かじ)” の例文
のし餅十枚に煮小豆にあずき二升を平げた大関や、大沢庵十六本以上とかかじってみせた小結の肩書には、自ら敬意を表したくなってしまった。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある冬の日の暮、保吉やすきち薄汚うすぎたないレストランの二階に脂臭あぶらくさい焼パンをかじっていた。彼のテエブルの前にあるのは亀裂ひびの入った白壁しらかべだった。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見向きもしないで、山伏は挫折へしおつた其のおのが片脛を鷲掴わしづかみに、片手できびす穿いた板草鞋いたわらじむしてると、横銜よこぐわへに、ばり/\とかじる……
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ヘエ、じゃないよ。かじり付いたら、雷鳴かみなりが鳴っても離さないのが岡っ引のたしなみだ。見ればガン首も手足も無事じゃないか」
私の母は歯が丈夫で、七十七歳で世を終るまで一枚も欠損せず、硬い煎餅せんべいでも何でもバリバリとかじった。それと反対に、父は歯が悪かった。
はなしの話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ぎゅっとつかむ。かじりつく。頭をぶつける。粉ごなにする。そして、かけらを飛ばす。まわりに居並ぶ親同胞おやきょうだいは、珍しそうにそれを見ている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
節子は暇さえあれば炬燵こたつかじりついて、丁度巣に隠れる鳥のように、勝手に近い小座敷にこもってばかりいるような人に成った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私はすでに二十五歳にもなっていて、最早親のすねかじっているのも工合が悪くまた家庭の事情もいつまでも私を養うわけにはゆかなくなっていた。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
まいてや雄は妾より、先立ち登る死出の山、峰にひたる若草の、根をかじりてやわれを待つらん。追駆け行くこそなかなかに、心楽しく侍るかし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
トオストをかじりながら、栗色くりいろの髪の若い女が何やらもの静かに話しかける度毎たびごとに、荒あらしくそちらへ体をねじ曲げては無雑作に答えるかと思うと
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
生米をかじり酒を飲んで三十三年も地中に生きていたとも考えられないが、また人の一人や二人が呼吸する程の熔岩の隙間がなかったともいえないので
紙魚こぼれ (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ええママヨとふてくされてかじりつくとたちまち狂犬の如くになったので、アラレもなくエゲツないやり口がむしろ家康の初々ういういしさを表していると見てもよい。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
金博士は、後向きに椅子に腰をかけて、西瓜すいかの種をポリポリかじっている。さっきから何ひとつろくに返事をしない。
かじってもかじっても、目高の尾というものは、すぐ、生えてくるものよ、だから、可哀そうなことないわ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
鉄ぶちの眼鏡をかけて昔はリーダーの一冊くらいかじったような顔をしていて、古びた紺絣の上下、羽織の紐の代りに今にも切れそうな観世縒かんぜよりを結んでいた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
酢漬の胡瓜をかじりながらウォトカを飲み、ピジャマのまま七昼夜の旅行が出来るという汽車はほかにない。
川波 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかし姓名も職業も不明であり、油屋は持って来た濁酒どぶろくと、なにかわからない野鳥の焼いたのをかじりながら濁酒を湯呑茶碗で飲み、りつ子をしきりにからかった。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
俳句の歴史を聞きかじったりしてみますと、俳句とはどんなものか、という質問に対する私の答えは少しずつ変化を起こしてこねばならぬことになったのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それをがつがつとかじると、ほんとうに胸が清々した。ほっとしたが、同時に夜が心配になりだした。
秋深き (新字新仮名) / 織田作之助(著)
幸子もひとりぼっちになると屡〻しばしばピアノにかじり着いて時を過したが、それにも飽きると二階の八畳で手習いをしたり、お春を呼び入れて琴の稽古をしてやったりした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかもそれまでは一文の金をもうけるどころではない、常に親のすねかじっており、そうして学校を出てからの儲け高が少いから、双方の親が寄合って何というであろうか。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
よく、青葉病といって、急に憂鬱になるか、それとも、見境いなくかじりつくような、亢進症ニムフォマニーになるか——。とにかくあれは、殻を割りたくても、割り得ない悩みなんだ。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
天下も国家も忘れ果てゝ、月給の上るのを待っている。し主義があれば、かじりつき主義だ。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私も、思わず彼のに追従した悲鳴を挙げて、その首根に蛙のようにかじりつかずには居られなかった、凡そ以前のゼーロンには見出すことの出来なかった驚くべき臆病さである。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
