諧謔かいぎゃく)” の例文
辛辣しんらつ諧謔かいぎゃくまじりに、新聞記者へ説明されましたもので『この地球表面上に棲息している人間の一人として精神異状者でないものはない』
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何を以てか俳句本来の面目となすや。仏教的哀愁と都人とじん特有の機智きち諧謔かいぎゃく即ちこれなり。この二者あつて初めて俳諧狂歌は生れ来りしなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある種の不健全なにぎわいは、民衆を分散さして多衆となす。そして多衆にとっては暴君にとってと同じく、諧謔かいぎゃくが必要である。
ユーモアは、諧謔かいぎゃくなどと訳しては、どうも趣きが出ないもので、「面白味」と訳するのが、一番いいのではないかと思われる。
面白味 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
とたしなめるなぞ、三代目にはなき型にて、むらく創案にや、前人の踏襲にや、とまれ、自然なる錯覚ぶりが、げにや無類の諧謔かいぎゃくなりけり。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
と源内は、みんなと一緒に、しばらく諧謔かいぎゃくわしていたが、今の言葉の端から、かれはフイとお米の姿を思い浮かべていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時には昨年の日記帳をひもといて読んでみることなどもあるが、そこには諧謔かいぎゃくもあれば洒落しゃれもある。笑いの影がいたるところに認められる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
何か諧謔かいぎゃくの調のあるのは、親しみのうちに大勢してうたえるようにも出来ており、民謡特有の無遠慮な直接性があるのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
厭世的えんせいてきな基調のうちに明るい諧謔かいぎゃくを交じえた『夢がたり』To, chevo ne bylo(八二年発表)は、この療養期の所産である。
まあこの主人の私がよ、というその調子にはこの夫婦の暮しにある独特な諧謔かいぎゃくがひとりでに溢れていて、サヨは気分が転換されるのを感じた。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
馬琴は崋山が自分の絵のことばかり考えているのを、ねたましいような心もちで眺めながら、いつになくこんな諧謔かいぎゃくろうした。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
われわれは恐ろしい陰謀いんぼうをたくらみながらも、軽い諧謔かいぎゃくをたのしみるほどに余裕があった。わしは忘れることができない。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ロゼッテイは怒りと諧謔かいぎゃくをまぜた抗議口調でその男に食ってかかったが、結局二倍の値段で少しばかり買って立ち去った。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
それでは何らの功果こうかもないかと云うと大変ある。劇全体を通じての物凄ものすごさ、おそろしさはこの一段の諧謔かいぎゃくのために白熱度に引き上げらるるのである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ことにその快活、その機智、その鋭い諷刺ふうし、無邪、諧謔かいぎゃく、豊潤な想像、それらのたぐいまれな種々相にはさすがに異常な特殊の光が満ちている。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
このようにして和歌の優美幽玄も誹諧はいかい滑稽こっけい諧謔かいぎゃくも一つの真実の中に合流してそこに始めて誹諧の真義が明らかにされたのではないかと思われる。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼は父には渋面を向けても、手触りのなめらかな葉子には諧謔かいぎゃくまじりに好意ある言葉を投げかけないわけに行かなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「お天気がいいのでたずねて来てくれたのかと思ったら、そんなことの相談でしたの」と妻は軽く諧謔かいぎゃくをまじえだした。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
だがいうまでもなく、大津絵が他の民画と区別される特色は、そこに含まれる諧謔かいぎゃくである。それはあの「泥絵」のような、名所名所の描写ではない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
同じ観念、同じ悦び、同じ諧謔かいぎゃく、同じ習慣、同じ信仰、同じ倦怠のうえを、明けても暮れてもただぐるぐると——。
さらにまた諧謔かいぎゃくにあふれたもの、あるいは苦悩くのうにみちたものもあり、人生の一断面のスケッチもある。小さい本ながら、まことにりだくさんである。
絵のない絵本:02 解説 (新字新仮名) / 矢崎源九郎(著)
と、あの時、大囲炉裡おおいろりに、大茶釜おおちゃがまをかけた前に待っていたむつむつしたような重い口の博士は諧謔かいぎゃく家だったが、その人も震災後の十四年になくなられた。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
流暢りゅうちょうさの代りに、絶対に人に疑をいだかせぬ重厚さを備え、諧謔かいぎゃくの代りに、含蓄がんちくに富む譬喩ひゆつその弁は、何人なんぴとといえども逆らうことの出来ぬものだ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さらにまた諧謔かいぎゃくにあふれたもの、あるいは苦悩くのうにみちたものもあり、人生の一断面のスケッチもある。小さい本ながら、まことにりだくさんである。
一方には当時諷刺ふうし諧謔かいぎゃくとで聞こえた仮名垣魯文かながきろぶんのような作者があって、すこぶるトボケた調子で、この世相をたくみな戯文に描き出して見せていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
