一寸ちょっと)” の例文
「で犯行の手掛てがかりは? 被害者の身許みもとが分らないとすると、せめて、犯人の手口を示す、一寸ちょっとした証拠でも残ってはいなかったかしら」
一寸ちょっと入りくそうなホテルがずずと並んでいて、中から出て来た自動車に、雪のとばっちりをしたたか浴せられたのもいまいましい。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「うん。ぼくもさう思ふね。」も一人も同意しました。私の係りのアーティストがもちろんといふやうに一寸ちょっと笑って、私に申しました。
毒蛾 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
Sさんは一寸ちょっとに落ちないような表情をしたが、K氏あてに手紙を書いてくれ、お百姓さんに対しては私のために礼を述べてくれた。
遁走 (新字新仮名) / 小山清(著)
「またお講釈だ。ちょいと話をしている間にでも、おや、また教えられたなと思う。あれが苦痛だね。」一寸ちょっと顔をしかめて話し続けた。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「今日はいよいよおいとま申さなければなりません、あまりお名残なごりが惜しいと存じまして、お留守中に一寸ちょっとピアノを弾かして頂きました」
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
お父さんは水盃をした昔の癖の抜け切らない日本人は一寸ちょっとのことにも見送りか出迎えが大袈裟で困ると言って平常ふだんこそけなしているが
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
部屋で机の前で今日の新聞を一寸ちょっと読む。大抵続物だけだ。それから編棒と毛糸の球を持出して、暫くは黙って切々せッせッと編物をしている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
文「御老人を使うは心ないようでござるが、大切の使、ほかの者に頼むわけにまいらぬから、御苦労でも一寸ちょっと松平右京殿のお屋敷まで」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と節子は祖母さんの部屋の方から熱い茶なぞを運んで来るついでに、自分の掛けている半襟はんえり一寸ちょっと岸本に見せるようにすることも有った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
芸術の中でも、絵画は努力次第で一寸ちょっと楽しめる境地までは漕ぎつけることが出来るものであるが、書道となるとなかなかに至難である。
何物にも脅やかされず、どんな場合にも、大手を拡げて思ひのまゝに振舞ふ。一寸ちょっと誰にも真似の出来ない超越した態度が好きです。
サニンの態度 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
狭心症にかかっているせいか、一寸ちょっとした好奇心でも胸がドキドキして来そうなので、便々たる夏ぶとりの腹を撫でまわして押鎮おししずめた。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
次に起こったのが哥老会で、その起源は乾隆年間であり、盛んになったのは同治年間でその盛んになった原因が一寸ちょっと面白いのです。
雑草一束 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つき合したところで、どうなるものだか一寸ちょっと考えがつかないね。それよりか、お前達、あした帰るんならもう仕度をして置くがいいぜ。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
カイヅのひれ打ち、強い横馳けなどといふものは、一寸ちょっと文字では表現しにくい、実際にその人の感覚に訴へないでは肯けるものではない。
釣心魚心 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
室子が此間じゅう、一寸ちょっと風邪をひいたと昨日言伝ことづけたのを口実に、蓑吉は早速母親にせがんで、見舞いに来さして貰ったのだった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「大概のお医者なれば一寸ちょっと紙入れの中にも、お丸薬や散薬でも這入っていますが、この志丈の紙入の中には手品の種や百眼ひゃくまなこなどが」
「それは先生」曽我貞一と名乗る男は一寸ちょっと云いよどんだが、「先生は御臨終ごりんじゅうの苦しみを続けていらっしゃるのです。目をおましなさい」
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けれども、兄が其所を見抜いて金を貸さないとすると、一寸ちょっと意外な連帯をして、兄がどんな態度に変るか、試験してみたくもある。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一寸ちょっとも戸の外へ出ることができないから、今のうちに外の空気を吸えるだけ吸い、歩けるだけの距離を歩いておくという自然の勢いが
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小説家は詩人のようでないから一寸ちょっと怖ろしい。鬼のような事を云いだされてはこっちが怖い。そのくせ何となく逢ってみたい気もする。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私の接待役の婦人の医者は、一寸ちょっとした言葉のはづみから、幾人かの子供達が『今隔離中で』見ることが出来ないと云ふ事を明らかにした。
子供の保護 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
「市川兵五郎?」と一寸ちょっと私は、私の記憶を探した。そしてすぐ思いだした。そして単に兵さんと言えば、もっと早く判ったろうと思った。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
白い大理石の柱の並んでいる車寄せで、彼は一寸ちょっと躊躇した。が、その次の瞬間に、彼の指はもうドアの横に取付けてある呼鈴に触れていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私は一寸ちょっとからかって彼をくじいてやるつもりだったのだが、彼は少しもひるまぬ。ひるまぬ所か手をふりながら興奮してつづけるのである。
