蝙蝠こうもり)” の例文
青い海のような空に、月が出て、里川縁さとかわふちの柳の木の枝についている細かな葉が、風にそよいで、うす闇の間から、蝙蝠こうもりが飛び出て来る。
単純な詩形を思う (新字新仮名) / 小川未明(著)
その代り空の月の色は前よりもなお白くなって、休みない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠こうもりが二三匹ひらひら舞っていました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蝙蝠こうもりのたましいのような心を持った一人の僧がその真実を伝えるのを恐れて、その事実は神のほまれとなるべき事ではあったけれど
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
『ローエングリン』(八〇〇七八—八一)、『蝙蝠こうもり』(四五二一五—九)(以上伯林ベルリン国立歌劇場座員及び管弦団、ヴァイガート指揮)
蝙蝠こうもりかにには馴れていたが、その物音はそんな小動物の立てたものではなかった。もっとずっと大きな生物が蠢いている気配なのだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小石まじりの土が、どての上から少しばかり、草間をすべってくずれて来た。人々が振り仰ぐと、ちらと、蝙蝠こうもりのような人影がかくれた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なに蝙蝠こうもりの形に似て居ますって? 私の名は「やす」ではありませんよ。玄冶店げんやだな妾宅しょうたくに比べるとちとこの法医学教室は殺風景過ぎます。
三つの痣 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
学校の教師朋友などが送別の意を表して墨画の蘭竹または詩など寄合書にしたる白金布の蝙蝠こうもり傘あるいは杖にしあるいは日を除け
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
蝙蝠こうもりの歌でしょう。鳥獣合戦のときの唱歌でしょう。「そうかね。ひどい歌だね。」「そうでしょうか。」と何も知らずに笑っている。
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
雨は益々ひどくなって、勘三の差しかけている蝙蝠こうもり傘が雨にザンザン叩かれている。ペンキ塗りの空家になったガレージの前へ来ると
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
話声がふわふわと浮いて、大屋根から出た蝙蝠こうもりのように目前に幾つもちらつくと、柳も見えて、樹立こだちも見えて、濃く淡く墨になり行く。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いとも罪なのは按摩の頭へざるかぶせ、竹竿でたたき落す夕方の蝙蝠こうもり取り、いずれ悪太郎の本性、気の毒も可哀想もあったものでなし。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
百姓ってなんてばかなんでございましょう、そんな綽名あだななんかをつけて。あの児は雲雀ひばりというよりか蝙蝠こうもりによけい似ていますのに。
うるさく病む眼の邪魔になって、蝙蝠こうもりがおちこち飛び交していた。薬売の定斎屋じょさいやが、宣伝の薬筥くすりばこかんの鳴りを止めてしずかに帰ってゆく。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
幻聴の中では、彼の誠意をわらうシイカの蝙蝠こうもりのような笑声を聞いた。かと思うと、何か悶々もんもんとして彼に訴える、清らかな哀音を耳にした。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
蜻蜓とんぼせみが化し飛ぶに必ず草木をじ、蝙蝠こうもりは地面からじかに舞い上り能わぬから推して、仙人も足掛かりなしに飛び得ないと想うたのだ。
それも一人や二人じゃアねえ、数十人の女にだ! ただの女じゃアなさそうだ、からすのおけ、蝙蝠こうもりのお化け! と云ったような女だなあ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
降車口の屋根は、外から見ると、青銅の円塔ドームになっている。その内側の天井は純白に塗られて、巨大な蝙蝠こうもり傘のように、高く聳えている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
爺さんの顔も手足もかさかさと乾いているとおりその住居のなかも乾きあがって、僅か数本の古蝙蝠こうもり傘があるばかりの有様だ。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
どこの表通りにもかかわりのない、金庫のような感じのする建物へ、こっそりと壁にくっついた蝙蝠こうもりのように、ななめに密着していた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
蝙蝠こうもりのようにくろずんだ或る影が過ぎ去った。——笏も、その妻も、きゅうにし黙って、哀れな己れの子供とその言葉を裏返しして眺めた。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そいつらは蝙蝠こうもりのように私の首筋に鋭い爪を立てようとしているのだ。私は莨を捨て、窓をあけ放ったまま足を忍ばせて部屋を出て行った。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そう気をもまれてはかえって困ると言って、ごろりと囲炉裏いろりのほうを枕に、ひじを曲げて寝ころぶと、外は蝙蝠こうもりも飛ばない静かな黄昏たそがれである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こういう方がこのチベット内で文法の大学者であるの修辞学の大博士といわれて居るのは実に鳥なき里の蝙蝠こうもりであると思って
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
どこからともなくたくさんの蝙蝠こうもりが蚊を食いに出て、空を低く飛びかわすのを、竹ざおを振るうてはたたき落とすのである。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
