誰何すいか)” の例文
しかるにその物音に蓉子は目をさまして誰何すいかしたので、賊は俄然がぜん居直りとなり手にせる出刃庖丁を蓉子の前に突きつけておどかした。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
僕の悪い風態が、時々僕を交番や、密行の刑事達に誰何すいかさせた。僕はこれまで、交番を、穏やかな心持では通ることが出来なかつた。
海の霧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
さしずめ、北原を守る魏将が、何者の手勢ぞと、誰何すいかするにちがいない。その時は、魏の兵糧方の者と答えれば難なく通過できよう。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喜太郎は狼狽うろたえながら、しわがれた声でやみの中の見知らぬ人間を誰何すいかした。が、相手はまだ笑い声を収めたまゝ、じっとしている。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
するどい誰何すいかの声がふりかかった。——しかし、みなまで言わせなかった。富田も小次郎も、斬りたくてうずうずしていたのだ。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
裏木戸で二人に誰何すいかされて逃げ出したことも事実でしょう。けれども、若い者同士の楽しみを、あんまり穿鑿せんさくするのは罪じゃありませんか。
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
提灯こそ提げているが、手に抜刀ぬきみを携えている事のていが尋常でない。そこで誰何すいかしてみたその人は、元の駒井能登守であった。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
城門にさしかゝると、歩哨が誰何すいかをした。戦地では、この「誰か?」に一度で返事をしないと、命があぶないのである。
北支物情 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
板台はんだいになざるたずさえて出入する者が一々門番に誰何すいかされ、あるいは門を出入するごとに鄭重ていちょう挨拶あいさつされるようになれば、商売はうるさくなりはせぬか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そこからやや遠ざかっておいでになり、行きなれた侍だけをおやりになったが、それをさえ誰何すいかした。以前の様子と変わったことをめんどうに思い
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そのうち京都から土佐藩の歩兵三小隊が到着して、長堀の藩邸を警固して厳重に人の出入を誰何すいかすることになった。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どんなことがあっても、いずれかの桝形ますがたか木戸で誰何すいかされ、お改めをうけなければならぬはずなのに、乗物にも徒歩かちにも、それがぜんぜん通っていない。
蚯蚓みみずき声を研究するために、あの、そこの廃兵院の森に夜明しをしてしゃがんでおりましたら、泥棒と見誤られて刑事に誰何すいかされたことがございます
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
刑事の眼は門前に光って看慣みなれぬものは一々誰何すいかしたから、誰もイイ気持がしないで尋ねるものが余りなかった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
近づくに従って、一隊の警察官が停留場の前に佇立ちょりつしているのを認めた。丁度誰何すいかした警官があったのを幸い、彼を案内に頼んで、その一行に近づいた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
誰何すいかしたというそればかりのことでおちつきのある芸匠の身分の泉嘉門ほどの人物が、こうも恐怖を感ずるとは、ちょっと受け取れないことではあった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
誰何すいかせる門衛に、我は小坪の某なり、約束の時計を得たれば、あえて主公にまいらせんと来意を告げ、応接室にるに際して、執事は大助を見て三郎に向い
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
法水がほとんど反射的に誰何すいかすると、その人型はすくんだように静止して、しばらくは荒い呼吸のあえぎが聴えていたが、やがて、つかつか前に進み寄ってきた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わたくしかわやへ行こうとして席を立った時、廊下で行き合った兄は「どこへ行く」と番兵のような口調で誰何すいかした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんな荒涼たるところに歩哨がいるのには驚いたが、俺たちを誰何すいかした歩哨も、こんなところに日本人がやってきたのには驚いていた。何しに来たと言う歩哨に
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
香山飯店へ行く途中、インド人の巡警に誰何すいかされた時、趙はこの船をたしか日本の船だといっていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
玄関の隣の間から誰何すいかされたことを思い出して「あるいは意外に、真統ほんとうに意外に此処のすっかりを考えてあてているかも知らない。此処にいるおれのすっかりをだ。」
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
会場の周囲には、要所要所に縄を張って、交通を遮断し(これでも交通妨害にならないから不思議だ。)来場の聴衆を一々誰何すいかし、身体検査をもって威怖せしめるのだ。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
日の暮れ暮れに某氏の門前にのぞんでみると、警察官が門におって人の出入を誰何すいかしている。門前には四十台ばかりの荷車に、それに相当する人夫がわやわや騒いでおった。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「これは失礼しました。我々は黄金仮面逮捕の為に出張を命ぜられた警視庁のものです。大使閣下とは知らず、誰何すいかなどしまして申訳ございません。どうかお通り下さい」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
