はしけ)” の例文
「あっしが甲板に寝転んだのは、とても立ってる気力がなかったからでさ。はしけから船へ移される最中、えらい寒気がしたんでね。」
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と、後に曳いた大きなはしけに、洋服や半纏著はんてんぎの二、三人が立って、何かしきりに帽子を振っているが、とても凄まじい揺れ方である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
程なく彼の船と、警固けいごはしけとが、両国下の横堀へ入ると、そこの一つ目橋の上に、先刻さっきの十一名が欄干に姿をならべていた。そして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私たちが皆一所懸命に働いて、火薬と棚寝床とを移していると、その時、船員の最後の一二人と、のっぽのジョンとが、はしけでやって来た。
この種の仕事に馴れない大川時次郎は、はしけの中で、「入れくわ」をした。スコップで、籠に、石炭を入れる役である。女の領分だ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
男女の乗客はいずれもおかへと急いだ。高い波がやって来てはしけを持揚げたかと思ううちに、やがてお種は波打際なみうちぎわに近い方へ持って行かれた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其努力ははしけから桟橋へ移る程らくではなかつた。ちがつた断面の甲に迷付まごついてゐるものが、急に乙に移るべく余儀なくされた様であつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
波がしらの列をすべってやっとその声が小刻みにうごいているはしけに届いたらしい。カンテラの光のような灯かげがしきりに合図をしている。
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
八人の船子ふなこを備えたるはしけただちにこぎ寄せたり。乗客は前後を争いて飛移れり。学生とその友とはややりて出入口にあらわれたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
海はその向うに、白や淡緑色の瀟洒しょうしゃな外国汽船や、無数の平べたいはしけや港の塵芥じんかいやを浮かべながら、濃い藍色あいいろはだをゆっくりと上下していた。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
またふね甲板かんぱんあらっているのや、みなとまちあそびにゆこうとしてはしけをこぎはじめているのや、それは一ようでなかったのでした。
カラカラ鳴る海 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこからギッシリ、はしけに積みこまれた。一月ぶりで、また海に出るのである。どんな船に乗るのか、日本ではどこへ着くのか、まったく分らない。
赤ふんどしをしめた船頭の漕ぐはしけで客を往来さして、大森位な漁村で妙な筒つぽうを著た宿引きがこつちへ来いといつて、宿屋へ連れて行かれたら
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
海から細く入江になっていて、伝馬てんまはしけがひしひしとへさきを並べた。小揚人足こあげにんそくが賑かなふしを合せて、船から米俵のような物を河岸倉かしぐらへ運びこんでいる。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「フランスの紳士たちが御自分たちのはしけに乗って陸へ引揚げなければならなくなる最後の時まで、その三人は一緒に相談していらっしゃいました。」
はしけに乗り移ると、霧は降るように濃くなった。桟橋にいた連中もたちまち見えなくなった。同勢の五人は、低いふなばたにたたきつける大きな波を眺めていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
朝早く、浜へ潮垢離しおごりをとりに行っていた土佐船の長平が、甚八たちのいる岩穴へ駆けこんできた。五人ばかりの人が乗ったはしけが、こちらへ漕ぎ寄ってくる。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
はしけを後に曳いていた。と、皆は手と足を一杯に振って、雀の子のように口をならべて、「万歳!」を叫んだ。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ボイラーが、はしけへ積み込まれるとすぐに、わが万寿丸は、高架桟橋へ横付けにするために、いかりを巻き始めた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それというのも、彼自身のはしけが大船に寄りそこねたその反動で、彼は艀のまま押し流されている。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
順番を待って、次々はしけで上陸する。そこは平地になっていて、軍の建物が立っている。兵舎ではない。バラック建ての細長い仮休憩所のようなのが、数十棟並んでいる。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
出島へ渡るためにははしけに乗らなければならない。艀の渡しもりは奉行からつかわされている侍である。
三津の浜へ着いたのは、夜半であったが、私と今一人の客をはしけへ乗せて、それが港内へまで廻るのが面倒だからといって、波止の石垣を外から登らせて追い上げられた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
港ともいふべき船着場も島相應の小さなものであつたが、それでも帆前船の三艘か五艘、その中に休んでゐた。そしてはしけから上つた石垣の上にも多少の人だかりがあつた。
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
はしけから上陸する人、そこには常に放浪病者を魅惑するやうな遠い国々の幻影が漂うてゐた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