はらみ女の死骸をまたがせられた。大きい蝙蝠こうもりに顔をなでられた。もうここらだろうと思うときに、半七の頬かむりの手拭をつかむ者があった。
やがて五日ごろの月は葉桜はざくらしげみからうすく光って見える、その下を蝙蝠こうもりたり顔にひらひらとかなたこなたへ飛んでいる。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
とそれを制した女、にっと白い歯を見せたかと思うと、表からは見えない戸の内側へ、ぴったり蝙蝠こうもりのようにはりついた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「こりゃ菊枝。父つあんが昨晩ゆんべ買って来たのだぞ。ほら、水色の蝙蝠こうもり。ほれから、この単衣ひとえも……両方で十三円だぢぞ。」
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
野々宮は、自分の姿が、ただ一匹の蝙蝠こうもりにしか見えなかつた。しかもこれは季節外れの、冷めたい真冬の蝙蝠だ。たそがれがくると街へ降りる。
尚お昼間は隠れていて夜出て来るとか犬が好んで追っかけるとか聞いていたから、蝙蝠こうもりや猫の類を思い浮べたに相違ない。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
きりの青葉が蝙蝠こうもり色に重なり合って、その中の一枚か二枚かが時折り、あるかないかの夕風にヒラリヒラリと踊っている。
髪切虫 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
Mも蝙蝠こうもりのように体を壁へくっつけくっつけして学生を追って往った。階段を降りた処に運動場うんどうばへ出る扉があって、それには錠をおろしてあった。
死体を喫う学生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
銃声一発! 刑事は蝙蝠こうもりのような恰好をして道路上に倒れたが、そのとき刑事の左腕が切断して宙にとぶのが見られた。
いろはにほへとはいつでも同じ順にあらわれてくる。柳の下には必ずどじょうがいる。蝙蝠こうもりに夕月はつきものである。垣根にボールは不似合かも知れぬ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
他に、昭和五、六年頃、官員小僧のにせものとか、蝙蝠こうもり小僧とかいう老賊が端席へ出て、懺悔談のあと、高座から盗犯防止のリーフレットを売った。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
蝙蝠こうもりの大翼をひろげて、人の目鼻をふさぐように、谷の森にも、川にも、河原にも、かさになってのしかかって見える。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
夕空に飛びかう蝙蝠こうもりの群れを追い回しながら、遊び戯れているのもその子供らだ。山の中のことで、夜鷹よたかもなき出す。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黒い蜂が蜘蛛をとりにきてたくみに巣からとってゆく日があった。また蝙蝠こうもりの飛ぶ夕べがあった。雨の日も、雷の日も。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
蝙蝠こうもりが飛び出して、あっちこっちで長い竹棹ものほしざおを持ちだして騒ぐ黄昏たそがれどきに、とぼとぼと、汚れた白木綿に鼠の描いてある長い旗をついで、白い脚絆
そこに切紙細工の黒蝙蝠こうもりが一匹うれしそうに貼りついていた。蝙蝠はどこへでも彼女の行くところへいて往った。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
中にも「花咲けと」の二句は全く同趣向なり。心敬の「さればこそ」の句の如きは鳥なき里の蝙蝠こうもりとやいはん。花の一題にてはいまだ尽さざるを恐る。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
壁はまったく装飾なく、はねをひろげた大きいひからびた蝙蝠こうもりや、豪猪やまあらしの皮や剥製の海毛虫シーマウスや、それらが何だか分からないような形になって懸かっている。
昼でも蝙蝠こうもりが出そうな暗い食堂や、取りつく島もないように、冷淡に真面目に見える閲覧室の構造や、司書係たちのセピア色の事務服などが頭に浮んだ。
出世 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ア・バイの柱々に彫られた奇怪な神像の顔も事の意外に目をみはり、天井の闇にぶら下って惰眠を貪っていた蝙蝠こうもり共も此の椿事ちんじに仰天して表へ飛び出した。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夏の暮れ方、蝙蝠こうもりの出盛るころになると新道は急に人足がしげくなって、顔を真っ白に塗った若い女たちが射的屋の赤提灯あかぢょうちんの下などにちらちら動いていた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
兼常氏は日本音楽を西洋音楽に勝るとするのは蝙蝠こうもりを見て飛行機より偉大であるとするに等しいといわれました。
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
忍んできたものは静かに君子の部屋に入った様子であったが、そのまままた動かなくなった。じりじりと後にさがった君子は蝙蝠こうもりのように壁に身をつけた。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
それにまた山高帽に青風呂敷の蝙蝠こうもり傘の尻端折しりはしょりの男を一人、途中から拾って無理にも割り込ませようとした。これでは乗合いであって特別仕立てではない。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
浅草公園で俄雨にあって、見ると蝙蝠こうもり傘をタタキ売りをしている。前は大勢人が立っているので、後ろから
符牒の語源 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)