菱形ひしがた)” の例文
そして、その一枚に、不規則な菱形ひしがたの、紋どころと思える絵をみつけたとき、母の呼ぶ声がしたので、慌ててそれを片づけて立った。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その像は四寸ばかりの大きさで全体は影法師を写したといふために黒く画いてある。顔ばかりやや明瞭で、菱形ひしがたの目が二つ並んで居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その蛇の頭部が、菱形ひしがたにふくらんで、毒蛇の相を現わしていたからでもあった。だが、その外に、もっと別の感じがあった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小声で唄いながら、お絹は片手で膝をたたいて拍子を取ると、蛇はなめらかなはだ菱形ひしがたの尖ったうろこを立てて、まぶたのない眼を眠るようにとじた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
毎日々々まいにち/\面白おもしろ可笑をかしあそんでうちあることその老爺をやぢさんこしらへてれた菱形ひしがた紙鳶たこ甲板かんぱんばさんとて、しきりさはいでつたが、丁度ちやうど其時そのとき船橋せんけううへ
さうして下男げなんには、菱形ひしがたの四かくへ『』の合印あひじるしのいた法被はつぴせてくれた。兩掛りやうがけの一ぱうには藥箱くすりばこをさめ、の一ぱうには土産物みやげものはひつてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一つの顕著な例は三月の桃節供に、必ず菱形ひしがたの餅を飾ることである。是を桝形ますがたの餅とも称して、奥州では正月に人の家に贈る餅の、まった一つの形となっていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と見ると、処々ところどころむしろを敷き、わらつかね、あるいは紙を伸べ、布を拡げて仕切った上へ、四角、三角、菱形ひしがたのもの、丸いもの。紙入がある、莨入たばこいれがある、時計がある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
陸尺ろくしゃくや巡礼などの休みたがる、構えの大きいわりに、くすぶった、軒には菱形ひしがたの煙草の看板がつるされ、一枚立てきられた腰高障子には大きな蝋燭ろうそくの絵がある茶店の中に
一棟はあきらかにきわめて古く、どっしりした石の柱のある張出し窓が突きだして、つたが生いしげり、その葉かげから、小さな菱形ひしがたの窓ガラスが月光にきらめいていた。
その二は一樹いちじゅ垂楊図すいようずの上部を限るかすみあいだより糸の如きその枝を吹きなびかす処、だいなる菱形ひしがた井筒いづつを中央にして前髪姿の若衆しま着流きながし羽織塗下駄ぬりげたこしらへにて居住いずま
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
静かな声は落ついた春の調子を乱さぬほどにおだやかである。幅一尺の揚板あげいたに、菱形ひしがたの黒い穴が、えんの下へ抜けているのをながめながら取次をおとなしく待つ。返事はやがてした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
石槍 此石器は長さ二三寸より五六寸に至り、扁平へんぺいにして紡錘形或は菱形ひしがたをなすものなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
菱刺には多く白とあいと紺との三色が用いられ、上着のみならず股引ももひきにも刺し、また色糸入で前掛まえかけも作ります。刺し方で模様が菱形ひしがたをとるので「菱刺」の名を得たのであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
女の懐中ふところから菱形ひしがたをなした、まむしの首が現われて、彼の手を目がけて延びたからであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あるいは十字架を花のの形に、あるいは菱形ひしがたに、あるいは円形に意匠したその窓々の尖端せんたん、あるいは緑と紅との色の中心に描かれてある聖者の立像、それらが皆夕日に輝いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その船は舷側げんそく菱形ひしがたの桟をめた船板を使ったので、菱垣船ひしがきぶねと云った。廻船業は繁昌はんじょうするので、その廻船によって商いする問屋はだんだん殖え、大阪で二十四組、江戸で十組にもなった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
山の空にはやはり菱形ひしがたの凧。北原白秋きたはらはくしうの歌つた凧。うらうらと幾つもただよつた凧。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
菱形ひしがたに白く霜置く田のあぜ寒々さむざむしもよ遠く続きて
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
菱形ひしがたなせる
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
希代なのは、その隙間形すきまなりに、怪しい顔が、細くもなれば、長くもなり、菱形ひしがたにも円くもなる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あか、青、黄、紫のあざやかな色の糸で、花や菱形ひしがたのうつくしい形に飾ったので、そのうつくしさを女のが愛していたために、ゴム毬になってからのちも、なおしばらくのあいだは
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ところがその帽子の裏には当人の名前がちゃんと、菱形ひしがたの白いきれの上に書いてあったのです。それで事が面倒になって、その男はもう少しで警察から学校へ照会されるところでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
菱形ひしがたたこ。サント・モンタニの空にあがつたたこ。うらうらと幾つもただよつた凧。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はかかる風景のうち日本橋を背にして江戸橋の上より菱形ひしがたをなした広い水の片側かたかわには荒布橋あらめばしつづいて思案橋しあんばし、片側には鎧橋よろいばしを見る眺望をば、その沿岸の商家倉庫及び街上橋頭きょうとうの繁華雑沓ざっとうと合せて
一、菱形ひしがた走馬燈一箇
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あの暗灰色の菱形ひしがたうおを、三角形に積んで、下積したづみになったのは、軒下の石にあいを流して、上の方は、浜の砂をざらざらとそのままだから、海の底のピラミッドを影でのぞあたらしさがある。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)