途上の犯人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
桟橋かけはしの旧跡といわれているあたりは、木曾川の幅も岩崖の間に狭まり、泡立つ急流が足の下に迫って、一寸ちょっと好い景色であった。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
発車間際の一寸ちょっとの隙をとらえて、ついそれとなく川口に『あちらへ行ったら、不二さんに注意しなさい』と言ってやりました。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
女は馬車を雇う事を男に勧めようかと一寸ちょっと考えたが、それを口に出す事を躊躇ちゅうちょした。ゆっくり歩けばいと思ったからである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
工場なので、仕事をしているときに「一寸ちょっと来い」をやられると、それっきりだった。然し組織の可能性が高まっていたので、彼は出ていた。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
なまじ御報告を一寸ちょっとのばしに延ばせば延ばすほど、かえつてますます御不安をつのらせるだけらしいことが、千恵にもよくよくみこめました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
所謂いわゆるバラック建ての仮普請かりぶしんが、如何いかに火の廻りが早いものか、一寸ちょっと想像がつかぬ。統計によると、一戸平均一分間位だ相な。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
いや、わしは江戸から来たのだが、一寸ちょっと利七さんに所用があってお寄りしたようなわけだッたんだが、居ないというんじゃどうしようもない。
御存じの通り、よっかかりが高いのですから、その銀杏返いちょうがえしは、髪も低い……一寸ちょっと雛箱へ、空色天鵝絨びろうどの蓋をした形に、此方こっちから見えなくなる。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
咯血の終った跡の心持は、一寸ちょっと形容が出来ません。頭は一時はっきりと冴えかえりました。が、暫くすると、ぽーっとした気持になりました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
かゝる中へ一人の男きたりてお辰様にと手紙を渡すを見るとひとしくお辰あわただしく其男に連立つれだち一寸ちょっといでしが其まゝもどらず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然るに先日の御書状あまりに大問題にて一寸ちょっと御返事にさしつかえ不相済あいすまぬと存じながら延引いたし居候内、今年も明日と明後日とのみと相成あいなり申候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
一寸ちょっと考えると、潤いのあるという事は味があるというよりはやや狭義に思考せられるが、潤いがあっても味いは無いという事は、想像が出来ない。
歌の潤い (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
たとえて見れば(彼方を指して)あの沙の小高くなっている蔭になって一寸ちょっと、黒い木立の頭が覗いていたとする。吾等われらは、何とも思っていない。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と書いているのを読みました。なんだかその言葉がそっくり今の私にあてはまるように思われますので、一寸ちょっと此処に書いてみる気になりました。
一寸ちょっとした物を買っても、すぐに暴利を貪ろうとする。実に懦弱で欲張り根性の突張った奴等ほど済度さいどし難い者はないのだ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
『いや、いいんですよ。今一寸ちょっと用があるんで、又来ますから、……これをお返しに来たんです、じゃ、また晩にでも……』
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
私たちも一寸ちょっと芝居気しばいぎを出して、パナマや雀頭巾すずめずきんを振る。童話の中の小さな王子のお蔭で、ほがらかに朗らかに私たちも帽子が振れるというものだ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
薄暗い台所でしてゐた水の音や皿の音は一寸ちょっとの間やんで、「えゝ」と、勇みたつたやうな返事が聞えると、また前よりは忙しく水の音がしだした。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
前日より一層はげしい怒を以て、書いている。いやな事と云うものは、する時間が長引くだけいやになるからである。午頃ひるごろになって、一寸ちょっと町へ出た。
……こういう一寸ちょっとした気分の転換を彼の妻はよく心得ているのだ。それで、彼は母親にあやされる、あの子供の気持になっていることがよくある。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
天皇の葬儀の夜、一寸ちょっとした争い事が起った。元々、天皇崩御の儀式として、奈良、京都の僧侶がお供をして、墓所の廻りにがくを打つ習慣があった。
その中でし得た者は白玉しろたまそこなうた者は黒玉くろだま、夫れから自分の読む領分を一寸ちょっとでもとどこおりなく立派に読んでしまったと云う者は白い三角を付ける。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、念を押されると、今更、いや一寸ちょっとまってくれ、もう一度、耳に聞いてみるからとも云え無い。それに死人に口無し
新訂雲母阪 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「おい山本。一寸ちょっとあちらの貯蔵庫を検べて見てくれないか。先刻さっきの騒ぎで悉皆すっかり壊れているかもしれない。あれが使えなくなってはそれこそ大変だ。」
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)