贋物にせもの)” の例文
後刻屍体が発見された時この男にはアリバイがあるし、殺人はこの贋物にせものの被害者が部屋にはいって後行われたもののように考えられる。
よしんばあの鼓が贋物にせものだとしても、安政二年に出来たものでなく、ずっと以前からあったんだと云う想像をするのは無理だろうか
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今、一本の管を通して、本物と贋物にせものと二人の三笠龍介が——稀代の殺人鬼と名探偵とが、まるで友達の様に話し合っているのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
勝平が、今迄いままで金で買い得た女性の美しさは、この少女の前では、皆偽物だった。金で買い得るものと思っていたものは、皆贋物にせものだったのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何だかべらべら然たる着物へ縮緬ちりめんの帯をだらしなく巻き付けて、例の通り金鎖きんぐさりをぶらつかしている。あの金鎖りは贋物にせものである。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もつともこちとらは、滅多に小判を見ることもないが、——兩換屋りやうがへやへ持つて行つて、丁寧に見て貰ふと、こいつは良く出來てゐるが全くの贋物にせもの
のぞいたが、こういう無法な勧進帳はやらない。第一海老蔵という役者は、いま江戸には名をつぐ者がないはず。贋物にせものに違いない
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
でも、あの時は、貴方は私には贋物にせものには見えなかつた。別れてくれつておつしやれば、仕方がないけれど、それでもいゝものなのかしら……。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
植民地には人間の贋物にせものが多いやうに、骨董物にもいかさまな物が少くない。そんななかを掻き捜すやうにして馬越氏は二つ三つの掘出し物をした。
ただ幾人かの老案山子かがしどもが、二十年前に芸術や政治上の一流新進者を気取っていた者どもが、同じ贋物にせものの顔つきで今日もまだいばっています。
顔の大きな刀傷は、できるだけ、素顔すがおをかえるために、絵具えのぐでかいた贋物にせものだったんだ。どうだ机博士、面白い話じゃないか
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けれども如何に多くの贋物にせものがあるか。いな、真に自らの角度を持ち、しかも之を正しく育てうる人は極めてまれにしかない。
みぎほうきましたのは、真物ほんもので、ひだりほうきましたのは贋物にせものであります。」と、おじいさんは、もうしあげました。
ひすいを愛された妃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「お豊が古道具屋へ売った探幽の鬼は贋物にせものだったのですね。そうすると、忠三郎という番頭は稲川の屋敷から贋物を受け取って来たのでしょうか」
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「私はあなたの仰しやるやうな贋物にせものの感情を輕蔑します、さうですとも、セント・ジョン、そんなことを仰しやるなら、あなたを輕蔑しますわ。」
しかし扁理自身はその本物も贋物にせものもごっちゃにしながら、ただ、そういうものから自分を救い出してくれるような一つの合図しか待っていなかった。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ふうむ」とレザールは呻くように、「市長の書斎を掃きながら、贋物にせものの女中が掃きすてたという、例の紙屑という奴が、その経文の一部ですな?」
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
文三は徐々そろそろジレ出した。スルト悪戯いたずら妄想奴ぼうそうめが野次馬に飛出して来て、アアでは無いかこうでは無いかと、真赤な贋物にせもの宛事あてことも無い邪推をつかませる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
千利久は茶器の新旧可否を鑑定して分限者ぶげんしゃになった男だが、親疎異同しんそいどうによって、贋物にせもの真物ほんものしんと言い張って、よく人を欺いたということである。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「ハハハハ。そりゃあどうも……。こう申しちゃ何でございますが、贋物にせものにしてもずいぶんひどい方で。へへへへ」
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
廊下に出してさえ置けば、狸が綺麗にめてくれる。それは至極結構だが、聖堂には狸が出るという評判が立ったもんだから、狸の贋物にせものが出来たね。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もつとも御所持の御什器ごじふきのうちには贋物にせものも数かず有之これあり、この「かなりや」ほど確かなる品は一つも御所持御座なく候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「この大根を此の手の上で真つ二つに切つて御覧に入れます。御覧の通り此の手は贋物にせものではありません。そんなことを云ふと私のおふくろが怒ります。」
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
「僕にも近頃流行はやるまがい物の名前はわからない。贋物にせものには大正とか改良とかいう形容詞をつけて置けばいいんだろう。」と唖々子は常にさかずきなさない。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今度名古屋へ来た連中もそうじゃ、贋物にせものではなかろうから、何も宗山に稽古をしてもらえとは言わぬけれど、うなぎほかに、たいがある、味を知って帰れば可いに。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日本人の家だと贋物にせもの見顕みあらわされるまでは一年でも二年でも悪い品物を売付けて儲かる儲かると悦んでいます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