おいらあ、もうこうなりゃ、承知できねえ。破れ、かぶれだ。あん畜生の首根っ子を押えて、うんと、いわすか、いわさんか。畜生、いわなけりゃ、鼻の頭を、かじりとっちまうんだ
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
もう一人の嫁のヷルヷーラは、開けはなした二階の窓際で、向日葵ひまわりの種子をかじっていた。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「そんなことを言って驚かさないでください。松島はいままで本にばかりかじりついていて、工場には慣れていない人ですから、そんなことを言われると本当にしてしまいますわ」
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
暫くすると今度は年長で、セルブ語もちよつとかじつてゐる倉本といふ給仕がやつて来た。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
父は腹這になりながら枕にかじりつくようにして、顔をもち上げ、喘ぎ喘ぎ口をきいた。
雲の裂け目 (新字新仮名) / 原民喜(著)
吝嗇りんしょくの事や、さもしい夫婦喧嘩げんか、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、たこの脚なんかをかじって焼酎しょうちゅうを飲んで、あばれて、地べたに寝る事、借金だらけ
(新字新仮名) / 太宰治(著)
もちろん圭一郎は千登世に對して無上の恩と大きな責任とを感じてゐた。飛んで灯に入る愚な夏の蟲にも似て、彼は父の財産も必要としないで石にかじりついても千登世を養ふ決心だつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
そのほか大してためにもならなかったフランスのパン屑みたいな学問だのをかじっていた頃でさえ、君はいつだって存在を認められていたし、僕はいつだって——存在を認められなかったんだ。
明治座前で停ると少女は果して降りて行く、そのあとから自分も降りながら背後から見ると、束ねた断髪の先端が不揃いに鼠でもかじったような形になっているのが妙に眼について印象に残った。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私がここにいう二つの誤解の第一のものは、哲学をたいへんに高遠で深邃しんすいなことと考えて、かような哲学をちょっとでもかじることを非常に偉大なことと心得て思いあがる人々に属するものである。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
葉子は周章あわててお煎餅せんべいを一口かじると、衣裳部屋を飛出して行った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
わたくしはよく間近まじかいわかじりついて、もだきにりました。
豹は人間の頭をかじった。猛犬は足へ喰い付いた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから林檎にかじりついた。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
破片かけおほきくかじりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
愛の小枝の樹皮をばかじ
泳げないのが船底へかじり付いて助かるものだ、——遠州屋の主人が死んで、疑いが六郎の方へ掛るのを見て金之丞は細工を始めたのだよ。
その間、日吉は無聊ぶりょうな顔して、ふところからきびくきみたいな物を出してはポリポリかじっていた。その茎の汁は青臭いなかに甘い味があった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
店へ来る客の中に、過般いつか真桑瓜まくわうりを丸ごとかじりながら入つた田舎者いなかものと、それから帰りがけに酒反吐さけへどをついた紳士があつた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたしの母は歯が丈夫で、七十七歳で世を終るまで一枚も欠損せず、硬い煎餅でも何でもバリバリとかじった。それと反対に、父は歯が悪かった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一夜、鼠どもが、手箱の最後のかけらをかじりつくし、砂糖入れのふたけて見たが、からなので、もうやって来なくなる。
あかえではないがそれは結局ぽりぽりかじつてみるか、食べて了ふかしなければけりがつかないだらう、と言つてこれは猥りにたべるといふわけにはゆかない
末野女 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
ドイツ語などをかじっておって、医学の心得などがあるが、探偵のこととなると決して敏腕とは申されない。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
もし上陸して遭遇であう最初の日本人があったなら、知る知らぬにかかわらずその人にかじり着いて見たいような、そんな心持で帰って来たばかりの自分のような気もして来る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この時局下を切り抜けるためには何とかしてその位置にかじりついているより仕方がないこと、などを語り、新婚旅行から帰り次第、直ちにサラリーマン生活に這入はいるのであるが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
またある日、学校でおひる時間に、私が弁当箱をあけてみたら、おかずの玉子焼を誰かが食いかじった形跡があった。これらの犯人が誰であるか、私にはうすうす見当がついていた。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)