上州じょうしゅう)” の例文
そこらあたりは利根川の河床かわぞこよりも低い卑湿地ひしっちで、小さい沼が一面にあった。上州じょうしゅうから来る鮒や雑魚ざっこのうまいのは、ここらでも評判だ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
上州じょうしゅう伊香保千明いかほちぎらの三階の障子しょうじ開きて、夕景色ゆうげしきをながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷まげに結いて、草色のひもつけし小紋縮緬こもんちりめん被布ひふを着たり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
スマイル、スミスと申しまする人は、彼国あちらで蒸汽の船長でございます。これを上州じょうしゅう前橋まえばし竪町たつまち御用達ごようたし清水助右衞門しみずすけえもんと直してお話を致します。
病気以来肉も落ちせ、ずっと以前には信州の山の上から上州じょうしゅう下仁田しもにたまで日に二十里の道を歩いたこともあるすねとは自分ながら思われなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上州じょうしゅう田舎いなかの話である。某日あるひの夕方、一人の農夫が畑から帰っていた。それはの長いくわを肩にして、雁首がんくび蛇腹じゃばらのように叩きつぶした煙管きせるをくわえていた。
棄轎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「されば、武芸者は、上州じょうしゅう大胡おおごの城主上泉伊勢守かみいずみいせのかみおいで、疋田小伯ひきたしょうはくという者をかしらに、門下の同勢十二名。騎馬一領、荷駄三頭、槍七筋を持ったお客じゃて」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の故郷上州じょうしゅうには、こうした荒寥たる田舎が多く、とりわけこの句の情感が、身にみて強く感じられる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
三月は上州じょうしゅうの方へ行って見たい。旅をしていると、生れて来た幸せを感じるほどだ。家人は、弁当が食べたいからだろうと云う。私は汽車へ乗ると弁当をよく買う。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あれの父親は、ことしで、あけて、七年まえに死にました。まあ、昔自慢してあわれなことでございますが、父の達者な頃は、前橋まえばしで、ええ、国は上州じょうしゅうでございます。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
上州じょうしゅう一円に廃娼を実行したのは明治二十三年の春で、その当時妙義の町には八戸の妓楼ぎろうと四十七人の娼妓があった。妓楼の多くは取り毀されて桑畑となってしまった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自身じしん上州じょうしゅうの糸屋から此村の農家にとついで来たばあさんは、己が経験から一方ならず新参のデモ百姓に同情し、種子をくれたり、野菜をくれたり、桑があるから養蚕ようさんをしろの
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たつさんは、きみ東京とうきょうってのちまもなく、上州じょうしゅう製糸工場せいしこうじょうへいってしまったのだ。
風雨の晩の小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
さればとて故郷の平蕪へいぶの村落に病躯びょうく持帰もちかえるのもいとわしかったと見えて、野州やしゅう上州じょうしゅうの山地や温泉地に一日二日あるいは三日五日と、それこそ白雲はくうんの風に漂い、秋葉しゅうようの空にひるがえるが如くに
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
次に不思議な呼び方は上州じょうしゅう地方の「けだい」である。これがなまって甲州地方では「けでえ」となる。更に信州では「けって」なる言葉を生み、陸中には「けんだい」なるいい方が残る。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
伊予のの蕪及び絹皮ザボン、大阪のおこし、京都の八橋煎餅やつはしせんべい上州じょうしゅう干饂飩ほしうどん野州やしゅうねぎ三河みかわの魚煎餅、石見いわみあゆの卵、大阪の奈良漬、駿州すんしゅう蜜柑みかん、仙台のたいの粕漬、伊予の鯛の粕漬
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
先頃上州じょうしゅうへ写生に行って二十日ほど雨のふる日も休まずに画いて帰って来ると浅井氏がもう一週間行って直して来いと云われたからまた行って来てようよう出来上がったと云っていたそうだ。
根岸庵を訪う記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
上州じょうしゅう岩鼻いわはなの代官をり殺した国定忠次くにさだちゅうじ一家の者は、赤城山あかぎやまへ立てこもって、八州の捕方とりかたを避けていたが、其処そこも防ぎきれなくなると、忠次をはじめ、十四五人の乾児こぶんは、ようやく一方の血路を、り開いて
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鳥喰の河岸かしには上州じょうしゅうの本郷に渡る渡良瀬川わたらせがわのわたし場があって、それから大高島まで二里、栗橋に出て行くよりもかえって近いかもしれなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
商「へーこれに居ります、貴方あんたの御尊名はなんと仰しゃいますか、手前は上州じょうしゅう前橋竪町たつまち松屋新兵衞まつやしんべえと申しますが、貴方の今の働きは鎮守様かと思いやした」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
馬車に揺られながら鶏の鳴き声を聞いて行って松井田まで出たころに消防夫梯子はしご乗りの試演にあった時は子供の夢を驚かした。上州じょうしゅうを過ぎ、烏川からすがわをも渡った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
織田おだ今川いまがわのほろびたのちは、家康いえやす領地りょうちざかいは小田原おだわら北条氏直ほうじょううじなおととなり合って、碁盤ごばんの石の目をあさるように武州ぶしゅう甲州こうしゅう上州じょうしゅうあたりの空地あきちをたがいにりあっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鶏が勇ましく歌っても、雀がやかましくさえずっても、上州じょうしゅうの空は容易に夢から醒めそうもない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其の男は近江おうみから蚊帳を為入しいれて、それを上州じょうしゅうから野州やしゅう方面に売っていたが、某時あるとき沼田へ往ったところで、領主の土岐家ときけへ出入してる者があって、其の者から土岐家から出たと云う蚊帳を買って帰り
沼田の蚊帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なんでも弘化元年とか二年とかの九月、上州じょうしゅうの或る大名の城内に起った出来事である。
百物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其の元は上州じょうしゅう沼田ぬまた下新田しもしんでんから六百文のぜにをもって出て参りました身代でござります。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
機屋はたやの亭主が女工を片端かたはしからかんして牢屋ろうやに入れられた話もあれば、利根川にのぞんだがけから、越後えちごの女と上州じょうしゅうの男とが情死しんじゅうをしたことなどもある。街道に接して、だるま屋も二三軒はあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しからばお前さん方は其の恩人の文治殿を、明日みょうにち遠島船えんとうぶねの出帆の場に切込み、同人を助け出して上州じょうしゅうあたりへ隠そうという積りでござろうな、それとも違いましたかね、うでござりますな
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)