おまえさんは知らないが斯う云うものには贋物にせものが多い、貧乏人の子供が表に泣いていて、親父ちゃんもおかあもいない、腹がへっていけねえと云ってワーッと泣くから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
好人物こうじんぶつで、善人で、人にだまされやすい弱い鈍い性質を持っていながら、贋物にせもの書画しょがを人にはめることを職業にしているということにはなはだしく不快を感じた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
おまえは本当のキリストか、それとも贋物にせものか、そんなことはどうでもよい、とにかく、明日はおまえを裁判して、邪教徒の極悪人として火烙ひあぶりにしてしまうのだ。
押領あふりやうせんとたくむ智慧ちゑの深き事はかるべからずと雖も英智の贋物にせものにして悉皆こと/″\邪智じやち奸智かんちと云ふべし大石内藏助は其身放蕩はうたうと見せて君のあだを討ちしは忠士の智嚢ちなうを振ひ功名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「何を言っているんだ。君はこないだ、贋物にせものじゃないかなんて言って、けちを附けてたじゃないか。」
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だから私は村々の狸和尚が、いずれも狸の贋物にせものであったとはもちろん言わぬが、少なくともいかにしてこれを発見したかは、考えてみる必要があると思うのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
果たしてしからば、世間の者は妖怪の贋物にせものばかりをかつぎ出し、真物はかえって知らずにおります。ことわざに「盲者千人に明者一人」とは、もっともの格言ではありませぬか。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
なかには、『琥珀の中の蝿』がホン物のしるしだと思っているものもあるようだけれどもしかし贋物にせものの琥珀の中には贋物の蝿を入れとくくらいのことは、商売の常識だからね。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
「他でもない。お前の方の八幡様は贋物にせものだって話だが、矢っ張り御利益ごりやくがあるのかい?」
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ほんとうの神秘を見つけるにはあらゆる贋物にせものを破棄しなくてはならないという気がする。
春六題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
安部あべおおしが大金で買った毛皮がめらめらと焼けたと書いてあったり、あれだけ蓬莱ほうらいの島を想像して言える倉持くらもち皇子みこ贋物にせものを持って来てごまかそうとしたりするところがとてもいやです
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
確かに線香花火せんこうはなびのように容易に熱し、たちまち火花を散らす感激はなくなったが、同時にまた贋物にせものにのぼせ上がり、くわせ物にだまされることのなくなったのが、大人の眼の効果である。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「父が生きてゐるうちは今の財産を使つちまつても、父の恩給で米代ぐらゐはありますが、父が死んだらこんな道具類でもぽつ/\売つて喰つて行くより手はありません。それにしても贋物にせものが多くて」
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「やっ、贋物にせものだ! いつの間にすりかえられたんだろう?」
紅色ダイヤ (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
わたしなんぞにはその水の贋物にせものは丸で見えません。
しかし葉子から見るとそれはみんな贋物にせものだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
掛けた当座は腰の業物わざものを奉納しようと思ひながら、願が叶ふとついそれが惜しくなつて、飛んだ贋物にせもの胡麻化ごまかしてしまふ。
彼女は大江春泥の脅迫状が贋物にせものであって、最早や彼女の身に危険がなくなったと知って、ほっと安心したものに相違ない。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、それから間もなく、顔に大きな傷のある、スペイン人みたいな男に、黄金メダルの半ペラを売りつけたが、そのメダルは贋物にせものだったんだよ。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「それからすぐに万助の家へ飛び込んで、よく調べてみると、万助の奴め、ぼんやりしている。どうしたんだと訊くと、その探幽が贋物にせものだそうで……」
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いわば形でこしらえた贋物にせものといっていいが、あらゆる点に於て贋物の形が大きい。贋物としては本格的である。
化粧を直し衣裳を着換え、再び現われたお六の姿は、誰の眼にも贋物にせものとは見えず本物の鳰鳥そっくりであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見ることもないが、——両替屋へ持って行って、丁寧に見て貰うと、こいつは良く出来ているが全くの贋物にせもの
それがまたどうして崋山の贋物にせものを売り込もうとたくんだのかと聞くと、坂井は笑って、こう説明した。——
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)