跳梁ちょうりょう)” の例文
何しろ今日のこの雑鬧ざっとうである。掻ッさらい、変態者の悪戯など、悪の跳梁ちょうりょうはもちろん迷い子も二、三にはとどまらなかったであろう。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西ヨーロッパの国々には、まだ闇の色が濃くたれこめ、いはゆる蛮族の跳梁ちょうりょうのもとに、あてもない胎動がつづいてゐるにすぎなかつた。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして近頃ますますロンドンに侵入する米国物資の跳梁ちょうりょうを憎んだ。が、次の瞬間米国への聯想が夫人の心を広々と明るくしていた。
バットクラス (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
目を閉じれば瞼の裏の眼花となり、目を開けば暗闇の部屋に蠢く怪しい影となって、幻想の魑魅魍魎が目まぐるしく跳梁ちょうりょうするのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それにもかかわらず、法水等が暗中摸索を続けているうちに、その間犯人は隠密な跳梁ちょうりょうを行い、すでに第二の事件を敢行しているのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
射撃手が跳梁ちょうりょうするのは、三人が三人とも申し合わせたように夜間に限るのはどうしたものでしょう。いいですか、これは面白い問題です。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それでも不思議な事にはねずみの跳梁ちょうりょうはいつのまにかやんでいた。まれに台所で皿鉢さらばちのかち合う音が聞こえても三毛は何も知らずに寝ていた。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こういう小者の末まで、まさに跳梁ちょうりょうしつつあるという苦い思いであった。勝ったものは、家禄を奉還して、代りに開拓地の俸給をむさぼっている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「うむ。つぎに、烏羽玉組うばたまぐみとやら申すり強盗の輩がいよいよ跳梁ちょうりょうしおるとのことだが、また、例のあの一派の浪人ばらの動静はどうじゃな」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
現時の、不道徳の跳梁ちょうりょう、快楽の追求、懦弱だじゃく、無政府状態、などを僕は少しも恐れない。忍耐だ! 持続せんと欲する者は堪え忍ばなければならない。
三人は弁当の包みを手に持ったまま暫く足もみ込めないで、子供たちの跳梁ちょうりょうするのをぼんやり立って眺めていた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あらゆる泥棒人殺しの跳梁ちょうりょうする外部条件を完備しておりながら、殆ど一人の泥棒もオイハギも人殺しもなかったのである。それで人々は幸福であったか。
魔の退屈 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ではどうするといって、主水の頭から答えは出て来ないが、愚にもつかぬ悪党どもが、自由気儘きまま跳梁ちょうりょうするのを見すごしていては士道の一分が立ちかねる。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それにも拘らず秋蘭を見たいと思う願いがじりじり後をつけて来るのを感じると、彼はますます自身の中で跳梁ちょうりょうする男の影と蹴り合いを続けるのであった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
目先の利に走る内地商人と、この機会をとらえずには置かない外国商人とがしきりにその間に跳梁ちょうりょうし始めた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山脇玄内の跳梁ちょうりょうはそれからまた一段と目ざましくなりました。襲われるのは大抵高家大名、でなければ大町人で、盗られる金も百両、二百両とまとまった口ばかり。
そして上位者たちの腐敗ふはいは——一般の不安——跳梁ちょうりょうする死によってこの都市のおちいった非常事態——と相まって、下層の人たちのある道徳的荒廃をひき起した。
一つは主我の念、一つは主知の心。前者は自我や個性の跳梁ちょうりょうにより、後者は意識や作為の超過による。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
闇黒を悪魔に与えてその跳梁ちょうりょうまかし、夢の天国を自ら守る人には、永久に平和が失われないのである。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜、やみの中を跳梁ちょうりょうするリル、そのめすのリリツ、疫病えきびょうをふりくナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ゆうかいしゃラバスなど、数知れぬ悪霊あくりょう共がアッシリヤの空にち満ちている。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
解子さんなどこういう才能の跳梁ちょうりょうに「私は小説を書いてゆけるかしら」とききに来られました。作家の生活の張りの難しさを深く感じました。書いていると限りなし。
男も女もそれは一塊りの声であり、バラバラの音響なのだ。彼と何のかかわりもない、それらの一群が夕方退去すると、今度は灯の消えた廊下をねずみの一群が跳梁ちょうりょうする。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そうして彼自身の周囲に取り散らかされているものみなは、紙と言わず書物と言わず狂い廻る彼自身の心臓の跳梁ちょうりょうのためあらゆる存在をあざけるかのように飛び散った。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
私がこの店に入ったのは夏であったが、南京虫なんきんむし跳梁ちょうりょうしていて安眠できなかった。皆んな店の間や物干場に寝たりしていた。私は入店に際しパンツと地下足袋を買った。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