お前らも道後案内という本でもこしらえて、ちと他国の客をひく工面くめんをしてはどうかな。道後の旅店なんかは三津の浜のはしけの着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。
初夢 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
黒々と貨物の山を盛りあげたはしけいて河口をのぼつて行つたり、あべこべに河口から湾内の闇へ吸ひこまれて行つたりするけれど、奥さんはその黒い影が目にはいるのやら
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
はしけは旅客と行李を積んで汽船に運ぶ。汽船は其靜かな鏡の面に渦を卷いて大阪に向ふ。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
月曜日に税関付きの荷揚げ舟の船夫の一人がセーヌ河を流れる一隻のからボートを見つけた。帆はボートの底に置いてあった。船夫はそのボートをはしけ事務所のところまでいて行った。
はしけにのると、春とはいえ二月はじめの夜の海風はほおをしびれさすほど冷たかった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
風の激しさ。水の冷たさ。はしけの揺れ。海鳥の叫。そういうもの迄がありありと感じられるのだ。突然胸をかれるような気がした。磽确こうかくたるスコットランドの山々、ヒースの茂み。湖。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
筵の奇妙な袋に入り、はしけで運ばれて来る。出帆が遅れるのを利用して、私は遠方の山々を写生した。肥後の全沿岸は、ここに出した若干の写生によっても知られる如く、極めて山が多い。
はしけで本船まで同乘してやつて來たのは來たが、それは大抵自分を見送つて呉れるのが主ではなく、二三名の鰊漁者にしんれふしや建網番屋たてあみばんやの親かたを、「また來年もよろしく」といふ意味でなつけて置く爲めだ。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
親船からはしけを呼ばねばならぬ。それには賊の定めた合図がある筈だ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かみにもしもにも、どこみても、はしけ小船こぶねも出て居ない。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
すゝみよる、はしけむかへぬ。
帰省 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
その努力ははしけから桟橋さんばしへ移る程楽ではなかった。食い違った断面の甲に迷付まごついているものが、急に乙に移るべく余儀なくされた様であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このあやしげなふね姿すがたえなくなってしまったとき、若者わかものたちははしけをこいでりくがってきました。そして老人ろうじんかって
カラカラ鳴る海 (新字新仮名) / 小川未明(著)
万一の場合にと、その二つのはしけには、家臣のうちのしっかりした者が四名ずつ乗っていて来る。すべてを併せて、約二十名ほどの人数なのだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しなしたり! とかれはますますあわてて、この危急に処すべき手段を失えり。得たりやと、波と風とはますますれて、このはしけをばもてあそばんとくわだてたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いたるところに、貯炭の山があり、その繰替くりかえをしたり、はしけへの積込みをしたりする仲仕たちが、方々に、たむろしていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
距離がずっと遠ざかって、はしけが急に方向を変えたらしい。高く振っていた提灯の光が不意に見えなくなった。
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
その夜は、軽石の浜で身体を寄せあって眠ったが、明け方近く、さかんに風が吹きだして、船もはしけももろともに粉々にし、岸波きしなみが船板だけを返してよこした。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
はしけの幾度かの往復に、自分たちの順番を待つ間を、私たちは、そのとっつきの鑵詰工場の中へはいって見た。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
本船とはしけへだたりは一瞬ごとにちぢめられた。運用士官が高いところで何かどなっていた。水夫どもが駈けまわっていた。機関の音が底の方からとどろいて来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
見ると、定紋じょうもんのついた船印ふなじるしの旗を立てて、港の役人を乗せた船が外国船からぎ帰って来た。そのあとから、二、三のはしけが波に揺られながら岸の方へ近づいて来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人足のはしけは本船へつけられた。ロープを伝ってさるのように駆け上がる。彼らは、ただ競争するのだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
発動機船やかれいのような平らべったいはしけが、水門の橋梁の下をくゞって、運河を出たり入ったりする。——「H・S工場」はその一角に超弩級艦のような灰色の図体を据えていた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
三、四艘のはしけは我々を載せて前後して本船に帰ってから、まだ幾分時もたたぬに、何やら船中に事が起ったらしい。甲板を走る靴の音は忙しくなって、人々の言いののしる声が聞える。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
そして歩き乍ら彼はキヨロ/\と四辺あたりを物色した。孫四郎を彼は探してゐたのである。出島へ渡る為めにははしけに乗らなければならない。艀の渡し守は奉行から遣はされてゐる侍である。