君も早く感想兼自叙伝の印税で家内じゅうで特別旅行をするがいいと私は彼を慰藉いしゃしておいた。が、このぶるじょあ的諧謔かいぎゃくは彼には通じないようだった。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
諧謔かいぎゃく的な博識の四百ページ中で、「ベーコンの方法の規則に従って」、「快楽の最上整理法」が研究されていた。
そこは城下町の東北一里ばかりの処にあり、きわめて諧謔かいぎゃく的な、自然を揶揄やゆするかのような景観を呈していた。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
先生は世事にうといほうだから、いっこう気づかれぬ模様だったが、ある時、その多少の諧謔かいぎゃく味のあるゆえんを説明すると、石亭先生は、やにわに膝をうって
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
悪口、諧謔かいぎゃく駄洒落だじゃれ連発のおのぶサンは一目でわかる好人物らしい大年増。十歳で、故郷の広島をでてから三十六まで、足かけ二十六、七年をサーカス暮し。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
街道筋の地勢や要害を指さしながら、土地案内の与力同心に聞いてみたり、自分の意見を述べてみたりしました。時々諧謔かいぎゃくを弄して一行を笑わせたりしました。
Sは二人だけの場合であると、公開の席であるとにかかわらず、諧謔かいぎゃくの仮面のもとに、おれをあざけり、おれを軽蔑し、おれを圧迫し、おれをののしりつづけた。
蜘蛛 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その時一座したお歴々は、自由党の幹部会ほどの顔ぶれであったが、その中で、抜群の座持ちは吉田首相であり、諧謔かいぎゃくに富んだ明るい応酬は、なかなかに忘れ難い。
里程にすれば何程でもないにかかわらず、予測と実際のちがいは彼らの気持を重くしていた。わけても疲労のはなはだしい戸田老人は日ごろの諧謔かいぎゃくも出ずげっそりしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして又、如何に大胆不敵の兇賊でも、あの様な恐ろしい諧謔かいぎゃくろうするいとまがなかったことであろう。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼の提供したものは、諧謔かいぎゃくと苦悩の知識とにみちた、すぐれた出来栄えのものだったからである。
と博士はニヤニヤと両頬にみをうかべながら諧謔かいぎゃくろうして着座したので、最初のうちは顔色をかえた会員も、哄笑こうしょうに恐怖をふきとばし、一座はなごやかな空気にかえった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
折から陽気にという積りか、医師せんせいの言は、おおい諧謔かいぎゃくの調を帯びたが、小松原はただ生真面目きまじめ
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
磊落らいらくで、話上手で、肌触はだざわりのよいところを発揮したが、酒はこの前よりも多量に飲み、食後も盛んにウィスキーのグラスを傾けつつ諧謔かいぎゃくろうしてむことを知らないので
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
藤村先生はあれでなかなか諧謔かいぎゃく趣味の粋なところがおありだったらしい。歌留多の一番終いに持ってきて、このお主婦さんには似合いの亭主をちゃんと見つけて置かれたんだ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
しかし『竹取物語』のあの個条かじょうが、やや下品げひん諧謔かいぎゃくを目的とし、子安という言葉には別にちがった内容がありそうにも無いのだから、やはり今日と同じような連想と俗信とが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
フランシス・カルコばりの憂愁とチャアリイ・チャップリンばりの諧謔かいぎゃくを売りものにわが国のジャアナリズムに君臨していたが、天成の我儘な放浪癖は窮屈な文壇にも馴染まず
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
独り楽天の文は既に老熟の境に達して居てことさらに人を驚かすような新文字もないけれどそれでありながらまた人をまさないように処々に多少諧謔かいぎゃくろうして山を作って居る。
徒歩旅行を読む (新字新仮名) / 正岡子規(著)
そして児童をましめざらんがためであろうか、諧謔かいぎゃくを交えた話をした。その相手は多く鉄三郎であった。成善はまだ幼いので、海保へ往くにも、小島へ往くにも若党に連れられて行った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
常に、人間の努力があり、諧謔かいぎゃくが伴い、意志の発動する所以ゆえんであります。
時代・児童・作品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうして手ざわりのいい諧謔かいぎゃくをもって柔らかくその問題を包む
夏目先生の追憶 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
永井龍男氏が例の諧謔かいぎゃく口調で「みなさん、あとでテレビをさかなに拝見していましょう。きッと今夜の吉川さんもステージで泣きますからね」
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軽い諧謔かいぎゃくを含めているのも親しみがあってかえって好いし、万葉の歌は万事写生であるから、たとい平凡のようでも人間の実際が出ているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
元禄げんろく以前にありては俳諧は決して正風しょうふう以後におけるが如く滑稽こっけい諧謔かいぎゃくの趣を排除せざりしなり。余は滑稽諧謔を以て俳諧狂歌両者の本領なりと信ずるなり
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ナポレオンはワーテルローの朝食の間にしばしばその諧謔かいぎゃくを弄した。食事の後、彼は十五分ばかり考え込んだ。