或は又凡てをれ凡てを抱いて、飽くまで外界の跳梁ちょうりょうに身を任かす。昼には歓楽、夜には遊興、身を凡俗非議の外に置いて、死にまでそのほしいままな姿を変えない人もある。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
話にきくと、北海の鰊場にしんばには三角眼の不良鴉が跳梁ちょうりょうしているそうである。子供の頭には乗っかる、突き飛ばす、赤銅色の漁師の腕はすり抜ける、かかあ衆の洗濯物はばたつかす。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
と思われるほど、欧羅巴ヨーロッパ中の都会、ことに港町における売春婦の跳梁ちょうりょうはおびただしいものだ。
窓越しに仰ぐ青空は恐ろしいまでに澄み切って、無数の星を露出している。嵐は樹にえ、窓に鳴ってすさまじく荒れ狂うている。世界は自然力の跳梁ちょうりょうに任せて人の子一人声を挙げない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
個人意識の勃興がおのずからその跳梁ちょうりょうに堪えられなくなったのだと批評された。しかしそれは正鵠せいこくを得ていない。なぜなればそこにはただ方法と目的の場所との差違があるのみである。
貴婦人の社交もひろまり、その他女性の擡頭たいとうの機運は盛んになったとはいえ、女学生スタイルが花柳人かりゅうじん跳梁ちょうりょう駆逐くちくしたとはいえ、それは新しく起った職業婦人美とともに大正期に属して
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
現に独逸ドイツ娘子軍じょうしぐんは、紐育ニューヨーク市俄古シカゴという如き北米の大都市に遠征して跳梁ちょうりょうを極めており、英国辺でも等しくこの娘子軍の累を受けているが、このわざわいは何時いつまでも外よりのみは来らず
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
初手の烏もともに、就中なかんずくあとなる三羽の烏は、足も地に着かざるまで跳梁ちょうりょうす。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それならどうして、この文明の日光に照らされた東京にも、平常は夢の中にのみ跳梁ちょうりょうする精霊たちの秘密な力が、時と場合とでアウエルバッハのあなぐらのような不思議を現じないと云えましょう。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その中にありて、私はこの講義によって、サタンの跳梁ちょうりょうに対して真理を擁護し、キリストを信ずる者が迫害を怖れて世と妥協することなく、信仰の純粋性を維持すべきことを勧めたのであった。
……平和な国土を我物顔に跳梁ちょうりょうする憎むべき賊どもが巣喰すくっているのだ!
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
これは夜の意識が仮初かりそめに到達した安心のさかいではあるが、この境が幸に黒甜郷こくてんきょうの近所になっていたと見えて、べろべろの神さんの相変らず跳梁ちょうりょうしているにも拘らず、純一は頭を夜着の中にうずめて
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
地獄の文学というのは畢竟ひっきょう、極楽の世界を望見して到底あの世界に達することは出来ない、ただ病苦、貧困、悪魔の跳梁ちょうりょうに任していなければならぬ苦しい世界があるのみと感ずるところに出発する。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかしていずくんぞ知らん、その脳中の魔鬼は跳梁ちょうりょうしてもって渠輩きょはいを駆って復古の事業を行なわしめんと欲することを。ああ日本人よ満足するなかれ。改革の事業はいまだ半途にだも至らざるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ところが、上記の固陋の思想は、近年に至って政治界における軍国主義の跳梁ちょうりょうに伴い、それと結合することによって急に勢を得、思想界における反動的勢力の一翼としてその暴威を振うようになった。
また友人の遭難以来いっそう嫌悪けんおの念を増し、警戒おさおさ怠るものではなかったのであるが、こんなに犬がうようよいて、どこの横丁にでも跳梁ちょうりょうし、あるいはとぐろを巻いて悠然と寝ているのでは
かれらの跋扈ばっこ跳梁ちょうりょうに任かしておいた形がある。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大胆は道義を蹂躙じゅうりんして大自在だいじざい跳梁ちょうりょうする。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の血をわけた兄も、辻風典馬といって、伊吹山から野洲川地方へわたって、生涯、血なまぐさい中に跳梁ちょうりょうした野盗の頭目であった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが兇悪「蠅男」の跳梁ちょうりょうする大阪市と程遠からぬ地続きなのであろうかと、分りきったことがたいへん不思議に思われて仕方がなかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
当時都には「黒手組」と自称する賊徒ぞくとの一団が人もなげに跳梁ちょうりょうしていまして、警察のあらゆる努力もその甲斐なく、昨日は某の富豪がやられた。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
現今物理学の研究問題は、分子、原子、エレクトロン、エネルギー素量となって、至るところに混乱系が跳梁ちょうりょうしている。
さてここまで道具立てがそろえば、あとはシェストフ一流の切れ味のいい直観的論理の跳梁ちょうりょうに任せるのみである。
そして又、僕は、無理な諸観念の跳梁ちょうりょうしないそういう時代に、世阿弥ぜあみが美というものをどういう風に考えたかを思い、其処そこに何の疑わしいものがない事を確めた。
凶賊黒旋風の跳梁ちょうりょうは、妙月庵から淡路屋と、銭形平次を相手に、益々積極的にノシかかって来るのです。
技巧の不必要なる跳梁ちょうりょうです。形態は錯雑さくざつとなり、色彩は多種になり、全体として軟弱な感じを免れることができません。これも明かに一種の病状を示した藝に過ぎないのです。
民芸の性質 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)