辻々では歩哨が、装テンした銃を持って往き来する支那人を一人一人厳重に誰何すいかした。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
後から分りましたが、橋袂を守っていた同輩の誰何すいかを誤解したのでした。九州と東北ですから、言葉が能く通じません。娘は狼藉ろうぜきでも受けると思って、無暗に逃げ出したのでしょう。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と、誰何すいかしたのが、越前守手付きの作三郎、重内の二人、不審訊問というやつだ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかるに、その間を、たったいま人を殺し、屍体をさいなみ、生血と遊んで、全身絵具箱から這い出したようになっているはずの男だけが、この密網の目を洩れてただの一度も誰何すいかされなかったのだ。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
足の疲れはいよいよ甚しく、時には犬に取り巻かれ人に誰何すいかせられて、からくも払暁あけがた郡山に達しけるが、二本松郡山の間にては幾度いくどいこいけるに、初めは路のかたわらの草あるところにこしを休めなどせしも
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三吉は欠伸を噛み締め乍らも、職業柄斯う誰何すいかすると
咳払いと、びっくりするような誰何すいかの声がした。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
道の辻々を警めて、一々通行人を誰何すいかする。
震災日誌 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
彼らが脱走直後誰何すいかをうけたときは、一人は本名を名乗り、一人は実物の外人登録証を示して、不逞な気概当たるべからざるものがあったようだ。
明日は天気になれ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その途中でも、大薙刀おおなぎなたをかいこんだ武装の僧にいくたびも誰何すいかされたが、幸いに、少年の阿新丸を連れていたので、さしたる難も見ずに通された。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
放送局裏に、不可解ふかかいの部隊が集結しているぞ。突入とつにゅう誰何すいかしろ。友軍だったら、短銃ピストルを二発射て。怪しい奴だったら、三発うて。避難民だったら、四発だ。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
銃を擬した兵卒が左右二十人ずつかごさしはさんで、一つ一つ戸を開けさせて誰何すいかする。女の轎は仔細しさいなく通過させたが、成善の轎に至って、審問に時を費した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その行列を誰何すいかした上で、小次郎をこなたへ取り戻すか、きかない時には行列の人数を、切り払った上で取り戻そうと、ヌッとばかりに進み出たのであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と励声一番誰何すいかすると、たじろぐ色もなく真名古の方に走り寄って来る。真名古は凝然と身動きもしない。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
潜りのすぐ向う側まで来た足音がまると、お延はまずこう云って誰何すいかした。彼はなおの事き込んだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誰何すいかしましたけれども、それを耳に入れる様子はなく、それとは相反あいそれた方へ行ってしまいながら
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
門鑑は、外から這入って来る者に対して、歩哨のように、一々、それを誰何すいかした。
土鼠と落盤 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「ふん、それから君たちが誰何すいかすると走って逃げだしたというんだね?」
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
地の底から誰何すいかの低い声がひびく。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると、廊下の外、母屋の表座敷の方に人影があるから、誰何すいかしてみると、ヨミスギ先生である。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
二度ふたたび誰何すいかした途端に、米友は先方の返事よりも早く、自分の胸に反応が来てしまいました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
誰かが廊下を歩いて来て紋也の姿を見かけたならば、必ずや誰何すいかするであろう。と、紋也は気が立っている。一刀に切って捨てるかもしれない。ただちに血の雨が降らされる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
抽斎はたちま剥啄はくたくの声を聞いた。仲間ちゅうげん誰何すいかすると、某貴人の使つかいだといった。抽斎は引見した。来たのは三人のさぶらいである。内密にむねを伝えたいから、人払ひとばらいをしてもらいたいという。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
帰宅までに二度、お巡さんから誰何すいかされた。リュックの中の品物について訊問を受ける。それが大鯛であり、防空頭巾をかぶせてもまれるのを防いであるので、余計に大きく見える。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
漆掻うるしかきに身をやつした森掃部が、門の衛士えじ誰何すいかされつつ、しいて中門まで駈けこんだので、蔵人くろうどたちとの間に、烈しい言いもつれを起していた。掃部はすべての咎めに耳もかけず
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)