらみのいない衣服を着て、やわらかな夜具の上に仰臥ぎょうがすると、身を宙に泛かせているような気がいつまでもしていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
均一は鈴蘭病棟すずらんびょうとうの一室にいたが、熱も大して無いと見えて、仰臥ぎょうがしたまま文庫本を見ていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
西洋の浴槽だから、小判形に細長く、一人が寝てはいるようにできている。ブラドンは、看護婦あがりの若いアリスが一糸もまとわない肉体をその湯槽に長々と仰臥ぎょうがさせるのを眺めていた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
おひで老人の息子むすこくなりて葬式の夜、人々念仏を終りおのおの帰り行きしあとに、自分のみは話好はなしずきなれば少しあとになりて立ち出でしに、軒の雨落あまおちの石を枕にして仰臥ぎょうがしたる男あり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それを済ませて、仰臥ぎょうがしながら、病人はまたこないだの続きを話し出す。話の方によほど気がくのであろう? どうも顔色が悪い、土気つちけ色をして、もうこれは生きてる人間の顔色ではない。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
仰臥ぎょうがしてじっと天井を眺めてると松板の手のこんだ木目がいろいろな生きものの形になってみせる。先方ではおどかすつもりだろう。だがこちらもこの年になっては化けそうに功をへてるのだ。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
繃帯取替の間始終しじゅう右に向き居りし故背のある処痛み出し最早右向を許さず。よつて仰臥ぎょうがのままにて牛乳一合、紅茶ほぼ同量、菓子パン数箇をくふ。家人マルメロのカン詰をあけたりとて一片ひときれ持ち来る。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「涌谷をなだめなければならない」甲斐は仰臥ぎょうがしたままそうつぶやいた、「涌谷の考えは白刃の上をはだしで渡るようなものだ」
私は、その野原に仰臥ぎょうがして、晴れた空にギラギラと輝いていた太陽を、目のくらむ程見つめながら、それを誓った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
病める妻は、良人が案じるので、いわるるまま、仰臥ぎょうがして、その父と子をほほ笑みで見ていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし病床に仰臥ぎょうがしながら、捲紙まきがみに奔放な筆をふるって手術の予後を報告して来た幾つかの彼女の手紙の意気ごみ方を考えると、寝てもいられないような気にもなるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
病人は、その奥座敷の床の間寄りに、厚い蒲団ふとん仰臥ぎょうがしている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
腕力も玄人の縄目にかかってはせんすべがないのだ。彼はもうむだにもがくことをやめて、なるべく楽な姿勢で仰臥ぎょうがしたまま、眼をつむってしまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その次には裸体があった、全裸が五点、ことに人物八十号へ描いた一点は床に仰臥ぎょうがしたもので、とうてい一般に展観することのできぬ猥がましい大胆なポオズである。
正体 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そっと仰臥ぎょうがさせてもらい、かねて生前からととのえておいた具足櫃ぐそくびつの中の数珠じゅずと法衣を求めて、かたわらに置かせ、瞑目めいもく、ややしばらくであったが、やがて細目にあたりを見まわして
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひねもす部屋の真中に仰臥ぎょうがして、仏像や壁にかけたお能の面を眺めながら、不可思議な幻想に耽ることもあった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すぐ側で冷たそうに瀬の音がし、仰臥ぎょうがした彼の上へあとからあとから落葉が散って来た。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
長政が通ると、仰臥ぎょうがしていたさむらいも、起きあがって、両手をつかえた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
素人探偵は、ベッドに仰臥ぎょうがしたまま、時々は質問を発しながら、熱心に聞いていた。ベッドの枕元には、文代さんが、つき切って、一切の世話をしている。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
診察用の夜具の上に仰臥ぎょうがしているその女は、小袖の衿で胸乳むなぢを隠したまま、はだかっている下半身には気もつかないようすで、いかにも満ち足りたように、静かな深い呼吸をしていた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
布団ふとんがまくれて、仰臥ぎょうがした初代の胸が真赤に染まり、そこに小さな白鞘しらさやの短刀が突立つきたったままになっていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
暗くしてある行燈の光りが、蚊屋の中にある小机と、薄い夜具を掛けて仰臥ぎょうがしている彼の寝姿を、ぼんやりとうつし出していた。おすえは蚊屋をくぐり、ひざですり寄って彼を揺り起こした。
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老人は寝床の中に仰臥ぎょうがしたまま、巻いて寝ていたフランネルの襟巻で絞殺されて冷たくなっていたのです。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
秀之進は仰臥ぎょうがしたままじっと闇をみまもった。あるじ宗兵衛がいまなにを考えているか、苦しんでいるか、よろこんでいるか、それともまるでなにも意識しないか、かれはそれが知りたいと思った。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふたりは肉塊の圧迫に耐えかねて、徐々に首をちぢめ、ついには谷底の岩の上に仰臥ぎょうがしてしまった。その顔の上に、はちきれんばかりにつややかな肉塊が迫ってきた。皮膚が接触した。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
霜月の冷やかな夜のしじまに、ただ一人仰臥ぎょうがしながら、浅二郎は低く
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)